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小さな幸福

 来週から祖父母が住む隣国サージャに長期留学だと言うのに、アードルフはセイバー家の長男のお披露目会に一緒に参加するようにと言われ渋々だが父親とともにやってきた。

 到着そこそこ、挨拶をしたがそこには同じぐらいの年齢の双子の少女がいて一人は最近流行りのドレスに身を包み、もう一人は何故だか自分と同じような男の格好をしていた。


 周りはその少年の格好をしている方をおだてているように見えたが、その実横に立って長男を抱いている母親にゴマをすっているのが透けて見えた。

 聞けば、長女は長男が大きくなるまでの期間を、後取り息子として過ごすという。

 なんだかとても胸の辺りがムカムカした。


 アードルフは食べるものを食べると、大して面白くもないお披露目会場から一人抜けだした。


 抜け出した先にあった手入れが行き届いている広い中庭には、色とりどりの花が咲いていた。

 甘い香りを堪能しつつフラフラと自由に歩き回っていると、凛としているのに何故か泣いているような小さな声がアードルフの耳に聞こえた。

 

「泣かない。私は……」


 植栽を聞き分け、その声のする方に向かっていく。

 カサリと葉がすれ通り抜けた先に、見つけた。


「誰かいるのか?」


 びっくりしたように振り返ったその子は、自分よりも少しだけ小さい。先ほど跡取りだと紹介されていた長女だ。

 しかし先ほど紹介されたが、緊張もしていて名前を覚えてはいなかった。

 相手もそうなのだろう、名を聞かれる。


「君は誰だい?」

「僕? 僕はアル。君は?」


 目の前の長女は少しだけ目尻に残った涙を袖で拭ってから、アードルフを真っ直ぐに見て自らの名前を答える。


「シャーロットだ」

「シャーロット。何か悲しい事でもあったの?」


 銀色の髪が揺れ、薄紫色の瞳が潤んでいるが涙はこぼれない。


「悲しいこと、なのかもしれない。だが、乗り越えねばいけない」

「そうか。君は頑張り屋さんなんだね」


 なんだか放っておけなくて、アードルフはシャーロットの頭をついつい撫でてしまう。

 髪はツヤツヤのサラサラで、触り心地がすこぶるいい。

 

 頭を撫でていると、そのそばからまた涙が溢れる。

 目が腫れないようにと持っていたハンカチでそっと目元を拭っていると、しばらくしてシャーロットがぽつりぽつりと話し始めた。


「私は、本当の跡取りではないのだ。本当の跡取りである弟が十二になるまでの仮初で……」

「うん」

「その時がやってきたら、自分はどうすればいいのか。何故か急に不安になったのだ」

「そっか。でも君は君だよ。きっと乗り越えられる。だってこんなにも強いんだから」


 別に知り合いでもなんでもなかったが、放って置けなくてつい励ましの言葉をかけてしまう。

 見たところ自分と同じぐらいの年齢だ。

 男の格好をして、跡取りとして振る舞わねばならないその重圧と、それが期間限定であることへの不安から泣いていたのかだろう。

 自分は次男坊だし、あまりそんな重圧もないが兄を見ているとその大変さは何となくだがわかるつもりだ。


「強いか……、私は強くなどはない」


 強くなどはないと言いながらも、下を向いたりすることはなく真っ直ぐにアードルフを射貫くその瞳がとても、とても美しい。と思った。

 

「泣いてても、乗り越えなくてはいけないって言えるのは心が強い証だよ」

「そうだと嬉しい……」


 しばらく励ましの言葉をかけ話を続けていると、先ほどまで泣いていたことが嘘のようにシャーロットは笑うようになった。

 時に大きく口を開けて笑い、時にはにかみ、とにかく表情が目まぐるしく変わってみているだけで楽しい。


 楽しいのに、何故か胸の辺りがぎゅっとする。


「はは、シャーロットは笑うと可愛いね」

「ん? アルは視力が低いのか?」

「えー? 折角褒めたのに! でもその笑顔に免じて許す」

「はは、許されよう!」

 

 二人で笑いあいながら庭園を散歩している途中、その庭園の隅でビンカが花を咲かせているのを見つけた。


「先日庭師に聞いたが、ビンカの花は毒があるから口にしてはいけないと言っていたな」

「茎を折らなければ大丈夫だよ。茎から出る白い液体が毒なんだ」

「アルは物知りなのだな!」

「花言葉は、楽しい思い出とか友情」

「そう言ったものがあるのだな。星にもあったりするのだろうか」

「あるよ。俺知ってる」

「本当か? シリウスもポラリスも、スピカもベテルギウスにも!?」

「ちょ、ちょっと待ってシャーロット。少し落ち着いて」


 アードルフの口調も砕けてきて、つい一人称が素の『俺』になってしまったが、まぁいいかと思えた。


 シャーロットの知識欲を刺激するような話だったようで、夢中になってアードルフを質問攻めにしたが、不思議なことに飽きたりイライラすることもなく、話し続けた。


「スピカは直感、ベテルギウスは煌めくセンスだよ。ポラリスはさ、夜空で動かないから道標にする星なんだけれど、星言葉は人に尽くす誠意と同情なんだって」

「そうなのか。不思議だが知れば知るほど面白いものだな……」

「そしてシリウスは……」

「待て、アル。自分で少し考えてみようと思う」


 そう言うとアードルフを制止して一人考え始めてしまった。


「そう? じゃぁ少し待つことにしようかな」


 その待つ間も、別に嫌じゃなかったのが不思議である。

 考え込むその横顔は先ほど泣いていた時とは違い、生き生きしているように見える。

 

