入学式
「お姉様、そろそろ出発しましょう」
「あぁ、もうそんな時間か。しかし新しい制服に身を包むと気が引き締まるが、気恥ずかしくもあるな」
「恥ずかしいなんて! とても、とてもお似合いなのです!」
今日は王立セントルーリット学院校へ入学式である。
少し早めに家を出るためにアリスとシャーロットは早めの朝食を取りながら話をしていたが、気が付かないうちに出発の時間となってしまったようだ。
服装は自由。だが一応学院公式の制服はある。
普通のズボンから、トラウザーズ、スカート、キュロット、ガウチョ、スカンツ、ニッカポッカ……なんでもある中から組み合わせが自由なので、生徒は色々なスタイルを楽しめるようになっている。
さらに、シャツには刺繍などもしてよいのでなかなかに個性が出る。
かく言うシャーロットとアリスも、シャツの襟の部分に家の紋章を刺繍している。
「しかし、服装が自由なら制服にする必要はなかったのではないか?」
「お姉様とお揃いの服を着ることに意義があるのです!」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいな」
制服を選んだ時には一緒にスカートとキュロットも購入したが、着てみたい気持ちはあるがどうしても踏ん切りがつかず、シャーロットは履き慣れた普通のパンツスタイルで通学することを決めた。
「シャーロット様、アリス様、本日は馬車は使わずに徒歩でのご通学で本当に宜しいのですか? もう少しゆっくりなされてから馬車で向かわれた方が……」
「いいの。今日はお姉様と歩いて行くのを楽しみしにていたのよ」
「ケビン、今日はこの為に早く準備をしていたのだ。少し距離があるが一時間はかからない」
「お二人がそう言われるのであれば否なはございません。ではそろそろ出かけませんとなりませんね。お忘れ物はございませんか?」
仲睦まじい姉妹を見守るようにケビンが、時計を確認して出発を促す。
鞄を手に取り、屋敷の玄関を出ていくのを見送るとケビンは一度指を鳴らすと、どこからともなく護衛のローが顔を出した。
「シャーロット様がいらっしゃるので大抵の荒事にも対応できるかと思いますが、万が一を考えて護衛をお願いいたします」
「元よりそのつもりです」
ローは人畜無害そうな人懐っこい顔をしているというのに、喧嘩がめっぽう強い。
用心棒だとわかりやすい風体ではないので、屋敷にいる使用人の中でもローが護衛であることを知っているのは本当にごくわずか。シャーロットとアリスも気のいい年下の庭師だと思っているぐらいである。
「そう言えば、門の外にウェイバー・セリング様と、アードルフ・クラーク様がお見えでしたが……」
「そのお二人でしたら問題ないかと思います。しかし、お迎えにいらしたにしては呼鈴がなりませんでしたね……」
「何かを話しこんでいるような様子でしたよ?」
「まぁ、良いでしょう。お二人に何か不埒なことをする仕草が見て取れたら……ね」
「わかりました。しっかりと見張っておきましょう」
「よろしく頼みますよ」
通学初日からアードルフとウェイバーがやって来たなら、学院内でも虫よけになってくれるだろう。
ウェイバーは昔からアリス一筋なことは社交界でも知られている。
アードルフについてはアリスが以前、シャーロットを可愛いと言った男だと興奮気味に語っていた。
最近ウェルヴィン王国に戻ってきたというのに、数少ない社交の場で大人気となり今ではシリウスの君などと言われていて、先の茶会では二人仲良さそうに話はしていたが、ケビンにはそれ以外の情報が不足している。
二人の関係が進むようなら少し調べてみようとは思ってはいたのだが……。
まぁシャーロットにやっかみなど通じるとは思えないが、色恋沙汰に全く耐性がない故に嫉妬の類のいやがらせの標的になることだけは阻止しなくてはいけない。
「学内の報告も頼みます」
「わかってますよ。腕が鳴りますねー」
ニコリと笑って外に出ていくローを、ケビンは見送る。
「お守りするのも、見守るのも大変です」
◆◆◆◆◆
「ねぇ、何故朝からここにいるのかしら?」
屋敷の門を出たところで、ウェイバーとアードルフが立っているのを見つけたアリスが、少し不満げに声をかけた。
「なんでって、今日から同じ学院に通うんだから、一緒に通学してもいいでしょう?」
