1.ステータスホログラムと村人A
「おお、ついに...この時が...!!」
「異世界転生者様!!この世界を救って下さい!!!!」
「やっとこの国の戦争が終わるわ!神様、ありがとうございます...」
怪しい文字が書かれた魔法陣の中心に立つ男を囲み、人々が口々に感謝の言葉を述べる。男は驚きの表情を顔に浮かべながら、周りを見回していた。
そう、この物語の主人公は、この世界を救うべく異世界転生したこの男...。
...ではなくて。
異世界転生者を歓迎する役の、村人Aである。
***
事の発端は数年前だ。
元々この世界と向こうの世界、いわゆる地球を含む太陽系は遥か昔に繋がっていたのだが、両世界の生態系に影響を及ぼしかねないと恐れられたため、両世界を繋げていた入口が閉ざされたのだ。そして、両世界の繋がりが絶たれてこちらの世界も向こうの世界も、安定してきた頃。
突如として、閉ざされた入口から人が降ってきた。
最初はもう、皆目玉が飛び出るほど驚いて(なんせ今まで異世界転生者なんて見たことなかったし)向こうの世界はどうなっているのか、文明は発展しているのか、など興味津々で尋ねていた。
しかしその最初の異世界転生者が、中々に曲者だった。
というのも、彼は我々の文明が発展していて、魔物や亜人と人間が仲良くしているという事実を激しく否定して、俺が代わりに魔物を倒すなどと言い始めたのだ。ちなみに魔物は現在では差別用語とされ、そう呼称することさえ禁止されているのだが。
彼の話から察するに、話はこうだ。
向こうの世界では、我々は少し文明が劣っていて、魔物討伐に勤しむ日々を送っているものと認識されているらしい。我々の世界、いわゆる向こうの世界でいう『異世界』を取り扱った文献は多いらしく、彼の読んだ本はそういう内容なのだと興奮気味に説明された。
それから、彼はずっと村に居座った。
まじ、どれぐらいいるの??ってぐらいに。
帰り道は元きた道を戻るだけで、すなわち入口に入るだけでいいのだと説明しても、俺は魔物討伐をして、この世界を救わなければいけない、などと宣うばかり。
魔物討伐!?!?そんなんされたら困るんですけどォ!?!?!?
折角数千年の時を重ねて仲良くなれたのに、仲引き裂かないでくれます!?!?
そうは思っても、討伐するまで帰らないと言い張ったため、急遽この人間国の王が魔人国の王の元へ行き、事情を説明した上で魔人国の罪人を連れて帰り、異世界転生者に罪人を魔王と紹介し、討伐させて事なきを得たのだった。
ちなみに本物の魔王は腹を抱えて笑っていたのだとか。いやメンタルつよ...。
その後、閉ざされていたはずの両世界の入口が、男によって再び開かれたことをキッカケに、沢山の人が異世界転生をしてくるようになった。無論、入口は一つしかないので、必然的にこの村に皆集まることになる。
そんな異世界転生者を一人でも多く楽しませて、満足させてから帰らせるための役職...が、すなわち、私達『モブ村人』なのだ。
***
「愛子、技術班に何か用でも??」
「こんにちは静江さん。実は、『ステータスホログラム』の調子が最近悪くて...」
「あららぁ。簡単な問題なら今すぐ直せるけれど...実物持ってる?」
「はい、これです」
『ステータスホログラム』は、ボタンを押すと『ステータス』のホログラムが出る道具だ。異世界転生者七不思議の1つに、異世界転生者は絶対、自分が異世界転生したと分かれば「ステータスオープン」と叫ぶ。
いや普通ならまず、そんな冷静になれなくない??
ちなみに『ステータス』は一人一人違うため、この世界ではマイナンバーと同じような立ち位置にある。そんな個人情報もりもりのものを開示要求されても困るので、『ステータスホログラム』に書かれている能力値は全てデタラメである。
「ふむ...ボタンを押しても正常な反応だし、特に問題はない気がするけれど...」
「それは大丈夫なのですが、種族の欄に『馬』と表示されるようになってしまいまして...。それで、前に来た異世界転生者に怒られたんですよね」
「あら、そういう時には『馬』なだけ有り難いと思いなさい、この馬以下♡って言えばいいのよ」
ん、静江さん???
