序章一
一通の手紙が王の元に届いた。見覚えのある蜜蝋に嫌な予感しかなかった。
手紙の相手は、この国の剣と盾と呼ばれる夫妻に違いない。彼らは自由を尊ぶ。時空を越える“時渡り”の力を持つ、王にとって人外とも言える存在。そんな彼等が自国に留まってくれたのは、一重に王の義母、皇后陛下が存命だったからだ。
たまたま違う世界から流れ着いて、空腹で死にそうだった彼らを保護したのが母だった。母は当時、この国で最も高貴な貴族令嬢だったが、婚約者である伯父に嵌められ投獄された。
劣悪な環境ではなかったが、貴族令嬢が課せられるはずのない、魔道具に魔力を吸わせる刑罰を処されていた。
この世界では魔力とは生命力であり、魔道具に魔力を吸わせる刑罰は一歩間違えれば死に至るものだ。奪われた魔力は3日程で回復するがどんな屈強な男でも膝を付くほどである。3日に一度、体を拘束されしてもいない罪を尋問され、魔道具に魔力を奪われていた義母であったが、決して罪を認めなかった。その罪とて下位貴族令嬢を虐げたと言う示談金で賄える程の罪だった。そんな囚われの身である義母の牢獄に彼らは現れ、義母に与えられた質素で味気ない食事に腹を鳴らした。突然現れた彼らに臆することなく義母は食事を与えた。体を小さくすれば、少ない量でも腹一杯になれると掌大まで小さくなった2人に母は驚愕したが、魔力を奪われ伏していた義母のよい話し相手となった。いよいよ力を取り戻した彼らは、3日毎に行われる義母への尋問と刑罰に疑問を持った。義母が罪を犯しているとは思えなかったからだ。
2人は小さな体のまま城の中を縦横無尽に渡り歩き、確固たる証拠を集め国王の枕元に立った。国王は、令嬢が罪を犯したと第一王子から聞いていたが、まさか投獄されているとは思っていなかった。
直ちに令嬢は、牢獄から出されたが、令嬢を保護すべき公爵家は既に令嬢を勘当していると言う。しかも、国王の知らぬところで第一王子の婚約者が公爵家の養女となった元子爵令嬢と聞き、大騒ぎとなった。結果、第一王子はその子爵令嬢と公爵家に騙されていたこと、令嬢には何の罪もなかったことが判明した。
第一王子は、令嬢を断罪したものの、彼女が投獄され刑罰を受けていることは知らなかった。保護者である公爵が領地へ彼女を送ったと言っていたからだ。何故そのようなことが起こったのか、異世界から来た2人は、第一王子の側近候補で、子爵令嬢に入れあげていた伯爵令息の仕業であることを明らかにした。元子爵令嬢を何としても王妃にしたかったのだと、令嬢をその地位から引き摺り落とし、元子爵令嬢の望みを叶えようとしたらしい。その思いに元子爵令嬢も公爵夫妻も乗って令息の指示通り動いた。
令嬢の罪は捏造されたものだった。
実の娘に其ほどの罪を着せ、縁を切った公爵は前妻の娘である令嬢の全てに嫉妬をしていたのだと、憎しみしかないと告白した。死んでもいいと思うほどだった。
第一王子は廃嫡され、一代伯爵に。公爵家は、令嬢の母方の侯爵家(令嬢の無実を訴えていたが、公爵家の圧力に上手く動くことが出来なかった)が。令嬢は、第二王子の妃となり、やがて王妃となった。令嬢を助けた異世界人2人は、暫くの間王妃となった令嬢の側近として仕え、隣国との戦争で圧倒的な力を見せつけ敵を降伏させ、巨大な魔獣をいとも簡単に殲滅するなど大活躍し、国王から公爵の地位を与えられた。
自由を愛する2人は、公爵の地位を固辞したが、2人を逃したくない国と“2人がいなくなるのは、淋しいわ”との王妃の言葉で、今暫くはこの世界に留まることになった。
その後、2人の間には4人の子供が生まれ、4人の子供の名付けは全て王妃が行った。
第二王子だった国王が崩御し、令嬢は皇后となり政治から身を引いた。国王と令嬢の間には子は生まれず、現国王は側妃との間に生まれた子だった。現国王にとって2人は憧れの存在で彼らに疎まれぬよう良い王になると研鑽を積んだ。2人は、異世界人だからか、時を経ても余り見た目が変わらず、いつまでも一線で国を守っていたがある日、皇后が亡くなった。
若い頃に課せられた刑罰の影響で生命力が足りなくなっていたのだ。側妃の子供が国王になった5年後に亡くなった。そして、今日、国王の元にあの2人からの手紙が届いたのだった。