「今日はお姉様と二人でゆっくりお話しながら登校したかったのに!」
「こら、アリス。ウェイバーに失礼だろう。いつもすまないな」
「いえ、僕は好きでやってるんで気にしてないです」
自分もそれなりの貴族の子息だと言うのに共はそばに付けずに、迎えに来たと屈託なく言う。
シャーロットはここまで一途にアリスを好きでいてくれるウェイバーにありがとうと声をかけると、ウェイバーもニコリと笑い返した。
「ウェイバーは毎日迎えに来るわよね……」
「そうだね」
「暇なの?」
「暇ではないよ、迎えに来たいから迎えに来てるだけ」
なんだかわからない、と言った顔をしたあともう一人に視線を向けた。
「そして、クラーク様まで一体なんだと言うのでしょうか」
「なんだと言われたら、俺もシャーロットと一緒に学校に行きたかったからなんだけど……」
ちらりとシャーロットを見るアードルフは、何故だか不服そうな顔をしている。
「それならそうと言ってくれたらよかったじゃないか」
「言う機会あった?」
「いや、なかった……な」
そうなのだ。茶会で友達となろうと宣言して一ヶ月。
その後特に進展もなく、入学式だ。
誘わなかったアードルフも悪かったが、友達になりたいと言うぐらいなのだからもっとぐいぐいと来るのかと思っていたのだ。
「一月も音沙汰なしとは思いもしなかったよ」
「シャーロット様は今で真の友達と呼べるご友人はいませんでしたから、距離感がわからないのかな」
「そう! そうなのだ!」
よくぞわかってくれたと、嬉しそうにウェイバーの肩を叩き視線をアードルフに向け、『だから仕方ないだろう?』と言った顔をする。
「そんな可愛い顔されちゃ許すしかないじゃない。仕方ないなぁ」
「可愛くはないだろう? 私のようなものにまであたり構わずそのような事ばかり言っていては婦女子の方々が誤解する。そういう事はちゃんと本命の方にだけ囁くように」
「ソウデスネー……」
苦笑いで答えることのできないアードルフを、可哀想なものを見る目でアリスが頷きながら見ていると、それをウェイバーがさらに可哀想なものを見る目で見ている。
側から見たらなんのこっちゃ、といった感じである。
「そうだ。今日は入学式だけで午後は休みだから、私達は帰りに買い物をして帰るつもりなんだけれど一緒にどうかしら?」
「もちろん! アードルフ君はどうする?」
「もちろん、俺もご一緒するよ」
「ん? ウェイバーとクラーク殿はすでに、その友達なのだろうか」
あまりにもウェイバーがアードルフを自然に誘うので、気になったシャーロットが不思議そうに聞いた。
「小さい頃、学校が一緒でよく遊んだんだよ。この前の茶会で再会できて嬉しかったな」
「そうだな」
「でも薄情なんだよ。サージャに留学に行ったきり手紙の一つも寄越しやしないんだよ」
「小さかったし、そんな文通みたいなことするほどまめな性格じゃないんだって」
なんとも二人の仲の良さそうな、テンポのいい会話が続く。
小気味良いツッコミとボケのような会話に、なんだか羨ましさを感じながらも、シャーロットはその横を歩いていた。
「そうだ、何枚かちょっとした絵葉書を買ってきたんだ。今度何枚かプレゼントしようか?」
「僕は間に合ってるし、別にいらない……」
「絵葉書か。いいじゃないか。私は欲しいぞ」
「「え???」」
「なんだ。おかしいか?」
どうしても二人の会話に混じりたくなったシャーロットは話に乗っかってみただけだったのだが、こんなに大きく反応が返ってくるとは思ってもみなかったので、逆に驚いてしまった。
「いや、その……」
「お姉様がいただくのであれば、私も欲しいです」
「私達はサージャに行ったことがないからな。絵葉書と言えば風景画だろうか? そうだな、湖畔の風景や森林などが好みだが……。クラーク殿が買ってきた絵葉書にはそう言ったものはあるだろうか」
「えっと……」
何故か言い淀むアードルフと、それをバツが悪そうに「なぁ……」などと声をかけているウェイバーに痺れを切らしてしまったアリスが、いったい何なのよと怒り始めたところで、ウェイバーが絵葉書の種明かしを始めた。
「あのね、アリス、シャーロット様。僕達が言うちょっとした絵葉書っていうのはさ、少し……その肌色の多い感じのヤツで……」
