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ビンカの花

 春休み中とは言え、この春から進級を迎える年頃の貴族がこんなに集まるとは予想外だったと、アリスはこの光景を見て盛大なため息をついた。


 一ヶ月前のあの日、アリスはシャーロットと連名で茶会を開催することを決めるとすぐに行動に移した。

 シャーロットの予定を聞き出し開催の日時を決めると、アリスはいの一番にアードルフへ招待状を出した。

 招待状を出したその日、アードルフから早馬で参加の返事が返って来た。その返事の速さに若干引いてしまったが、アリスは慌てることなく数日後には招待状を他の参加者へ送った。


 忙しくなったのはそれからだった。


 アリスの開催する茶会にアードルフが出席すると言う情報が社交界を駆け抜け、招待客以外からの問い合わせが殺到。

 さらに招待客からは、同行者を何人までなら増やせるかという問い合わせが増えに増え、その数の多さにゲンナリしながらもケビンが昼夜問わずの対応を数日続け、なんとか人数を調整し無事開催にこぎつける事ができたのであった。


 そして、茶会当日。


 茶会は迎賓館も兼ねているセイバー家の別棟にて開催される。

 時間は昼から夕方頃までと招待状を送ったにも関わらず、午前中だというのにすでに何人かが到着していると、執事のケビンが最終確認をしていたアリスとシャーロットに指示を仰ぎにやってきた。


「数名すでに到着されておりますがいかがいたしましょうか」

「あー……、名前に釣られてきちゃった人達かしらね」

「恐らくは……。すでに会場の準備は万端でございますので、ご案内可能ではございます」

「では、すでに到着している方々は私が案内しよう」

「ありがとうございます。お姉様」


 アリスが礼を言い、シャーロットは何という事もないと手を振って別棟に向かった。

 別棟には先ほどケビンが言っていた通り、すでに数名の招待客が待っていて、遠目からもそわそわとした雰囲気が見てとれた。


「本日はよく来てくれたな。心ばかりではあるがどうかゆっくりと楽しい時間を過ごして欲しい」

「こちらこそ本日はお招きいただきありがとうございます。早く到着してしまい申し訳ございません」

「いや、問題ない」


 シャーロットは優しく微笑み挨拶しつつ、招待客数名をもてなすため世間話をしていたのだが、一人の令嬢がどうしても抑えきれないという顔で質問を口にした。

 

「あのう、今日はシリウスの君もいらっしゃるとお伺いしたのですが、本当なのでしょうか」

「ん? シリウスの君?」


 もちろん誰が来るかはもちろん事前に確認していた。

 が、招待客の中にシリウスと言う名はなかったはずだ。シャーロットが令嬢にその人物のことを聞こうと思ったその時、また時間には早いが誰かが到着したようで扉が開いた。


 すでに到着していた招待客の視線が玄関の扉に集まる。

 そこには先日バラの庭園で出会ったアードルフが、誰かを探す様に視線をさまよわせて立っていた。


「アードルフ様!」

「あぁ、やっぱり無理にでも早めに会場入りしておいて良かったですわ!」


 招待客であるアードルフに挨拶をしなくてはと思ったが、招待客があっという間にアードルフを囲んでしまい、シャーロットは声をかけるタイミングを失ってしまった。

 さらに『シリウス』という人物が誰なのかも先ほどの令嬢達に聞きそびれ、仕方なくまた新しくやってくるであろう招待客を待てるように入口に足を向けたところで、囲まれていたアードルフがその輪から割って出てきた。


「シャーロット!」

「クラーク殿。今日は良く来てくれた。ありがとう、歓迎する」

「シャーロットも元気そうで良かったよ」

「クラーク殿も息災そうで何よりだ。今日の茶会、心行くまで楽しんでくれると嬉しい。ではまた後程」


 開催時刻にはまだ早いというのに、さらに馬車が到着したようでメイドたちが扉を開け中に招待客を招き入れている。

 

 シャーロットは到着したアードルフに早めに挨拶ができてよかったと安堵し、新たに到着した招待客たちのところに向かうために軽く礼をして玄関に歩き出したが、アードルフに前を立ち塞がれた。


「ん? どうした。何か用事があったか?」

「いや、別に用事があるわけじゃないんだけど、もう少しシャーロットと話がしたい」

「話はまた後ででもできる。私は来賓の方を迎えねばならん」


 茶会の時間が迫り、続々と招待客が馬車寄せに到着している。

 招待客を迎え、会場へ案内をする。使用人も数名対応しているが、アリスと連名で開催する茶会である。

 主催者であるシャーロットは招待客をもてなすため、アードルフから離れたつもりだった。


 つもりだったのだが……。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「来てくれて嬉しい。今日は色々な茶菓子を準備している。心行くまで楽しんでくれ」

