かわいい魔物とお友達になりました
エリシアは弾かれたように顔を上げ、目を丸くする。
そこにいたのは一匹の魔物だった。
烏羽色の毛並みと深緑色の瞳を持つ、仔猫のような小さな魔物。それがエリシアの目の前で前足を揃え、くつくつと底意地の悪い笑い声を上げていた。
「あっという間に喰われるものと侮っていたが……汝は面白い術を使うようだな。先の戦いは天晴れであったぞ」
「……か」
エリシアはその魔物に釘付けだった。
人語を解する魔物など初めて見た。
しかしもっと大きな衝撃がエリシアを戦慄させていた。情動に突き動かされるままに叫ぶ。
「かわいいです!」
「……む?」
魔物が小首をかしげる。
ふわふわ和毛の塊のような丸っこいフォルムも、ビー玉のようなくりくり大きな瞳も、長くてふさふさの尻尾も、そんな愛らしい見た目に反して存外声が低くて尊大な物言いなギャップも、何もかもすべてひっくるめて最高だった。
魔物はしばし考えた末におずおずと問う。
「その『かわいい』というのは、ひょっとして我のことか?」
「他に誰がいるというのですか」
エリシアは膝立ちで魔物のもとまで近付いていった。
目で堪能するだけでは物足りなくなっていた。
ごくりと喉を鳴らし、懇願する。
「あの、触ってもいいですか……?」
「むう。汝がよいのなら構わんが」
「で、では遠慮なく……」
ゆっくりと右手を伸ばすと、指先があっさりと毛の中に沈んだ。
どうやら体はもっと小さいらしい。しかもその毛並みの手触りといったら柔らかもふもふ艶やかで、公爵家でこっそり着てみた最高級の毛皮のコートを余裕でしのぐほどだった。
腰が砕けそうになりながらもエリシアはその毛並みを堪能する。
「ふわああああ……もふもふ、ふかふかです……」
「ますます変わった人間だな。むう、しかし悪くはない」
魔物も満更でもなさそうに目を細めてきゅうと鳴く。しゃべる声は低いが、鳴き声は仔猫然として高い。不思議である。
ひとしきり撫でたあとで、魔物は目をすがめてエリシアを見上げた。
「しかし、我に対して他に思うところはないのか。『恐ろしい』だの『強そう』だの」
「そうですね、たしかに怖いです。このもふもふを知ってしまったが最後、もう他のもふもふでも満足できない体になってしまいそうで……」
「よくは分からんが、我が言いたいこととは違うと思うな」
魔物はジト目を向けてからカラカラと笑う。
「カカカ、愉快な邂逅であった。そろそろ我は失礼するぞ」
「あっ、いけません!」
立ち去ろうとする魔物の前に、エリシアは慌てて立ちはだかった。
その場に正座して懇々と諭す。
「上の階から怖い魔物が降りてきているらしいのです。あなたのような小さくて可愛い子は、すぐに食べられてしまうかもしれません」
「むう、我を逃がさぬと言うのか」
魔物は少し考え込んでから、目を糸のように細めて続ける。
「ちょうど退屈していたところだし、汝と行くのもよいかもしれぬ。契約してやろうではないか」
「契約?」
「うむ。汝ならば《テイム》が使えよう。魔物と主従契約を交わすスキルだ」
「なるほど。しばしお待ちください」
エリシアが虚空に目を向けると、自動的に会得可能なスキルの羅列が浮かび上がる。アルコール耐性を会得したばかりだが、まだスキルポイントなるものは残っているらしい。
その中から魔物に言われたとおりに《テイム》の文字を見つけた。軽く触れると文字が溶けて消え、かわりに自身の中で新しい力が宿る。
魔物の額にそっと触れ、頭の中に浮かぶ言葉をそのまま口にする。
「我が名はエリシア。魔の物よ、我がもとに下れ」
「承知した」
魔物がひと声鳴くと、エリシアの手の甲と魔物の額に魔方陣のような紋様が浮かび上がる。
それはすぐに薄れて消えてしまうが、お互いの中にしっかりと息づいているのが分かった。
「これで汝……主と我は従魔の契約を交わした。命を落とすそのときまで一蓮托生だ」
「よく分かりませんが、お友達になったということでしょうか?」
「友! 友ときたか! では、そういうことにしよう」
魔物はニヤリと笑い、前足でエリシアの膝をてしてしと叩く。
「なんでもよい。我に名前を付けるのだ。それで契約は完了する」
「しかし、私はあなたがどんな魔物なのかも知りません。名付けようがありませんよ」
「そうなのか。では教えてしんぜよう」
魔物は背筋を伸ばし、ひと声高く鳴いた。
するとその体があっという間に膨れ上がり、見上げんばかりに巨大な獣と化す。先ほどまでは可愛いばかりだったが、一転して神話に出てくるような威厳溢れる姿だ。静謐な空気をまといながら、魔物は厳かな声で告げる。
「我が種族名はキャスパリーグ。世界に破滅と混沌を呼ぶ獣なり」
「きゃす……?」
どこかで聞いた名前だった。
エリシアはしばしうーんと悩んでから、ぴんっと人差し指を立てて言う。
「ではキャルちゃんで。よろしくお願いしますね、キャルちゃん」
「よろしく、主。なかなかよき名を頂戴したものだ」
「小さくてかわいいだけじゃないんですね、もふもふがいっぱいでお得です」
「クカカ、主のお気に召して何よりだ」
エリシアが鼻先を撫でると、キャルはくすぐったそうにきゅうと鳴いた。
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