「風景画と言うよりは人物画と言うか……」
言い淀む理由が分かった瞬間、アリスは沸騰するように真っ赤になって黙ってしまったのだが、シャーロットにはピンとこなかったようでさらに質問を重ねる。
「なんだ?」
「露出が多いものも……、それなりに、なぁ」
「あぁ、あるんだよな」
「そうか。ではその人物画でもいいぞ」
「あー、もう! あのね、シャーロット。俺達が言ってる絵葉書ってのは、女性の……肌色が多めの姿絵なんだってば!!」
屈託なくニコリと微笑み、その絵葉書を所望するシャーロットにがっくりを肩を落とした二人組は観念して絵葉書が何なのかを白状することとなってしまった。
「ほう、そうか。まぁウェイバーもクラーク殿もそれなりの年頃なのだからおかしいことはないな。しかしそれは私が見ては一緒に楽しめないものなのだろうか?」
「いや、一緒に楽しめるかどうかはちょっとわかんない、な……」
どう答えたものかとアードルフがウェイバーをちらりと見ると、アリスにばれてしまった事で感情の臨界点に達してしまった様子で、アリスの顔を直視できず虚無の顔を決め込んでまっすぐ前を向いて歩いている。
ただ、口元がもごもごと動いているのが見えるので、一人の世界に入り込んで言い訳を考えているのかもしれない。
それに、本人が見たいというならいいじゃないか。一緒にいる時間も増える。
もはや言い訳などは必要ない、腹をくくれ、俺!
そうアードルフは顔をキリリと作って、シャーロットに告げる。
「じゃぁ、明日にでも持ってこようか?」
「明日はまだ午前中だけだが……。帰りに昼食を一緒にとり、その時に一緒に絵葉書を見ると言うのはどうだろうか?」
ご満悦な顔でシャーロットが頷いているのを、いろいろな感情が入り混じった結果嬉しい気持ちが飛びぬけた。
「絵葉書の件は置いておいて……、今日の午後と明日のランチに誘ってもらえたのが純粋に嬉しいな」
「クラーク殿なら様々なお誘いが引っ張りだこかもしれんからな。明日ぐらいは一緒に食べる約束をしてもいいだろう。腕によりをかけて作るとしようか。食べられないものはないか?」
「ない! と言いたいけど実はセロリが少し苦手なんだよね」
「そうか。セロリ……。わかった。考えておこう」
「入れないって言う選択肢はないんだね」
朝から明日の手作りランチの約束まで出来るとは思っていなかったアードルフは、嬉しさのあまり先ほどの肌色多めの人物画の絵葉書については『ついうっかり』持ってくるのを忘れることにして、ちゃんと風景の写っている絵葉書にしようと心に決めたのであった。
「あ、そろそろ到着だな。やはり、その友人と一緒に登校するのは楽しいものだな」
「私は姉妹ですけれど、お姉様と一緒に登校するのは楽しいです!」
先ほどから声を発しなかったアリスがようやくその頬の赤みを冷まし、ウェイバーがもっともらしい言い訳を思いついたと同時に、学院近くに到着した。
到着したのは良いのだが、何故か正門に人だかりができている。
「む? なんだあの人だかりは……」
「なんでしょうね」
シャーロットとアリスは全くなんでだかわかった様子がないが、ようやく正気に戻ったウェイバーだけがその理由に気が付いた。
「アードルフ君のお出迎えじゃない?」
正門に近づくと、アードルフの存在に気が付いたのか数人の女生徒が走り寄ってくる。
やはりアードルフのお出迎えのようだ。
その勢いに思わずアリスとウェイバーが一歩引いてしまうが、シャーロットは勢いにびっくりしてその場に直立不動で留まってしまった。
「あの、アードルフ様とシャーロット様はお友達なのですか?」
「あー、そうだね。友達……かな」
シャーロットを横目に見ながら、アードルフは若干言い淀みながら言い切る。
それを聞いたシャーロットはそれを聞くと、いいものを聞いたな、と満足げに頷いている。
「今のところだけどね」
「今のところとはなんだ。これからまだまだ仲を深めていくのだぞ」
小声で声をかけると、アードルフは目を細めて眩しいものを見るようにシャーロットに笑いかけた。
その様子を見ていた野次馬を含めて周りを囲んでいた生徒たちは、アードルフとお近づきになるのを早くもあきらめざるを得ない、とがっかりした顔をしながら正門に吸い込まれていく。
ようやく周りに人が少なくなってきたので、シャーロットも気兼ねなく普通の大きさの声でアードルフに声をかけた。
