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interlude ーウェイバーの観察ー

 少し離れた場所からウェイバーは見ていた。


『独占欲って……、普通婚約者や恋人でもないのに急に女性に触れようとしないだろ』


 つい先ほど自信満々にそう言っていた男が、舌の根も乾かぬうちにまだ婚約者でも恋人でもない、が傍から見ていても分かるほど好きな女性の唇をかすめた……ように見えた。


 先ほど話をしている時に告白するとは言っていたし、焚きつけたのも自分達だったのは認めるが、こんな手に出るとは思ってもみなかったのだ。


「あ……」

「何かあったの? ウェイバー」


 幸いアリスからは見えていなかったようだ。

 触れたか触れなかったか、ウェイバーからも微妙ではあったが、もしもアリスが今の場面を目にしていたとしたら、間違いなく殴り込みに行ったに違いない。


「ん~、もしかしたらちゃんと告白をしたんじゃないかとは思うんだけど……」


 微妙な言い回しになってしまったが、間違えてはいないと思う。


「本当!? お姉様はいったいどのような反応を……」


 当のシャーロットは、何があったのかあまり分かっていない様子で、指を唇に当てて何かを確認している……、ように見えなくもない。


 もっと近くで確認できたらいいのだが、流石にそういうわけにもいかず、今いる場所から観察することしかできないのが悔やまれる。


 アードルフは何やら落ち着かない様子で、シャーロットに話しかけられて赤くなったり青くなったり白くなったりを繰り返したのち、満面の笑みを見せた。


「なんでしょうか。告白されたにしては……。あれ、お姉様普通にこちらに戻って来ますね」


 ひとしきり何かを確認し終えたのか、いつもと変わらない様子でシャーロットがこちらに戻ってくる。が、アードルフは嬉しい気持ちを隠し切れないようで、たまに手でニヤニヤした口元を覆い隠している。気持ちの振れ幅が大きすぎてなんだか大変そうだ。


 こんな手を、と思ったが反応を見る限りなんと言うか、抑えきれない衝動にかられて触れてしまったのだろうとウェイバーは一人頷いた。


 僕もね、その気持ちわかるけど、行動にはなかなか起こせないんだよね……。いっそ触れたりした方が気持ちが伝わるのだろうかと考えていると、戻ってきたシャーロットが昼食の準備をし始める。


「あぁ、皆、待たせてしまってすまんな。昼食にしようか」


 何事もなかったかのように、シャーロットは通常運転しているように見えるが、若干嬉しそうに微笑む表情が見て取れる。


 何かと聞きたい気持ちはあったが、大きな音が鳴ってしまうのではないかと思うほどウェイバーもお腹が空いていたので、配膳の準備を手伝いながら、様子を伺うことにした。


「さて、今日は卵たっぷりのサンドイッチにハムとチーズのサンド。ミートボール、卵焼きとサラダだ。ハムとチーズのサンドは本当は温かい方が美味なのだが、冷えても美味しいと思う」


 学食で作ってくれている方々には大変申し訳ないとは思うのだが、シャーロットの弁当の方が圧倒的に旨いし、アリスも一緒に食事をしてくれるだ。ウェイバーとしては俄然弁当を食べるに決まっている。


「うわ! 僕ですね、卵サンドイッチ凄く好きなんです! 今日はこれだけでいい日な気がしてきた。みーとぼーるを食べるのは初めてですね」

「普通の肉団子なのだが、タレが弁当に良く合うのだ。ライスにも合うのだがそれはまた今度のお楽しみだな」


 そう言ってシャーロットは一人分を皿に乗せ全員に配る。


「ふむ。普通の皿で申し訳ないがジェード王子もこちらの皿を使ってくれるとありがたい。毒見はいないと思うが問題ないだろうか」


 そう言って皿を渡すと、ジェードは笑顔で問題ないと答え、目の前の弁当にくぎ付けになった。

 卵のサンドイッチはおそらく城でも出るのだろうが、これは全く違う次元の卵サンドイッチであるとウェイバーは胸を張って言える。

 粗く刻まれたゆで卵に鼻にツンとくる粒マスタードが入っている。これがとにかく良いアクセントになっていて、とても気に入ったウェイバーはレシピを聞いて家でこっそり作る練習をするほどお気に入りになった。


「ウェイバーはこれめちゃくちゃ好きよね」

「そうだね。作る練習してるから、そのうち上手くいったら食べてくれる?」

「もちろんよ」

「ほんと?」

「お姉様の方が美味しとは思うけどね」


 ふふふ、と笑いながらアリスが小さな口を大きく開けて、卵サンドを頬張ると、ジェードが不思議な顔でウェイバーとアリスを見ている。


「そうか。城で食べるものよりサイズが大きいのだが、婦女子の方々もそのように大きな口を開けて食べるのか?」


 先ほどから大きく口を開いては頬張るアリスとサンドイッチを見比べながら聞いてきた質問がそれである。

 アリスは若干の恥ずかしさも感じることもなく、こう言ってのける。


「人それぞれに美味しく食べるスタイルがあると思うけど、私が今このサンドイッチを最高に美味しく食べることができるスタイルは、これだもの」


 ハッとするほど美しくアリスが笑う。


「なんだかいい事を言っているように聞こえるが、アリスは社交以外なら大体どこでも大きな口を開けて食べているぞ。まぁそこが可愛いのだがな」


 そう言うシャーロットも品よく、しかしその形のいい口をめいっぱい開けてサンドイッチを頬張っている。ちまちまと小さくちぎって品よく食べているのを見ているよりも、こちらの方がよっぽど気持ちがいいなとジェードも負けじと大きな口を開けて頬張り始める。


