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十秒のハグ

掲載日:2021/06/23

思いつき短編です。


 


「ねえ光生(こうき)、ハグしよ。毎週火曜と金曜に」


 高校からの帰り道、幼馴染の美咲が突拍子もない事を言い出した。


「……は?」

「は、じゃなくて、ハグ」


 いや別に動揺して噛んだとかじゃないし。そもそもたった二文字を噛むとか、いくら俺が口下手な陰キャでもありえない。

 ……たしかに動揺はしてるけども。


理由(わけ)を聞こうか」


 バレないように深呼吸して、つとめて平静を装いつつ美咲に問う。

 まあ美咲のことだ。

 どうせ何かのドラマか漫画の影響だろうけど。


「人と触れ合うと、運気が良くなるんだって」


 おっと、占いでした。

 だがしかし、その理由は穴だらけ。ザルだ。


「なら、クラスの女子とでもハグすりゃいいじゃないか」


 一応男子を除外するあたりが、小心者の俺らしい。

 などと言った後で脳内反省していると。


「まあ、いいじゃん。幼馴染なんだし、兄妹みたいなもんでしょ?」


 兄妹、か。

 胸の奥の隅っこが、ちくりと痛む。

 そりゃまあ、そうだよな。

 モテモテ陽キャの美咲が、俺なんかを異性として意識するわけがない。


「つか、もちろん俺が兄だよな?」

「はぁ? 私の方が三ヶ月と七日も早く生まれてるんだけど?」


 そうだった。

 美咲の誕生日が先月。

 俺の誕生日は、再来月だ。

 つまり今は、美咲の方が年上となる。


「……けっ、姉さん女房なんてゴメンだね」


 鼻で笑うと、美咲は顔を真っ赤にしながら何かを言おうとして。

 きっと何も出てこなかったのだろう、もう、とだけ叫んで肩を叩かれた。


 日は沈み、薄暗いオレンジの街並みを抜ける。

 先月に閉店したコンビニの角を曲がって、数分。

 美咲の家が見えてきた。


「んじゃあな。数学の課題、忘れんなよー」


 ひらひらと手を振り、もう1区画先の俺の家に向かって歩き始めた瞬間。


「ちょっと待ってよ」


 制服の裾を軽く引っ張られた。

 美咲に振り返るが、その表情は見えない。


 なのに、何故。

 何故、俺の鼓動は落ち着かないのだろう。


「今日……金曜日なんだけど」


 たそがれ時。

 誰ぞ彼、と思うほど、顔が確認しにくい時間帯。

 だが、今はそのおかげで助かっている。


 微かに見える上目遣いの表情は、よく知る幼馴染の美咲ではない。

 目を凝らせば、きっと(とりこ)になってしまう。


 そういう、ただの美少女だった。


「ね……金曜は、ハグ、だよ」

「り、了承した覚えは無い」


 少しだけ、美咲の顔が近づく。

 緩やかに流れる、風と呼べない空気の流れが、美咲の香りを運んでくる。


「ねえ、して」

「ちょ……離れて」


 一歩後ずさると、美咲は一歩前に来る。

 背中が硬い円柱に当たる。

 視界の端に映ったのは、電柱だ。

 この電柱のおかげで、俺たちはゲームやパソコンで遊べるのだ。

 本当にありがたい。感謝しかない。


光生(こうき)……いや?」


 やべ。現実逃避、失敗。

 すでに美咲の息は、俺の胸元に当たる距離で。

 熱くて。


 こわい。


 ん? こわい?

 何がこわいのだ。

 相手は美咲、保育園から知っている女の子だ。

 その美咲の、何がこわい。


 もし、もしもだ。


 ここで美咲とハグなんてしてしまったら。

 まず、まともに美咲の顔を見られなくなる。

 そして多分、会話もぎこちなくなるだろう。


 こわいのは、変化なのだ。

 この関係性が変わってしまうのが、こわいのだ。


光生(こうき)。初めて会った時のこと、覚えてる?」


 初めて会ったのは、保育園の年長さん。

 キリン組だった。


 その時……あ。


「子どもの頃の約束なんて、引っ張り出しても意味が無いのは分かってる。でも、私は、嬉しかった」


 幼かった俺は、初めて会った美咲に。


「プロポーズしてくれて、ありがと」


 ふわりと、細い腕に包まれる。

 さっきまで風に泳いでいた香りは、今俺の胸元から漂っている。


 美咲は、何かを呟いていた。


「ろく、しち、はち、きゅー、じゅう!」


 パッと顔を上げた美咲は、よく知る幼馴染の表情に戻っていた。


「ねえ光生(こうき)、ハグって知ってる?」


 意地悪そうに()いてくる美咲は、まるで子どもみたいに笑う。


「い、今のがハグ、だろ?」

「ちがいますー」


 ブッブーと口で不正解の効果音を発した美咲は、背伸びして俺の耳元に口を寄せる。


「抱きしめ合うんだよ」


 血が沸騰しそうになった。

 きっとサーモグラフで見たら俺だけオレンジ、いやマグマの赤に映るだろう。


 身体を離した美咲は、バックステップで玄関の前に立つ。


「じゃあ、次は火曜ね」


 火曜、か。

 遠いな。



お読みくださいまして、ありがとうございます。


感想ご意見などありましたら、お聞かせ願えると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思いつき最高! いやー、なんすかーー、この素敵ラブコメわーーーリア充爆発しろーーーですね!! とても楽しみました( *´艸`)
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