思い出して、伝えて。
「それは、どういう……ことだろうか?」
少しだけ下から上目遣いでアードルフの様子を見ているシャーロットのそのしぐさに、押さえていたものがぷつりと切れた音がした。
「こういう、事」
アードルフはなんとか理性を総動員して唇と唇がわずかに触れるだけのキスに留め、絞り出すように、だけど声が震えないようにシャーロットに告げる。
「君が好きだ。シャーロット」
一瞬大きく目を見開いた後、シャーロットは変わらずに真っ直ぐに神妙な面持ちでアードルフを見つめ返してきた。
偶然告白されてるところをシャーロットに目撃されたが、彼女がそれをどう思ったのかも、今の表情からは窺い知ることができない。
シャーロットは何かを思い出しながらなのか、苦い表情を浮かべながら腕を組み、少し首を垂れ、珍しく小さく掠れた声を出した。
「長らく想いを寄せている女性がいると、先ほど言っていただろう……。その女性の事は?」
「え? それは……」
アードルフからしたらその長年ずっと想いを寄せていた女性に今まさに愛の告白をしている最中なのだが、シャーロット本人はそんなことは知る由もない。
「クラーク殿にそう言った女性がいるということをその、つい先ほど知ったのだ。最近は話すことも多かったが故に、つい知った気になっていたが……。私は、貴殿のことをあまり知らなかったのだと、悔しかった」
悔しかった。とシャーロットは言った。
その悔しさの意味がどういった方向なのか。出来れば嫉妬の類であれば嬉しいのだが、とは聞かずアードルフはさらにシャーロットの言葉を待った。
「お前の友人であったのに、教えてくれなかったことが悔しかったのだ」
「うん」
嫉妬、ではなかったが似たような感情を持ってくれている口ぶりについ口元が緩む。
さてどうするか。
ここで自分が幼い頃に出会ったアルだと告げるか。
最初はゆっくりでも思い出してくれるまで待つつもりだった。
最近では思い出さなくても近くに居られたらいいとも考えてもいた。
思い出して、そばにいて欲しいなんて、欲張りだろうか。
アードルフは伝えたい思いが多すぎて言葉に詰まってしまう。か、少し不安そうに見ているシャーロットの後ろに、白やピンクのビンカの花が咲いているのが目に入った。
ここまで来たらシャーロット自身に思い出してもらいた上でもっと近くなりたい……。
アードルフは言葉を紡ぎだす。
欲張りでもいいよね。俺を思い出して?
俺を見て。
そう思いながら。
「ビンカの花……。春も終わりだしそろそろ咲き始める時期だな。知ってる? ビンカの茎から出る白い液体が毒なんだ」
「し、知っている……。クラーク殿は、物知りなのだな」
「花言葉は、楽しい思い出とか友情だね。あぁ、星言葉もあるよね」
そうアードルフが言うと、シャーロットは一度息を呑んでからじっとアードルフを見つめたまま動かなくなってしまった。
「シャーロット?」
声をかけても、微動だにしない。
ただ、じっと見つめられ続けているのもなんとも不思議な感覚だが、目を逸らすことはしないようにと同じようにシャーロットを見つめ返す。
「クラーク殿は……やはり変わっているな」
「ははっ。そこは変わってるじゃなくて、面白いやつだなって言って欲しいな」
あの時と同じ言葉を選びながら、アードルフは言葉に、声にしていく。
そう言うと、大きな目をさらに大きく見開き頬がほんのりと紅くなりさらに、瞳が潤んできている。
下を向いて潤んだ瞳の端を指で拭ったかと思うと、再び顔を上げたシャーロットは、不服そうな声のわりには何とも穏やかな表情で名前を呼んだ。
「なぁ、アル。なぜ何も言わずにいなくなったのだ」
「それはごめん。ただいま。シャーロット」
「やはり、クラーク殿はアルなのだな」
「……そうだよ」
「先ほどのビンカの花の話、花言葉に星言葉。昔アルとした話だ……。忘れたりするものか。アルは、あの時も面白いって意味だと私に笑いかけてくれたのだ。先ほどのように」
ふっと息を吐き肩の力が抜けたようにふわりとシャーロットが笑った瞬間、優しく花の甘い香りのする風が二人の間を一瞬吹き抜け、アードルフの中に固まっていた想いが柔らかく自由になったような気がした。
「あんなに会いたいと切望していたのに……。そうか、出会えていたのだな。私達は」
そう言って握手を求めるように、シャーロットはアードルフに右手を伸ばす。
その手を大事なものを触るように、アードルフはそっと包み込むように握った。
シャーロットにアルとアードルフとは同じだけれど、今の自分自身を見て欲しいのだと思いながら。
「はは、やっぱり俺って欲張りだな」
なんの繋がりもない返事が返ってきたことにシャーロットは不思議そうな顔をしたが、すぐに合点がいったぞと笑ってアードルフの肩を叩く。
「今も昔もお前はお前だ」
そう言って自由な左手を顎に置きながら微笑むが、ハッとたように目を開いた後すぐにまた引き締まった表情を見せ、アードルフと握っていた手を振りほどいた。