なんか良くない部分が出てますよ?
「なーんて、ウソウソ!そんな顔しないでも、ちゃんと直すわよ!ただ、機械の故障じゃなくてプログラムの問題となると少し時間かかるけどいい?明後日までには出来ると思うのだけれど」
「はい、それで大丈夫です。異世界波衛星によると、今週はもう来ないようですし」
「ええ、今週までには直るはずよ。この際だし、他にも機能を追加してグレードアップしちゃおうかしらっ」
静江さんはそう言うと、コロコロ笑いながら技術班のオフィスへと消えて行った。
***
静江さんに直してもらった『ステータスホログラム』を受け取って、約2週間後...。
異世界波衛生によると、今日異世界転生者が新たに来るはず。
そういうわけで、モブ村人役の私達は、メイクなり衣装に着替えたりするなり、入口付近で異世界転生者を歓迎する準備をしていた。ちなみに私の役回りは大体、素朴な村娘だ。このハリボテの村の精肉店の看板娘という設定で、主人公が強く(?)なるまでに傍にいて、主人公を励ます役。
この役の何よりも大切なところは、最初に主人公が「ステータスオープン」と言ったときに、『ステータスホログラム』をバレることなく起動するところである。
「あっ、異世界転生者が落ちてくるよ!」
その声を聞いて、皆が予め決められた配置に行く。
そして、地面をクッションのように柔らかくする魔法をかけると、異世界転生者がそこに落ちて起き上がるのを待った。
「...ん、ここ、は...」
そう異世界転生者が言ったのを合図に、皆がそれぞれ口火を切る。
「ああ、異世界転生者様!!!どうか我らをお救い下さい!!」
「お願いします、獰猛な魔人...じゃなくて魔物を倒して下さいまし!!」
「いせかい、てんせい...?俺、まさか転生したのか...?」
流石、飲み込みが早い。
「ええ、度重なる災害に耐えきれず、異世界転生者のお知恵を貸して頂きたく...。異世界転生させてしまいすみません」
「あ...ああ、俺に出来るなら...」
流石、展開が早い。
「ちょっと待ってくれ、俺の能力がどれぐらいか確かめさせてくれ」
...キタ!!私の出番!!!!!!
「ステータス、オープン!!!!!!!!」
声に合わせてボタンを押す。
と、同時に鳴り響く静江さんの声。
『田中太郎さん、貴方の能力値はレートSSです。魔法は火属性と雷属性で...』
...お、おお、音声つきになってる...。しかも静江さんの声で...。
すごい、色々機能を新しく追加してくれたんだな...。
『...それで最後に、あなたの種族は『馬以下』よ♡私のために今後馬のように働くことね。...ねぇ、愛子、聞いてるゥ!?きっとあなたなら一回はテストで起動しているだろうと思って、悪ふざけしちゃったわぁ。あ、安心して、この音声が流れるのは初回だけだから!じゃあ、頑張ってね、静江より』
...やば...。
こんな悪ふざけしたら、異世界転生者が激怒してずっとこの世界に居座り続けるかも...そしたらどうしよ...。
「いっ、異世界転生者様、誠に申し訳ございませ」
「いや、全然大丈夫です」
え??
なぜ敬語????
しかも心なしかちょっと顔を赤らめてソワソワしてる。
「あの...。静江さん、はここにはいないんですか...???」
ん...んんんんんん!?!?
その後、静江さんが現場に駆けつけてひとしきり彼を罵った後、彼を帰らせた。
彼は満足そうに入口に自ら入っていった。
いつもの私らの苦労って、一体...。
森 愛子 (もり あいこ)
本作の主人公。異世界転生者保護局村人役者班に所属していて、村人Aを務める。
今鶴 静江 (いまづる しずえ)
異世界転生者保護局技術班。愛子を気に入っている。笑顔怖い。