表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

彼女は立ち向かうことにした

久方ぶりの新連載!

 その夜、エリシアの目の前で他人の『ざまあ』が繰り広げられた。

 それが彼女の人生を一変させた。


 舞台はパーティで盛り上がる王城、その裏庭だ。

 招待客らはみなダンスホールに集まっており、満月が見下ろす庭園には静寂が満ちていた。だがしかし、それは荒々しい声によって破られる。


「《パラライズ》!」

「ぐぎゃあああああっ!?」


 まばゆく光る雷撃があたり一帯に襲いかかり、十名あまりの護衛たちは悲鳴を上げてぶっ倒れる。死屍累々のただなかで唯一立っているのは身なりのいい中年男だ。大慌てで命乞いを始めるものの――。


「ま、待て! 金ならいくらでも――ぐべっ!?」


 バキィッ!


 その甲斐もなくぶん殴られて、地面に転がることとなった。

 上等な絹織物でできた召し物があえなく泥まみれとなり、整えられた髭も鼻血まみれ。無様な有様となりながらも、中年男はキッと前方を睨み付ける。


「貴様……! こんなことをして、タダで済むと思うなよ!」

「この期に及んで何をほざくかと思えば……自分の立場が分かっていねえようだな」


 それを見下ろしてため息をこぼすのは、この事態を起こした張本人だ。


 年の頃は二十歳そこそこ。濃紺色のローブをまとう、いかにも魔法使いといった出で立ちの青年だ。艶やかな金髪と夏の海のように澄んだ瞳を持ち、王子様めいた甘いマスクが特徴的。


 だがしかしその目はひどく冷淡で、酷薄な笑みがやけに様になっていた。

 青年はニヤニヤ笑いをすっと取り払い、中年男を睨め付ける。


「なーにが難病研究のためだ。怪しいと思っておまえの支援先を調べたが、どこにもそんな実績はない。俺が精製したヒュドラ毒……あれはいったい何に使うつもりだったんだ?」