「アル! シリウスの星言葉は、光り輝く、でどうだ?」

「いや、どうだって星言葉は元々決まっているからね」

「あはは、そうだな」


 自分で決めたかのような物言いで、指摘しても笑顔で返事をする様がついつい可愛らしくて笑ってしまったが、その通りだ。シリウスの星言葉は……。


「でもその通り、光り輝くもの、とかあとは焼き焦がれる、なんていう言い方もあるみたい」

「そうか。あれだけ空で輝いているのだ。昔その星言葉を考えた人もきっと私と同じような気持ちだったのかもしれないな」

「それは何となくわかる気がする」

「アルもそう思うか。それにしてもアルと話をしていると楽しいな」

「はは、そうだな。でもシャーロットは変なやつだね」

「あ……、すまん」


 先ほどまで頬を高揚させて紅くするほど興奮して話をしていたのに、急に目を逸らして黙ってしまったシャーロットを覗き込むと、その度に目を逸らされる。


「なんだよ。言ってくれないとわからないよ」

「……。調子に乗って友のような物言いをしてすまなかった。気分を害してしまってはいないか?」

「別にそんなことないけど、なんだよ急に」

「私には、今まで友と呼べる者はいなかったから、つい調子に乗ってしまったのだ」

「いや、だから……、え? 友達がいない?」

「学園には友達はいるにはいるが……、そのアルのように心から笑い合えるように話が出来るのは妹ぐらいしかいないのだ。出会ったばかりだというのに、馴れ馴れしくしてすまなかった」


 変なやつだと言った事が気になったのだろうか。

 アードルフはそう言うつもりで変なやつだと言ったわけではなかったのだが、自分の意図が伝わっていないことによって、今さら他人行儀にされてもつまらない。


「そうじゃない、そうじゃないよ。シャーロット。変なやつだって言ったのは悪い意味じゃない。面白いやつだなって意味。俺もなんだかずっと昔からの友達みたいな感じで……」

「そう、なのか?」


 先ほどまでの暗い表情が、みるみる輝くように笑顔になっていくのを見ていると、じわじわと暖かい気持ちが湧き上がってくる。


「……」

「どうした? アル」


 夜の月の光に照らされて、シャーロットの銀髪がキラキラと光り輝く。

 夜明け前の空の色のような、紫色のその瞳に自分が映っていると思うと、先ほど感じたようにまた胸がぎゅっとなる。


「見つけた……。君が俺の、シリウスだ」


 ぽつりと囁くように出た言葉は、シャーロットには届いていなかったようだが、心配するようにアードルフに手を伸ばした。


「そろそろ帰ろう。あまり遅くなると皆が心配するからな」

「もうお開きか。残念」

「そうだな」


 アードルフは庭園の隅にあったビンカの花を一輪摘み、持っていた白いハンカチに包むとシャーロットに手渡した。


「これ、もらって」

「ありがとう。ビンカの花言葉は楽しい思い出だな。今日は本当に楽しかった」

「うん」

「また会えるだろうか」

「もちろん。また会おう」


 手を取ると花が咲くように笑うシャーロットに、火照る顔を見られないようにあらぬ方向を向きながら、あれこれ話しながら歩く。

 アルは考え込むと首を触る癖を直したい、シャーロットの言葉遣いのルーツは祖父からきている、などと他愛のない話をしていたらあっという間に室内に戻ってしまった。


 アードルフは、この後すぐにサージャに留学することが決まっている。

 期間は長い。十八まで。

 こんな事なら留学なんて決めなければ良かったと今更後悔しても遅いが、自分で決めたならやり遂げてからまた会いにくればいい。


 自分の決心が揺るがないよう、アードルフはシャーロットには何も告げずに会場を出た。


◆◆◆◆◆◆


 あの時は小さい頃の初恋だからいつか忘れるかもしれないと思う事もあったが、何年経っても想いは変わることなかった。


 こっちに戻って来てから、初めての舞踏会。

 ずっと会いたかったシャーロットに偶然再会できるとは、特に行きたくもなかったが足を運んで本当に良かったと、アードルフは思っていた。

 