「そうそう。さっき食べたクッキーがとても旨かったよな。シャーロット」

「ナッツの入ったクッキーだな。確かに美味であったが……」

「一緒にシャーロットが薦めてくれた紅茶がまた合うんだよ」


 茶会が始まり、アリスが主催の挨拶をした後、かれこれ二時間ほどずっとアードルフがシャーロットの後をついて回っているのだ。

 その間、シャーロットの周りにも常に人だかりが出来ていて心休まる時間がない。

 アリスが会話の中心となり、周りに一旦人がいなくなった隙を見てシャーロットはアードルフに話しかけた。


「クラーク殿、すまんが一人にしてもらえぬか?」

「え? 俺なんかしちゃった?」

「いや、貴公がなにかしたというわけではない。私はあまり人に囲まれる経験がなかった故、人疲れしてしまってな」


 二人で話している分には特に問題ないのだが、立ち話をしていれば令嬢と令息もその輪に入ろうと話に割り込んできて、すぐに人だかりとなり二人で話していた話が途中で強制的に終わってしまうのがシャーロットにとって疲れる要因の一つでもあった。


「じゃぁ、外に行こうか」

「クラーク殿、人の話を聞いていなかったのか。私は一人に……」

「皆さん申し訳ないけれど、あとで話は聞くから今は付いてこないでね。さ、行こうシャーロット」

「……勝手についてくればいい」


 一人でいたいと主張したシャーロットに一度微笑んで、アードルフは自然とシャーロットの前に手を差し出したのだが、手を伸ばされた本人は、そのエスコートが自分に向かったものとは理解できず、伸ばされた手をスルーして歩き出した。


「……シャーロット、待って」


 一度アードルフを振り返りはしたが、スタスタと外に出ていくシャーロットを、社交界でも話題になるほどの『シリウスの君アードルフ』が少しだけ苦い顔をしてついていく様子を見ていた招待客は、世にも不思議な光景を見るようにそれを静か見送るしかなかった。


◆◆◆◆◆◆


 セイバー家の中庭を、一言も発さずにゆっくりと歩くだけのシャーロットに、先ほどエスコートの為に伸ばした手をスルーされたアードルフが、長い沈黙を破って声を掛けた。


「シャーロット」

「どうした、クラーク殿」

「何か君の気に障ることでもしたかな?」


 シャーロットは立ち止まり、顎に手をやり少し上を向いて少し考えてから、首を横に振り答える。


「質問の意味がわらかんな。気に障ることなど何もなかったが、何故そう思ったのだ?」

「いや、さっきはエスコートを断られたから、気に障る事でもしたのかと思ってね」

「あぁ、エスコート……。すまん、気が付かなかった。普段自分がしていることだが、他人にされるとあまり分からないものだな」


 正直にエスコートであったことが分からなかったと謝罪してから、シャーロットは改めてもう一度謝る。


「すまなかったな。皆の前で恥をかかせてしまっただろうか」

「いや……。まぁちょっと気まずい感じはあったけれど、気にはしてないよ。ただ、君をエスコートできなかったのは残念だったなと思うけど」

「私などをエスコートしても、逆に好奇の眼差しに晒されるだけではないか?」

「そこは他人がどう思おうと、あまり関係ないかな」

「では次回機会があれば是非お願いしよう」


 アードルフに柔らかく微笑んで、シャーロットは再び歩き始めた。

 特に自分に落ち度があったわけではないとわかったアードルフはその後を先ほどとは違う面持ちでついて歩いた。


 このセイバー家の中庭には、小さな噴水と庭園がある。


 その庭園の端には、小さな頃からシャーロットが大切に育てているビンカの鉢植えがあり、小さな蕾をほころばせていた。

 そのビンカの前でシャーロットはしゃがんで葉を優しく撫でていると、同じようにアードルフも花壇の前で腰を落とした。


「これは私が幼少の頃から育てているのだ」

「ビンカだね」

「そうだ。初夏から咲き始める」


 ビンカは寒すぎると冬を越せないので鉢植えで育てている。

 雪が降るほど寒い時期になると、庭師と一緒に温室へ避難させるのだ。


「どうして育ててるの?」

「これはな、幼い頃の友人との約束を果たすために育てているのだ」

「へぇ、友達?」

「そうだ。あの時から再び会うことは叶っていないが、私にとってはあの日の出会いが……今の自分を作っていると言っても過言ではない」

「……」

「当時私は家の中継ぎの跡取りとして歩み始めたばかりでな」


 アードルフがじっと見つめる中、優しい手つきでビンカの葉を撫でながら、シャーロットは大切な思い出が詰まった場所でぽつりぽつりとその時の事を話し始めた。 


◆◆◆◆◆◆

 丁度シャーロットが七つの時。弟ハリーの一才の誕生日にお披露目会が開かれたことがあった。

 次期当主はハリーだ紹介されるたびにシャーロットは本当に自分は期間限定の跡継ぎで、どんなに頑張っても時期が来れば用済みになるのだと思い知らされていた。

 