「そ、それは……」

「まあ、おおよそは読めている。ヒュドラ毒は微量の摂取でも確実な死を招き、なおかつ痕跡が残りにくい。典型的な暗殺向きの毒だ」


 青年は小さなガラス瓶をひょいっと拾い上げる。先ほど殴られた際に、中年男が取り落としたものである。青年は瓶に満ちた紫色の液体をじっと見つめてから、男に凄む。


「まだ使っちゃいないようだな。いったい誰を狙うつもりだったんだ?」

「い、言えない! 言えば俺が消されてしまう……!」

「ほう。ってことは、この暗殺を計画した奴がおまえの上にいるってわけだ」

「ぐっ……」


 中年男は顔色をなくして言葉に詰まるのだが、最後の気力を振り絞って吼える。


「そんなことを知ってどうするつもりだ! 貴様のような一介の魔法使いに何ができる!」

「ああ、やっぱり俺のことを知らないのか。何って、そんなの決まってんだろ」


 青年はニタリと笑い、高らかに言い放つ。


「俺を利用しようとしたバカどもをまとめてひねり潰す! それだけだ! その方がスッキリするからなあ!」

「ば、バカな! 貴様、グランスタ王国を敵に回すことになるぞ!」

「つーことは、裏にいるのは王家の人間だな?」

「ぎくっ!?」

「おまえなあ、さっきからべらべらと喋りすぎだろ」


 真っ青な顔になる中年男に、青年は呆れたように肩をすくめる。


「ほれ、とっとと誰がターゲットか吐きやがれ。俺も暇じゃねえんだわ。吐かねえっつーのなら今ここで……爪の一枚や二枚、骨の一本や二本いっとくか?」

「ひっ、ひいいいいいいい!」


 笑顔で脅迫する青年と、恐怖の涙でボロボロになる中年男。

 静謐な空気が流れていたはずの庭園は、相当カオスな様相を呈し始めていた。


 出て行くのならそこだと思った。

 意を決して、エリシアは声を上げた。


「私です」

「っ……!?」


 声を上げると同時、隠れていた植え込みから姿を現す。

 その途端にふたりはハッとして黙りこんだ。どちらも幽霊でも見たようなひどい顔である。


 庭園に元以上の静けさが戻り、青年がごくりと生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。


「……おまえ、いつからそこにいたんだ。まったく気配が読めなかったぞ」

「はい? ずっとここにいましたが」


 エリシアは小首をかしげて言う。

 ドレスの裾に付いた葉っぱや土を払っていると、中年男性がハッとして震える指を向けてくる。


「そ、その銀の髪と紅い瞳……まさかおまえ、氷薔薇姫エリシアか!?」

「その通り。あなた方が先ほど相談していた暗殺計画のターゲットです」


 エリシアはこくりとうなずいた。


 腰まで届く銀の髪に、紅玉のような瞳。そして一切の感情が抜け落ちたかのような無表情。

 それがエリシアという人間を構築するすべてだった。誰が呼んだか、氷薔薇姫――泣きも笑いもしない冷徹なお姫様だ。


 ほんの一時間ほど前、エリシアはパーティの熱気と好奇の目から逃げるようにして、ふらふらとこの庭園にやって来た。植え込みの影で休んでいたところ、中年男たちがやって来てエリシアのグラスに毒を盛る手はずを密かに相談し始めたのだ。


 簡単に説明し、エリシアは青年へと目を向ける。


「そんなタイミングであなたがやって来て大立ち回りを演じたのです。ありがとうございます。おかげで出てくることができました」

「お、おお……冷静なもんだな。おまえ暗殺されかけてたんじゃねえのかよ」


 青年はたじろぐばかり。


「……アルフレッド王子が言っていた通り、本当に氷のような女だな」


 そんななか、中年男が「ふん」と鼻を鳴らす。エリシアを睨め付けながら


「おまえが平民上がりであることはアルフレッド王子から聞いている! どういう策を使って公爵家に取り入ったかは知らんが、王子のように高貴な方には相応しくぷぎょっっっ!?」

「ギャーギャーうるせえんだよ、三下が」


 エリシアが何かを言う前に、中年男は青年のかかと落としを脳天に食らって昏倒した。

 ぷぎゅうと潰れたカエルのような音を上げて地面に突っ伏す中年男を見下ろして、青年は苛立たしげに髪をかき上げる。


「だいたいの事情は理解した。つまり……婚約が嫌になった王子が、おまえを消そうとしたってわけだ」

「そのようですね」


 エリシアはそっと目を伏せる。

 夜風の音だけがエリシアを優しく包み込む。心の中で荒れ狂う嵐がほんの少しだけ弱まった。


 青年もまたしばらく口をつぐんでいた。やがて長いため息をこぼしたかと思えば、彼は気怠げにかぶりを振る。


「ま、もののついでか。どうする、姫さん。あんたが望むのなら、かわりにその王子ってやつも俺がぶちのめしてやるんだが」

「……いいえ。遠慮しておきます」

「へえ、殊勝なことで。殺されかけてもまだ、その王子様を慕ってるってわけか」

「それは違います」


 エリシアはかぶりを振る。


「元より家同士の取り計らいで決まった婚約です。アルフレッド様が私を愛していないのは明らかでした。私も彼に特別な情はなく……冷え切った関係です」


 実の両親を亡くしたのは五つのとき。

 そのあとすぐ公爵家に引き取られて王子との婚約が決まった。それからずっと厳しい花嫁教育に耐えてきたが……肝心の王子はエリシアのことを蛇蝎のごとく嫌っていた。


 王子はエリシアが庶民の出なのを知っていたのだ。裏で何度も罵倒され、実の両親をバカにされ、蔑まれてきた。それが齢十七になる今に至るまで続いていた。


 そう打ち明けると青年は端正な顔を歪めて吐き捨てる。


「そんなクズをかばう必要ないだろ。なんだって俺の誘いに乗らねえんだ」

「簡単なことです」


 エリシアは青年の顔をじっと見つめる。


 王子に同情した?

