interlude ーウェイバーの勘案ー
「アリス、そんなに前に出ると危ないよ」
「大丈夫よ。あぁ! それよりもうちょっと会話を聞きたいのに!」
「ほら、また声が大きくなってる。そんなに大きな声だとここにいるの見つかっちゃうよ?」
「それは絶対にダメ」
シャーロットとアードルフから少し離れた植栽の後ろ側に、影が二つ。
シャーロットの妹のアリスと、その幼馴染のウェイバーである。
何かあってもしばらくの間であれば、執事のケビンが上手く回してくれるはずだと主催者であるアリスが茶会を抜け出したのは二時間ほど前。
姉のシャーロットが、シリウスの君と呼ばれるアードルフと共に二人で外に出ていったからだ。
何かある……。
追いかけるように後ろをついて行ったアードルフの表情に、きらりと光るような予感を感じて勢いよく席を立ったが、それを見ていたウェイバーにそっと声を掛けられ、一度は制止された。
「アリス……。何を企んでいるのかわからないけれど、シャーロット様の後を付いて行こうとしているならやめた方がいいんじゃない? 茶会の主催がどちらもいなくなるなんて……」
「だって、お姉様が心配で……」
「この茶会だって、シャーロット様とアードルフ君の出会いの演出なんだろ?」
「なんでわかったの!? でもね、それもあるけどお姉様がお疲れのようで心配なのよ……」
「どうしたってついて行くって顔だね。仕方ないな……」
「別にウェイバーは一緒に来なくてもいいのよ?」
「何言ってんの。なんかあったら困るし、ついて行くに決まってるでしょ」
この茶会自体、確かにシャーロットとアードルフの出会いの為に開いたわけだが、思ったよりも人が多く集まってしまった。
先ほど外に出ていこうとしていたシャーロットは明らかに疲れた顔をしていた。
周りに常に人がいすぎて気疲れして少しだけ静かにいたいだけだと思うのだが、知り合ったばかりのアードルフがそれについて行ったのがアリスには本当に心配でならなかったのだ。
「相変わらず大好きなお姉様のためなら猪突猛進だね」
「えぇ。円滑な社交のために、お淑やかを演じるのも疲れるけどね」
「こんなお転婆で破天荒で猪突猛進でこんなに可愛いアリスを知ったら、社交界の男性陣は皆びっくりしちゃうよ」
「言い方!! でも面倒だし、そろそろ素を知ってもらってもいいかもね」
「だめだめ! 色々な顔のアリスを知っているのは僕だけで十分」
「ウェイバーはそういうの昔から言うわよね。誤解を生むから所構わず言い回るのはやめた方がいいわよ?」
「所構わずって……、こう言うのは君だけにしか言わないよ。前から言ってるよね? 実際今更君を好きな気持ちを包み隠す気もないけれど?」
「もう、それ何年越しのネタなのよ」
「ネタって……。もうなんて言うか、伝わらなさ過ぎて逆に燃える自分が悔しい……」
「何言ってるのよ。あ! お姉様が移動するわ!」
なんとも言えないやり取りの末、目標の移動に突然大きな声を出したアリスの口を、ウェイバーの手が優しく押さえる。
「静かに……」
「ふぐっっ」
植栽に隠れてながらも二人、アードルフとシャーロットを追っているとシャーロットが大切に育てているビンカの前で何やら話し始めた。
相変わらず、声は聞こえにくい。
「でも、アードルフ君は随分と印象が変わったね」
「ウェイバーは知り合いなの?」
「僕は初等科の頃、一緒でよく遊んでたからね。君達も会った事あっただろ? ほら、ハリーの一才のお披露目の時」
「あの時……、いたかしら」
正直あの時はかなりの人と挨拶をし過ぎて、アリスはほとんどの人の顔を記憶していない。
「あの時はかなりの人数と挨拶してたもんね。その時に僕もアリスに初めて出会って、一目惚れ……」
「あっ! なんか二人で楽しそうにしている! なんか悔しい」
ウェイバーが話をしようとした途端、観察中のアードルフとシャーロットが仲睦まじく笑い合っているのが見えて、興奮したアリスに言葉尻を遮られてしまった。
「僕も悔しいし話も聞いて欲しいよ……。手をっ!?」
ウェイバーの切ない呟きは聞き流されてしまったが、シャーロットとアードルフの会話に緊張してたアリスが、自分の手を握って来てくれたことが嬉しくて、とりあえずは今はよしとしようと頷いた。
「お姉様からあの笑顔を引き出すなんて……。くやしいけど見どころがあるわ。アードルフ•クラーク!」
さらにシャーロットの表情が少しでも曇ろうものなら、抹殺しそうだったり、頬を染めたなら見ていられないとばかり自分の顔を覆い隠し顔を真っ赤するアリスが、勢い余って二人の前に出ていかないようにウェイバーは長年の勘を働かせながら押さえている。
繋いだ手は、もちろん離さないまま。
「見てアリス。ほら、シャーロット様凄く嬉しそう」
「まぁ、本当! でもアードルフ・クラークは何故先ほどからあのような顔でお姉様に微笑むのかしら……」
何故……?
どう考えてもあの幸せそうにシャーロットを見る顔を見ればわかりそうなものなのだが、ウェイバーの目の前にいるアリスはまったくもって理解できていない顔をして考え込んでいる様子。
「幸せだからじゃないかな」
「そうね。お姉様のあの笑顔を間近で見れるなんて、確かに幸せね」
ポンコツにもほどがあるが、そこがまた自分には愛らしく見えて好きなんだよな。
ふと伝わらない恋心をここまでこじらせている自分も大概だとウェイバーは思いながらも、そうだね、と答えると何故か伏し目がちにアリスが自分を見たかと思うと、
「ウェイバーも私の笑顔が見れて幸せ?」
「えぁ?」
聞かれた本人がびっくりするような質問をたまにしてくるのがアリスだが、今日のこれは想像の斜め上どころではない。心臓を直撃するような、好きな子が頬を赤らめてしてきた質問にうまく返事をすることも出来ず目を丸くしてしまった。
「えへへ。冗談よ。あ! そろそろ茶会に戻るみたい。お姉様にエスコートしてもらえるなて、なんて羨ましい!」
「シャーロット様がエスコートしてるの? あ、本当だ……」
アードルフが本当はエスコートをしようとしていたのは見ていてわかった。
しかし、受けた手のひらを返されて逆にエスコートされているような形になっている。
何かを話した後、二人で何か面白いことを見つけたように顔を寄せ合い笑ったのが見えた。
凄く嬉しそうな顔してシャーロットの横を歩くアードルフを見ると、ウェイバーもわかってもらえるように努力を怠った事など一度もないのだが、ちゃんとアリスに分かってもらえるようにさらなる努力しなくてはいけないと思えてきた。
「僕達もそろそろ戻ろう。会場に戻って来た時にアリスがいなかったらシャーロット様が悲しむんじゃない?」
「それもそうね! さぁ、行きましょう」
そう言うと、アリスは手を少し前に出してウェイバーの顔を見た。
普段はエスコートを催促したりなどしないアリスから差し出されたこの手は、自分がそこそこ許されている証だとうぬぼれていいだろうか。
ウェイバーはその自分より小さく、そして幸せで温かい手を、大事な宝物を持つように優しくそっと、しかし離さないようにしっかりと繋ぎ歩き出す。
すでに意識はシャーロットに向いてしまったアリスに届くかは分からないが、ちゃんといつも通りに声をかける。
「行こうか、僕のお姫様」
振り返ったアリスが、少しはにかんで笑ったような気がした。