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好意の先

「だからさ、いつ打ち明けるつもりなのさ」

 

 昼休みに一緒にランチを取る約束をしていた東屋で、先に到着してぼーっとしていたアードルフにウェイバーは詰め寄っていた。


「いつって、まだちょっと……」

「まだちょっとって、しゃっきりしないなぁ……」

「アードルフ、君はいつからシャーロット嬢の事が好きなのだ」

「アードルフ君は七歳の時からずっとシャーロット様一筋です。ね」

「ね、って……。まぁ、そうだけど……」


 ぼーっとしていたアードルフともう一人、横に座っていた人物がウェイバーに声をかけたので反射的に答えてしまったが……、顔を見てびっくりせずにはいられない。


「っていうか、なんで!?」


 一緒にいたのは第二王子のジェードである。声も裏返るというものだ。

 面識などは勿論これっぽっちもない。何度か式典などで見かけたことがあって、ウェイバーが一方的に知っている程度だ。


「七つの頃からか。アードルフはサージャに留学していたとさっき聞いたが……、その前から知り合いだったのか?」

「あー……、昔俺と出会っていることを彼女は覚えてない。覚えてないっていうのはおかしいか。昔会ったことはあるしその時に友達になったんだけど、それが俺だと認識されてない、が正しいかな」

「そんな馬鹿な!」


 悲壮感を漂わせて静かに地団駄を踏むジェードと、ぼんやりと空を見ているアードルフの二人のちぐはぐな会話を耳に入れながら、ウェイバーは交互に二人を見た。

 ジェードが今日の授業辺りから出席するらしいと噂話はあった。しかしアードルフとジェードが以前から知り合いだったなどウェイバーは知らなかったし聞いていない。

 思い切って聞いてみることにした。


「あのぅ、ジェード様。いつからアードルフ君と知り合いに?」

「先ほどの授業で、だな」

「さっきかよ!」


 ついつい突込みを入れてしまうウェイバーに、ジェードも気を良くしたのか特にその突込みに触れることなく会話を進めていこうとする。


「あぁ、シャーロット嬢に少し触れようとしただけで手を払いのけられ威嚇された。独占欲の塊のようだったよ」

「独占欲って……、普通婚約者や恋人でもないのに急に女性に触れようとしないだろ」

「それはアードルフ君が正解。しかしシャーロット様に触れようとするなんて、さすが王子。怖いもの知らずにもほどがあるなっ!!」

「君も合格!」

「え? 合格は嬉しいけど、何に合格したの? 僕」


 ふふふ、と意味深な笑みを浮かべるがその問いにはは応えないジェードに、自分と同じ境遇になったと思われるウェイバーの肩を訳知り顔でぽんぽんと軽く叩くアードルフ。


 東屋のそばには誰もいないので構わないが、誰も知らないものが見ていたら、ただ友達とじゃれあっている男子学生三人組であり、第二王子としている会話だとは誰も思わないだろう。


「ともあれだ。美しい銀髪に、澱みのないあの紫色の瞳には万人が惹かれるものさ。その上あれだけ清廉であれば尚、な」

「……」


 何か言い返すかとウェイバーは思ったが、アードルフは何も答えないで空を仰いだままだ。


 しばらくすると幼い頃に行った弟ハリーのお披露目会や、先日の茶会の話をぽつりぽつりと始めたアードルフの話を、じっと二人が静かに聞いている。

 東屋の近くは誰も通らず、話は途切れる事なく続く。


「あの時からずっと彼女のことが忘れられなくて、舞踏会で再開してさ……、話をしたら彼女の根本は変わってなくて、やっぱり好きだなって思った」


 舞踏会で再開した時には、もっとぐいぐいアプローチして、さらに恋仲になって……なんてアードルフも甘い考えを抱いていたのだが、友達としてスタートした関係は、未だ全くと言って良いほど前進しているとは思えない。


「それは完全に甘ちゃんの考え。僕なんてアリスにどれだけアピールしてると思ってるの? あの姉妹鈍感なんだからさ」

「しかしシリウスの君なんて言われて、あちらでは浮世も流しまくったのでは?」

「は?? 何言ってんだ。留学中もそりゃまぁそれなりに告白はされたけど、シャーロットを忘れられないのに付き合うなんて、その人にも不誠実だろ」

「なんなの!? 誠実がすぎる!!」


 そう。留学中に告白は数え切れないほど受けたし、なんならここに通うようになってからもだ。

 先ほどの授業前のように呼び出されることも多々あるが、アードルフはその全てを断り続けている。


「さっき偶然告白されてるところをシャーロットに目撃されたんだけど……、脈があるんだかないんだかわかんないんだよな。あぁ、脈がないからって諦めるつもりはないよ」

「あれだな、距離の詰め方に迷っている状態か?」

「それもある……。早く仲のいい友達から恋人に昇格したい……」

「アードルフは顔がいいからつい忘れがちになるけど、そういうところ奥手だよね」

「褒められてんのか貶されてんのか、判断に迷うな、このヤロウ」


 まだまだぐだぐだと迷うアードルフを見ていると、普段は自信満々で、何人もの女性を袖にしてきた男が、何故そこまで拗らせてしまったのか不思議に思うわけで、思ったら思ったでついつい聞きたくなるのが人の性と言うわけで。

 

「ってか、好きなのになんでそんなにためらうことがあるの? 一緒に登下校して、同じ授業もかなり取ってるし、恋人に昇格したいんでしょ?」

「そうだ、一足飛びに婚約を願いでたらどうだ?」

「一足飛びすぎるだろ! っというか思い出して欲しいんだよ。俺がアルだって……」

「初恋は実らないものだというぞ?」

「そんなものは迷信ですっ!」


 間髪入れずアードルフが初恋実らない説を否定する。


「ここに通っているうちに、思い出してくれたらいいなと初めは思ってたんだけど、シャーロットと仲良くなればなるほど早く思い出して欲しいし、俺の事友達じゃなくて好きなって欲しいし……。あー! 俺今めちゃくちゃカッコ悪……」


