鳥と花
アナスタシアは、子供の姿になっていた。
手を引っ張られながらエースは目を擦る。
すると、アナスタシアが一瞬青年の姿に戻ったように見えた。
しばらく歩き続けると、アナスタシアがピタリと足を止める。
後ろを振り返り、純粋無垢な笑顔でエースには笑いかける。
「じゃ、僕の記憶を見せるよ」
アナスタシアはそう言い、目を瞑った。
「君も……記憶を見るのか?」
アナスタシアは小さく頷いた。
エースは少し驚いたが、アナスタシアに合わせて目を瞑る。
記憶の始まりは、“あの木”の下だった。
その木にはルイスがもたれかかって熟睡していた。
「こっからか……」
エースはその木に近づく。少しの間木を見つめた後にその木に触れた。
足元ではルイスが寝ている。
この木がワールドエンドオーダーによって生み出された生命の木なんだな……
「エース、こっち」
後ろから声をかけられた。
後ろにいたのは幼い姿のアナスタシアだった。
「おっと、もちろんだけど僕はさっきのアナスタシアだよ」
「あっ……あぁ……」
アナスタシアは森の方にエースを手招きする。
深い森の中は、どこか落ち着く空間だった。
上から小鳥の囀りがして、エースは上を向く。
枝の上にいたのは、小さな青い鳥だった。
「綺麗な鳥だ……」
エースの青い瞳にその鳥は美しく映った。
「鳥……?」
アナスタシアはエースの視線の先を見つめる。
しかしそこにいたのは鳥ではなく、赤い花だった。
「花だよ……? あそこにあるのは」
「え……、なんでだ……」
2人はその謎の現象に頭を抱えた。
その時、小鳥が羽ばたき、どこかへ飛んでいった。
「あっ……」
エースが飛んでいく小鳥に手を伸ばした時、アナスタシアが涙を零した。
「アナスタシア……?」
アナスタシアは小鳥がいた枝を指差す。
「花が……散っちゃった……」
アナスタシアは座り込み、何かを拾う。
アナスタシアの手には、赤い花びらが握られていた。
「それは……小鳥の卵か?」
エースはそう呟いた。
その目からは涙が溢れていた。
その後、2人は森を抜けてルイスの眠る木の元へと帰った。
「なんだったんだろうな、さっきの」
エースは眠るルイスを見つめてそう言う。
アナスタシアは「さぁね……」と小さく返した。
しばらくすると、森から小さなアナスタシアが出てくる。
そしてルイスの肩を揺すった。
「ここでルイスの記憶に繋がるんだな……」
それからしばらく2人の様子を見続けた。
エースとアナスタシアはその間のあまり会話をすることはなかった。
そしてある日、ルイスが力を手に入れて帰ってきた。
その時、感情の呼応によってエースの中に不快感が流れてくる。
これは……嫉妬?
記憶の中のアナスタシアは平静を装っているようだが、その心の中にはどす黒い嫉妬心があったようだ。
その後、アナスタシアはいつものように木の実狩りに出ていた。
そこでアナスタシアは、タナトスに出会った。
タナトスは激しく怒っているようで、アナスタシアはそれを見て怯えていた。
「お前……お前も人間か?」
タナトスは掠れた声でそう言う。
アナスタシアは怯えながらも「そうだ」と答える。
「女……知ってるか?」
タナトスはそう聞いた、アナスタシアは「ルイスのことか?」と聞いた。
タナトスはきっとそいつだと言った。
「そいつについて何か知らないか……?」
「あっあぁ……、なんかよく分かんない力を手に入れてたよ…」
アナスタシアがそう言うと、タナトスが物凄い形相で食いついた。
「力……!? どんな力だ!」
アナスタシアはどんなものでも創り出せる力だと説明する。するとタナトスが、「俺に協力してくれないか」と提案した。
「君も力が欲しくないか?」
アナスタシアはその問いに動揺した。
力を……、あの時漠然と腹の底に湧いた嫉妬の気持ち。
(俺は力が欲しいのか……)
アナスタシアは「力が欲しい」と答えた。
「はぁ……」
エースの隣にいるアナスタシアがため息をつく。昔の自分を見るその目は、まるで馬鹿な子供を見る親の目のようだった。
「なら、これを食え」
そう言い、タナトスは赤い果実を差し出した。
「これは……?」
「お前に流れる憎き東洋人の血を、俺の持つ西洋の血に変えるためのものだ」
「東洋……? 西洋……?」
タナトスから出たのは、聞き慣れない血の名前だった。
「さぁ、食うんだ」
アナスタシアはその実を受け取り、体内に取り込んだ。目は赤く染まり、身体中の血が騒ぎ出す。
「これで……何が……?」
アナスタシアはそう聞く。
それにタナトスは、「これによって魂の吸収を必要としない力の継承ができる」と答えた。
「これは1度しかできない」
そう言い、タナトスはアナスタシアの手を握った。アナスタシアは感じたことの無い感覚に襲われ、力を継承した。
「この感覚……ルクスの柱を継承した時と同じだ」
感情の呼応が高まり、感覚までもが伝わってきていたエースは、メアリーからの力の継承の時と同じ感覚に襲われていた。
「純血同士という繋がりによる1度だけ可能な力の継承さ……」
アナスタシアはそう言った。
その後、事はルイスの記憶で見た通りに進んでいった。
「あっ……死んだな……」
アナスタシアが死亡した。
エースはどこか落ち着いていた。
「もうすぐ記憶が閉じる、次の記憶が来るはずだ」
「あぁ……」
「……エース、なんだか大人になったね……」
「えっ……そうかな……」
エースは少し照れた様子でそう言う。
「うん、前よりも落ち着いてる」
2人が最期の会話をしていると、目の前にタナトスが現れる。
タナトスは手を差し出してくる。
「じゃあ、行くよアナスタシア」
「うん……僕の記憶を見てくれてありがとう」
エースはアナスタシアの記憶の中で、アナスタシアの正義も見つけていた。
「なっなぁ……!」
「一緒に記憶を見たのって……なにか伝えたいことがあったんじゃないのか?」
エースは振り返り、そう聞く。
「伝えたいことは、もう記憶で伝えたよ」
アナスタシアはそう返す。
「そっか、じゃあ……行くよ」
そう言い、エースはタナトスの手を握った。
「これが最後の記憶だ、さぁ行こう」
エースは自分を鼓舞するようにそう呟く。