 再開した時にはすぐに分かるほどに恋焦がれていたのだと自覚した。


 舞踏会で再会した時は全く覚えていないようだったが、その後すぐに茶会に招待され思い出してくれたのかもしれないと有頂天ですぐさま参加の返事を返した。


 だが、茶会に来てみれば、シャーロットは残念ながらアードルフを覚えていなかった。

 いや、話をしてみればアルとの思い出は目の前でこんなに愛おしそうに話してくれている。


「年も同じぐらいか少し上ぐらいだと思うのだがな。会場に戻ったら姿は見えず、学園にもないかったのだ。未だに再会できていないが、あの時の礼を言いたいものだ」

「そっか。会いたいって今でも思ってくれてるんだね」


 シャロットの話を聞いていると、やはりアルとアードルフを同一人物だと認識していないようだ。


「あぁ、もちろんだ。会って礼と共に言いたいことがあるのだ」

「なんて……?」


 それでもアルに会って言いたいことがあるなど言われたなら、庭園で咲く甘い花の香りが期待に膨らむアードルフの鼻先をかすめる。

 振り返ったシャーロットは、嬉しそうに微笑んで答える。


「あの時は、なんだかうやむやになってしまったのだが、友となって欲しいと伝えたい」

「うん?? ごめん。ちょっと聞こえなかったからもう一回聞いていい?」

「あの時は、なんだかうやむやになってしまったのだが、友となって欲しいと伝えたい」

「待って。二回聞いても同じだったし、二回聞いても思ってたのと違った」

「急にどうした。何が思っていたのと違うと言うのだ?」


 その当時から、ずいぶん時が経って姿形が変わってしまったからわからないのは仕方のないことだとは思う。


 しかし離れていた時期も俺は忘れたことなどなかったのにとか、再開した瞬間すぐに君だとわかったのは俺だけなのかとか、アードルフは甚だ見当違いの不満を漏らしそうになる。

 

 そこをぐっと喉の奥に押し込めることに成功すると、なんとか声を発した。


「ごめん、ごめん。なんかロマンチックな出会いだったんだね。友達になったら何したいの?」

「そうだな、共に勉学に励み、剣も交えたい。あぁ、私は刺繍が好きだから、迷惑でなければ何かに刺繍をさして贈りもしたいと思っている。あとはたくさん話がしたいのだ。あの時アルと出会いがあったから私はここまで来れたのだ。友となってもっと友愛を育みたいものだな」

「えっとさ、愛なの?」

「友情を深めたいのだから、愛なのではないか? なんだ、クラーク殿は哲学が好きか?」


 からかう様にシャーロットが言うので、少しだけ拗ねるような物言いをしたくなる。


「別にそんなことないけど?」


 そう声にした途端、シャーロットの表情が少し曇った。


「……。調子に乗って友のような物言いをしてすまなかった。馴れ馴れしすぎただろうか?」

「別にそんなことないって。もっと馴れ馴れしくしたっていい」

「そう、か」


 何故かまじまじと観察されているが、これは自分がアルであると言った方がいいのか、そうじゃない方がいいのか迷っていると、少しだけ不思議そうな顔でシャーロットがアードルフを見つめていた。


「なに?」

「いや、首を触る癖は昔からか?」

「考えてるときなんかはたまに、かな。直したいんだけどね」

「そうか……」

「おかしい?」

「おかしくは……ないな。私も癖の一つや二つあるしな」

「そりゃそうだ。さすがにそろそろ戻らなくちゃだめだね」

「おぉ、もう結構時間が立ってしまっているのだな。茶会に戻るか」


 シャーロットが何を聞きたかったのかははっきりしなかったが、そろそろさすがに外聞も悪くなるのでこの二人きりの楽しい時間を一旦終わらせなければならない。

 二人で他愛もない話をしながらゆったりと歩きながら茶会に戻る。


「そうだ、クラーク殿もこの春からルーリット校に通うのか?」

「新入学生として入学するよ」

「本当か! 私もこの春から通うのだ! 同級生だな」


 学院には十八から二十までの二年間、必ず通う事になっている。

 同級生として一緒に二年間学生生活を送ることが出来るなら、アードルフが『アル』だといいタイミングで告げる機会はすぐに来るかもしれない。


 思い出してもらうよりももっと、今の自分でシャーロットと近くなりたい気持ちの方がずっと強い。


「楽しみだな」

「おぉ、通う前に知り合いが出来るとは、嬉しいものだ」

「知り合いじゃない。もう俺達友達だよ。シャーロット」

「!? 友達……」

「そう。アルよりも前に友達になっちゃいけなかった?」

「そんなことはないぞ。嬉しい。これからよろしく頼む」

「友達から、ね。頼まれたよ」

「ん?」

「なんでもないよ。さぁ、行こうか」


 ここに来るまでのエスコートはスルーされたが、せめて帰りはと、アードルフがもう一度手を差し伸べると、シャーロットはいい笑顔で勢いよく手を握り返し、手の甲を無理やり上に向けさせた。


「エスコートは、私がしよう」

「なかなかない体験だね。じゃぁ、お願いしようかな」

「うむ。お願いされよう」


 とてもいい笑顔を返されれば、悪い気はしない。


 昔のことは追々思い出して貰えばいい。

 今は、俺だけみていて欲しい。


 と、添えている手を少しだけ握りかえすと、シャーロットがニヤリと挑戦的に笑い返してくるやり取りに、アードルフは満足感と特別感と、それから小さな幸福感を感じながら茶会が開催されている部屋まで戻った。


 二人の空気感を感じた会場内で、悲鳴が上がったのは言うまでもない。


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