 ウェイバーから見たら、余裕の顔でシャーロットの隣に立ているように見えたのだが、どうやら心の内は違っていたようだ。


「カッコ悪くてもいいじゃないか。アードルフ君。僕なんてずっとカッコ悪いまんまアリスに伝えてるよ。いまいち伝わらないけどさ」

「いや、俺はお前のそういう恥ずかしがらない姿勢、無茶苦茶かっこいいと思う」

「アードルフ君、そう言うのを直接シャーロット様に伝えればいいと僕は思うな」

「それは、恥ずかしい……」

「「乙女かよ!」」


 彼が巷で話題の高嶺の花シリウスの君なのだが、なんだかとても可愛らしい一面を新たに発見できて、ウェイバーもびっくりである。


「でもさ、アードルフ君と一緒にいるから色々な人に声かけられて、シャーロット様もなんというか雰囲気が柔らかくなってきたから、あんまりゆっくり構えてたら、誰かに攫われちゃうかもしれないよ」

「そうだぞ。いつでも今日のように威嚇できるわけではないからなー」

「シャーロットに限って、そんな誰彼構わず付いて行くなんてこと……」


 どうだろうか。


 最近シャーロットの周りに人が増え、話をしてみると意外と話しやすいと、孤高のポラリスの騎士のイメージが和らいでいるようなのだ。

 話し方は相変わらず固いのだが、親身になって優しく話を聞いてくれるので最近は上級生も含めて女生徒に大人気なのである。女性が多いというだけで、男性がいないわけではないのは、アードルフも把握済みではあったがあまり脅威には感じていなかった。が、比較的仲の良いウェイバーから言われると自信がなくなってしまう。


「品行方正質実剛健、ポラリスの騎士だぞ? ないない」

「君だってシリウスの君なんて言われてるけど、ウジウジしてるではないか」


 ぐうの音も出ないとは、このことかと自ら体験することになったアードルフが恥ずかしさを振り切り前を向くと、決意を表明するように顔を上げた。


「言う。あとで言う」

「この後の食事の時に、自分がアルだって言うの?」

「いや、シャーロットの事がずっと好きだったって……」


 ふぅーん、と面白そうな顔でジェードが、鼻息も荒いアードルフを見ていると、東屋に向かって当のご本人シャーロットとその妹のアリスが一緒に歩いて向かってくるのが見えた。

 二人とも穏やかそうな顔をして、談笑している。


 声が聞こえるぐらい近くに二人が来たタイミングで、ジェードが少しだけ大きな声でアードルフに問う。


「好きだったって? 過去形で話をするのかい?」

「過去形なもんか。俺はずっと昔から、今だってシャーロットの事が好きで……」

「え?? 声が小さくて私には聞こえないなー?」


 わざとらしくジェードがさらに大きな声で問うと、アードルフもつい釣られて大声で叫んでしまった。


「俺はっ! 昔から今も変わらずシャーロットの事が好きだっ! って……」


 ……。

 

「そうか。それはなんともありがたいことだな」


 にこやかに、爽やかに、銀髪に夜明け前の空の色のような紫色の瞳に微笑みをたたえたシャーロットがそこに立ってアードルフを真っすぐに見つめていた。


「ちょっと、あんたこんな微妙な告白とかある? 信じられない!」


 シャーロットよりも少しピンクっぽい色が混じったように見える銀髪を揺らし、アリスは怒りを隠そうともせずにアードルフに詰め寄っている。


「いや、怒るポイントおかしくない?」


 突進しているアリスをなんとかウェイバーが止めようとしている。


「カオスだな。これは」


 面白いものを見たな、と言わんばかりにうんうんと頷き、楽しそうにその様子をジェードが見渡して……。


「え? あ、のさ」

「面と向かって好きだと言われることは、アリス以外にはなかなかなかったのでな。やはり嬉しいものだな」

「お姉様……」

「なんだ?」


 アードルフに詰め寄りながら脇腹にあまり効いていないであろうボディーブローをかましていたアリスは、そのシャーロットの返事を聞いて、もう一度アードルフを見て今度こそちゃんと言いなさいよね……、と小声で告げた。


「シャーロット? 俺ね、お前の事凄く好きだよ」

「二度も告げてくれるとは、嬉しいものだな。私もクラーク殿が好きだぞ」


 外野がいる場所ではあまりにも伝わらないような気がして、アードルフはシャーロットの手を引いて三人から距離を少し取るように場所を移動してから、ちゃんと目を見て告げる。


「人間としても好きだけど、それとはもっと違う……、君に、好意を持ってる」

「好意……。私もクラーク殿は好ましいとは思うがそれとは違うというのだろうか」

「俺と同じだったら嬉しいけれど」


 シャーロットの今アードルフに向けている好意と、アードルフが抱く好意は違う。

 友達に対する好きと、恋愛感情は違うのだ。


 違うと分かっていても、目の前にいるシャーロットの分かっていない顔がそれはそれで可愛く見えて仕方ない。


 キスでもしたら、分かってもらえるだろうか……。


 ふとアードルフの脳裏をかすめると同時に、シャーロットがふいに近づく。


「それは、どういう……ことだろうか?」


 少しだけ下から上目遣いで様子を見ているそのしぐさに、押さえていたものがぷつりと切れた音がした。


「こういう、事」


 唇と唇が、わずかに触れるだけのキスをして、大事なことを目を見つめて伝える。


「君が好きだ。シャーロット」


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