「つい、また調子に乗ってしまったが、そうではない。クラーク殿には、昔から想い人がいるのだろう。私などにその……」
語尾があやふやになりながらも、先ほどの話が蒸し返された。
蒸し返されたとしても、今のアードルフは怖いものなしだ。何せ、アルとアードルフが同一人物だとシャーロットが認識したのだから。このまま自分の想いを伝えればいいだけだ。
「隣国のサージャに想い人がいるというのに私の事を、その好きだなど、頭が混乱するではないか」
「うん。ごめん。でもサージャには想い人なんていないよ」
「…? では想い人はどこに……?」
困った顔をしながらも正面から真っすぐぶつかってくるシャーロットが、愛おしくてたまらない。
会えなかった間もずっと真っすぐで、家の事や自分の境遇に負けずに凛と歩いてきたのだと思う。
「想い人はお前だよ。ずっとずっと、シャーロットが好きだった。初めて君の弟のお披露目の時に会った時からずっとだ。サージャに留学している間に忘れられるかと思ったけれど、そんなことなかった」
「わ、わた? わたしか? 思い違いではないのか?」
「はは、思い違いなんかじゃないよ。お前の事、ずっと好きだ」
何故か地団駄を踏んでいる姿が、普段の品行方正なポラリスの騎士とは全く違って面白くてついて笑ってしまったが、しっかり伝えることが出来たことで次から次に言葉が出てくる。
「舞踏会で再会した時には、飛び上がりほど嬉しくて、可愛く成長したシャーロットをやっぱり好きだと思ったし、思い出してもらえなくてがっかりしたし、茶会に呼んでもらえた時も思い出してもらえたんだと思って期待に胸を膨らませてきてみれば、アルとの思い出を自慢げに話されてそれはそれは寂しかったもんだよ」
「あ……。いや、それはだな。小さい時のアルはとても可愛らしくて、今のクラーク殿とは似ても似つかないというか……」
「しかも友達宣言されたのは、ちょっと悔しかったよね」
「悔しかったとは?」
お前が好きだと言っているにもかかわらず、シャーロットにはあまり届いていないのだろうか?
若干の不安を抱えながらも、アードルフは続ける。
「だから、ずっと好きだったのに思い出してもらえないわ友達宣言されるわ、そりゃ何とも言えない気持ちになるだろう?」
「はっ、それは、すまん」
「何に対して謝ってるのかわかってる?」
「……。今のは条件反射のようなもので……、すまない」
「まぁ、俺も友達からって言ったから自業自得なんだけどさ」
茶会での出来事を思い出すと、なんとも青臭いあの日の自分自身に活を入れてやりたくもなるのだが、それはそれでよかったのかもしれない。
今、こうしてちゃんと話が出来ているのだから。
「ねぇ。シャーロットは俺の事は嫌いか?」
「何を言う。クラーク殿を嫌いなわけはない。入学してから人となりを見てきたが立派な人物だと思っている。友人として誇らしいほどに」
「なんだかえらい持ち上げられて、ちょっと恥ずかしい」
「恥じることなど何もないぞ」
何かを誇らしげに告げられているが、あくまで友人として、である。
「誇らしい? 嫌いじゃない?」
「あぁ、無論だ」
「じゃぁ、アルって昔みたいに呼んでくれる?」
「いいだろう」
「それかさら、俺の事好き?」
先ほどまでの自信に漲っていたシャーロットの顔が、一瞬きょとんとした表情に変わった。
その後たっぷりの時間をかけて、じりじりとほんのり頬が色づいて一言。
「……。急に言われても分からん」
顔を真っ赤にして目を逸らしながらそんなこと言われると、つい期待が膨らんでしまう。
「好きって言って」
「だから、分からんと言っている」
「俺との婚約も視野に入れて欲しい」
そう強引に言ってみれば、シャーロットは口をはくはくと動かした後、深い深呼吸を数回繰り返した。
じっとしていつものキリリとした表情に戻った後、観念したように静かな口調でアードルフに聞いた。
「私は髪も短いし、さらに家の事もある。それでも私の事を好いてくれるのか?」
「シャーロットがシャーロットであれば、俺はそれだけでいいよ」
「口調も、外見も、お世辞にも可愛いとは言えぬ」
「馬鹿だな。シャーロットは何から何まで可愛いのに」
「相変わらず視力が低いと言わざるを得んな」
くしゃりと笑ったその顔は、いつものポラリスの騎士などではなく「シャーロット」としての笑顔だ。
「はは、俺やっぱりすっごい好き!」
「承諾如何については、少し考えさせてくれ。善処する」
「え? これ了承する流れじゃないの?」
「アルの誠意に、自分もしっかり向き合わねばならぬ故な。さぁ、昼食にしよう」
「ちょっと、シャーロット!」
何故か晴れやかな顔でアリスやウェイバーのいる方向に向かって歩いていくその後ろを、今の流れでどうして?という思いでいっぱいのアードルフが付いて戻ったのであった。