「おぉ、これは良いな。良い!」

「だろ? ハムとチーズのサンドも美味しいから食べてみてよ。あぁ、シャーロットの作るものはなんでもうまいけどね。今日たまたま一緒に食べられることを幸運だと思ってもらいたいね」

「本当よ、どなたか存じませんけれどお姉様の手料理を口にできる幸せをしっかり嚙み締めていただきたいです」


 シャーロットの作ったものをアードルフが幸せそうに褒めちぎる。アリスはジェードが誰だかわかっていない様子で、シャーロットの手料理について愛情たっぷりに話し始める。やれ唐揚げは美味しいからこの先食べる機会があれば幸せ、やれこの前作ってくれたクッキーは可愛いのに美味しくて最高だった。と、とどまるところを知らないかのように、話し続ける。


「君も、合格だね」

「合格? 当たり前よ。でも何に合格したのかしら」

「秘密だよ」


 くすくすと笑うジェードが、種明かしをしないのでウェイバーがそっと耳打ちする。


「アリス。この人は第二王子のジェード様だよ」

「ぎゅっ!?」


 あまり聞いたことのない声を出して一瞬だけ目を見張ったが、その後顎に手を置いてジェードを見定めるように見返した。


「驚きましたが……まぁ、だからって何か変わったりしませんけれどね」


 そう顔色を変えずにアリスはそう言って、今度はハムとチーズのサンドを口いっぱいに入れ美味しそうに咀嚼している。


 ジェードはそれは嬉しいな、と小さくつぶやいて同じように口いっぱいにハムとチーズのサンドを頬張る。さすがに口の中にものが大量に入っている間は喋ることもままならないが、周りが話をしているので特に自ら喋らなくても良いし、相槌を打つだけでも楽しい食事があることをジェードは初めて知った。


「それはそうと、ジェード……くん? 様? 王子? なんて呼べばいいかしら」

「そうだな。このメンツでいる時は好きに呼んでくれたらいいけど、さすがに大勢の前では殿下ぐらいは付けて欲しいかな」

「なんかすでに友達ヅラ??」

「友達ヅラとはなんだ。もう友達だろう? 友達ついでに、さっきのあれはなんだ? 青くなったり白くなったり赤くなったり、随分と忙しかったではないか」


 今やすっかり平穏な顔をして食事を取り「友達ヅラ?」などと聞いてきたアードルフに、赤くなったことについては何となく察することは出来るが、その他の顔色の意味が理解できていなかったから丁度良いとばかりにジェードが質問した。


「あ、れ、は……」


 先ほどまでの流暢な喋りは鳴りを潜め、急にしどろもどろになるのは、一体どんなことがあったのだろうかと、その続きが話されるのニヤニヤしながらウェイバーは待つ。

 しかしアードルフではなく、シャーロットが口を開いた。


「先ほどの件か? 実はなクラーク殿から求婚を受けたのだ。私など、その……、髪も短いし、口調もお世辞にも可愛らしいとは言えぬが、それでもいいのかと僭越ながら伝えさせてもらったのだ」

「お姉様は、自分が可愛いことを分かっていらっしゃらない!」

「本当にそれ!! シャーロットは可愛い」


 アリスとアードルフがほぼ同じタイミングで話すものだから、ジェードにはうまく聞き取れなかったが、言いたいことは何となくわかる。

 ウェイバーはアリスの声をはっきりと聞き分ける特技を持っているので問題なく聞き取れた。


「違う、問題はお姉様が可愛い事ではありませんわ! ちょっとアードルフ・クラーク! お姉様に求婚!? このタイミングで? もっと素敵シチュエーションあるでしょうよっ!」

「いや、俺だって考えてたんだけれど、なんていうか気持ちが溢れちゃって……」

「乙女にはやはり求婚に関しては人それぞれの理想があるというのに! まずは雰囲気であったり、場所であったり……」

「アリス、それは後で聞くね」


 アリスは卵焼きをひょいと口に入れ、『求婚に関する理想のシチュエーション』というものを語りだそうとするのを、あとで僕しかいないときに聞くねと言って止めることに成功したウェイバーは、アードルフに正面から静かな声で聞いた。


「アードルフ君、ちゃんと君から説明して」

「俺も興味あるね」


 聞くのは野暮かとは思うが、やはり聞かずにはいられない。それはジェードも同じようだ。

 ただ、面白半分ではない。

 将来自分の兄になるかもしれない男の求婚が、いったいどのようなものだったのかを知っておかねばならないという謎の使命感がウェイバーに湧き上がってきてしまったのだ。


「え? 今から?」

「食事も終わったし丁度いいだろう。片付けているから説明してやってくれ」

「シャーロットまで!」


 シャーロット本人からもお許しが出たのだ。何度かシャーロットに耳打ちするように話をしていたアードルフだが、最終的に観念して触れるだけのキスをしてから……の続きについて話し始めたのだった。

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