「泣かない。私は……」


 口では泣かないと言いつつももやもやしたものが胸の中から消えなくて、たまらずパーティー会場から抜け出し庭園の隅で一人うずくまり、涙が止まるのをじっと待っていた。

 ようやく涙が止まりそうだと思ったその時、カサリと近くで葉がすれる音を聞いた。


「誰かいるのか?」


 葉のすれる音が聞こえた方に声をかけると、自分よりも少しだけ背の高い男の子が植木をくぐって来たのかすぐ近くに立っていた。

 紹介はされたとは思うが、シャーロットは余裕がなかったのかその顔には全く覚えがなかった。


「君は誰だい?」

「僕? 僕はアル。君は?」


 シャーロットは少しだけ目尻に残った涙を袖で拭ってから、少年を真っ直ぐに見て自らの名前を答える。


「シャーロットだ」


 ふーん、と言いながらアルと答えた少年の亜麻色の髪がふわふわと揺れ、青い瞳がじっとシャーロットの顔を覗き込んだ。


「悲しいことがあったの?」

「悲しいことかもしれない。だが、乗り越えねばいけない」

「そうか。君は頑張り屋さんなんだね」


 アルと答えた少年は、そう言ってシャーロットの頭を優しく撫でた。

 頑張っていると、見知らぬ少年にだが言ってもらえたことで折角引っ込んだ涙がまた溢れてくる。

 アルは泣いてしまうシャーロットにひとしきりオロオロとした後、自らの首に手を当て困ったような顔をしたが、再び優しく微笑みまた頭を撫で涙をぬぐってくれた。

 それが何故だかシャーロットには嬉しかった。


「私は、本当の跡取りではないのだ。本当の跡取りである弟が十二になるまでの仮初で……」

「うん」

「その時がやってきたら、自分はどうすればいいのか急に不安になったのだ」

「そっか。でもきっと君は乗り越えられると思うよ。だってこんなにも強いんだから」


 先ほどから涙を流して弱音を吐いている自分の何を見てアルが強いと言っているのか、確信めいた表情で力強く頷かれると、もしかしたら本当に強いのかもしれないと錯覚してしまいそうになる。


「泣いてても。乗り越えなくてはいけないって言えるのは心が強い証だよ」

「そうだ、と嬉しい」

「はは、シャーロットは笑うと可愛いね」

「ん? アルは視力が低いのか?」

「えー? 折角褒めたのに! でもその笑顔に免じて許す」

「はは、許されよう!」


 話をしていると泣きたい気持ちがどこかに行って、二人で笑いあいながら庭園を散歩している途中、その庭園の隅でビンカが花を咲かせているのを見つけた。


「先日庭師に聞いたが、ビンカの花は毒があるから口にしてはいけないと言っていたな」

「茎を折らなければ大丈夫だよ。茎から出る白い液体が毒なんだ」

「アルは物知りなのだな!」

「花言葉は、楽しい思い出とか友情」

「そう言ったものがあるのだな。星にもあったりするのだろうか」

「あるよ。俺知ってる」

「本当か? シリウスもポラリスも、スピカもベテルギウスにも!?」

「ちょ、ちょっと待ってシャーロット。少し落ち着いて」


 詰め込むだけの勉強とは違い、知識欲を刺激するような話に夢中になってしまったシャーロットは、その後もアルを質問攻めにしたが、あきれることもせず付き合ってくれたことにとても感謝したことをずっと覚えている。


 しかし一緒に会場に戻ったはずのアルが、気が付いたときにはその姿はなかった。


◆◆◆◆◆◆


「年も同じぐらいか少し上ぐらいだと思うのだがな。会場に戻ったら姿は見えず、学園にもないかったのだ。未だに再会できていないが、あの時の礼を言いたいものだ」

「そっか。会いたいって思ってくれてるんだね」

「あぁ、もちろんだ。会って礼と共に言いたいことがあるのだ」

「なんて……?」


 庭園で咲く甘い花の香りがアードルフの鼻先をかすめる。

 振り返ってアードルフに向かって、シャーロットは微笑んで言った。

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