「しかし、クラーク殿の周りにはたくさんの人が集まるな……。やはり明日のランチはやめておいた方がいいだろうか?」
「なんでっ、一緒に食べるし」
「何をそんなに怒っているのだ……」
「さっき約束したからだよっ。お前がわからなさすぎなのっ」
珍しく語尾を荒げ、駄々っ子のように抗議するアードルフを、ウェイバーが面白いものを見たと言わんばかりにその光景をくつくつと笑いながら見ていることに気がつくと、自分でも信じられないことをしてしまったと、シャーロットに謝る。
「ごめん。お前なんて言って。ちょっとスマートじゃなかった」
「何故謝る。別に、その、友達なのだから構わん」
そう言って少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめるものだから、アードルフの中に先ほどまでいた駄々っ子は、一瞬でどこかに消え失せた。
その顔を誰にも見られないようにシャーロットの腕を無言で少しだけ引いて、周りからみれないよう学院の塀側に誘導すると、自らが外野から見れないように壁となるように立つ。
先ほどから自分でも戸惑うほどに、アードルフ自身の感情が目まぐるしく変わっていく……。
心なしかいつもより呼吸が浅く感じる。
「なんだ?」
「そう言う顔は、俺以外の前でしちゃだめだ」
「そう言う顔とは?」
少し背の高いシャーロットでも、アードルフの方がさらに背が高いので、至近距離だとさすがに見上げざるを得ない。
何にも思っていないような顔をして見上げるその頬に、どうしても触りたくなったアードルフは無意識に手を伸ばした。
頬に触れるとやはり思った以上に柔らかく、肌はなめらかでとても暖かい。
そっと頬を撫でると、特に嫌がる素振りもなくそのままされるがままで、あろうことか気持ちよさそうに目を細め、その手を重ねてきたではないか。
「む? クラーク殿、顔が赤いな……。手も少し暖かいが……」
「え、そう?」
「失礼する」
そう言うなり重ねた手を離し、シャーロットは構わずアードルフの額に手を乗せた。
「やはり、熱が少しあるのではないか?」
「そんなことないと思うんだけどな」
額に乗せられた手が少し冷たく、心地いいなと思うと同時に、その暖かな頬に触れることを許され、さらにシャーロットからも触れられていると思うと急にもう少し近寄りたい衝動に駆られる。
さらに呼吸が浅くなるのを感じる。
これが許されるなら……、もう少し近寄っても?
アルだと言わなくても、俺だけを見てくれているなら……
腰を引き寄せても……
一旦そう思うと何故だかその考えを止めることが出来ず、頬に触れていた手とは逆の手で腰に手を伸ばそうとしたその時、シャーロットとアードルフの間に何か影が入った。
刹那、ゴッと叩くような音がアードルフの腹の辺りから聞こえた。
「ん?」
「おい、大丈夫か、クラーク殿? ん? アリス!!」
二人の間にアリスが潜り込み、アードルフのみぞおちにささやかな一撃をお見舞いしたのだ。
少しだけアードルフの身体が離れた隙を見て、アリスはシャーロットに振り返った。
「お姉様、あんな顔そんなに容易く殿方に見せてはいけません」
「だからなんなのだ。あんな顔とは?」
自分がどう言った顔をしていたかなど、シャーロットには分からなかった。
友達に気安く話しをしていただけ、のつもりだったのだから。
「世界中が、お姉様に恋をしてしまいそうなお顔でした……」
「ん? 逆にそれはどういった顔なのだろうか」
大真面目に言ってのけたアリスの隣で事の成り行きを見守っていたウェイバーが、シャーロットの問いを聞いて大笑いしている。
アリスは顔を真っ赤にしながら、姉がどれだけ可愛いかをウェイバーに熱弁し、それを不思議そうな顔をしながらも聞いているシャーロットを、アードルフは見ていた。
「なんかちょっと幸せ……」
一人呟き、アリスにパンチをお見舞いされたが特に痛くもない腹をさすりながら、笑って三人に近づこうとしたその時、
「あ?」
「大丈夫か! クラーク殿!」
身体がふらりと傾いて、青い空が見えたと同時に、アードルフの意識は暗闇に落ちていった。
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