 青年が罪に問われるのを避けたい?

 暴力はよくない?


 理由はそれらのうちのどれでもない。エリシアはゆっくりとまぶたを開けて決意を口にする。


「私がやります」

「……へ?」

「そうと決まれば時間はありませんね。これにて失礼いたします」


 エリシアは踵を返し、ぽかんとした青年に背を向けて歩き出す。


 最初は仔犬が歩くようなゆったりした速度で。やがて逸る気持ちのまま靴を脱いで、ドレスの裾をたくし上げてパーティ会場へ向けて走り出した。


 すれ違う兵士らがエリシアの巻き起こした突風に煽られて吹っ飛ばされるのを横目に、エリシアはくすりと笑う。思い起こされるのは青年のセリフで――。


(敵をぶっ飛ばせばスッキリする、ですか……考えたこともありませんでした)


 これまでエリシアは耐え忍びながら生きてきた。

 それが亡き母と最後に交わした言葉だからだ。


 父が亡くなってすぐに病に倒れた母は、病床でエリシアの手を握ってこう言った。


『野に咲く花のように、強く生きなさい』


 その約束を守ってエリシアは自分の思う強さを信じて生きてきた。

 引き取られた公爵家で一切の愛情をかけてもらえなくても、使用人たちから冷遇されても、王子から悪し様に扱われても……じっと黙って耐えてきた。


 自分を抹殺しようという恐ろしい計画を知って目の前が真っ暗になっても、植え込みの影で膝を抱えてやり過ごそうとした。


 そんなエリシアが今こうして走っているのは他でもない。

 目の前で悪人どもがぶっ飛ばされてスカッとした……それだけだった。


(耐え忍ぶだけが雑草の強さではありませんよね、母さん)


 内なる衝動に突き動かされるままにエリシアは走る。


 エリシアはただの平民上がりの女だ。なんの力もない。

 亡き父が『ちゃんとしたところで勉強するまで使うなよ!?』と固く言い聞かせたくらい、魔法の腕も拙いものだ。あれから公爵家にバレないようこっそり練習してきたが、せいぜいちょっと速く走れたり小さな炎を出せたりするくらい。使い物になるとは思えない。


 きっとすぐに兵士に取り囲まれて牢に入れられることだろう。

 それが分かっていても、エリシアは笑う。


 鼻歌でも歌いたいような清々しい気分で、スキップを踏むように大理石の床を蹴り付け、猛然とパーティ会場へと乱入した。客たちはエリシアを見てギョッとして道を空けてくれたので、簡単に王子を見つけることができた。


 走ってきたせいで髪は乱れ、ドレスはすっかりボロボロだった。化粧も落ちてしまっている。

 それでもエリシアはその出で立ちを誇るようにしてまっすぐ進む。ちょうど王子はどこの誰とも知らない令嬢を口説き、その髪にキスを落とすところだった。


「エリシアか……?」


 王子はエリシアの姿を認めた途端、穢らわしげに顔をしかめた。

 名も知らぬ令嬢がそそくさと逃げていく。楽団の演奏が止まり、客たちの注目が集まる。

 最高の舞台が整った。エリシアは固く拳を握って王子までの距離を詰めていく。

 王子がふんっと嘲るように笑う。


「ずいぶんとみすぼらしい格好だな。下賤な生まれのおまえにはお似合いのごぶっふぼぐう!?」


 エリシアの右ストレートが炸裂し、アルフレッド王子はきりもみ七回転半してぶっ飛んだ。

第一部完結まで(約九万字)を書き終わっておりますので、しばらく毎日更新予定です。

本日はあと三回ほど更新予定。

応援していただけるのでしたら、下の評価やお気に入り登録をポチッとよろしくお願いします。

著者の別作品、イケナイ教アニメもぜひどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
評価いただけると励みになります。どうぞよろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