悪魔の誕生
光が加速する世界。
次の記憶へと飛ぶための空間にエースとサタンはいた。
「ウリエルの記憶はどうだった?」
サタンがそう聞く。
エースは下を向いて、黙り込んでいる。
「未来のために記憶を見るんだろ?」
「あぁ……そうだ」
エースは目に涙を浮かべ、歯を食いしばる。
「俺は……ずっとあいつを悪魔だど思っていた……でも、本当は違った……ただ、自分を貫いているだけだったんだ……」
それを聞いたサタンは体を回転させて前を向く。サタンは何かを呟いた後に、「そういうもんだよ」と言い、
「気にするな」
振り向いてそう言った。
光の加速が衰えていく。
「それじゃ、俺の記憶だな」
サタンはそう言い、消えていった。
視界が光に包まれた。
次に目を開けた時、エースは原っぱにいた。
足元に何かが転がっている。
それは、人の生首だった。
「うわっ……!」
辺りを見回すと、そこら中に死体が転がっていた。
「なんだこれ……」
エースが困惑していると、遠くから叫び声が聞こえた。
「あれは……」
エースは叫び声のする方を振り返る。
そこに居たのは長い銀髪の男だった。
「クソ……! どうしてこんなことに……」
エースはその男について行くことにした。
その男は、天界政府の宮殿に入っていた。
街の風景から見て、どうやら相当昔の世界のようだ。
その男は自室へと帰っていく。
エースもその部屋に入る。
「クソ……! なんで争うんだ! 」
その男はベッドに座り込み、感情を爆発させている。この男がサタンなのだろうか?
「もう……やるしかない……! こんなことあってはならない!」
男はそう言い、部屋を出ていった。
男が向かったのは、ゼウスの部屋だった。
「ゼウス様! 失礼致します」
男はそう言い、扉を開ける。
その部屋には、エースが知っているより少し若いゼウスがいた。
「なんだ? ルシファー」
ゼウスはそう言った。
ルシファー……この男はサタンでは無いのか? しかし、どことなく顔は似ている。
「今回の戦争……いえ、弾圧はあまりにも惨すぎます!」
ルシファーはそう言い、ゼウスの机を叩く。
「彼らの意見だっておかしくはないでしょう! 例え彼らが悪魔ルイスの直属の子孫であったとしても、彼ら何も罪を犯していない!」
ルシファーは激しく叫んだ。
ルイスの血族……
さっきのはルイスの血族の者たちの亡骸だったのか……
「しかしだな、法典にはしっかりと記されている……そうだろ?」
ゼウスはそう反論した。
しかし、ルシファーは引き下がらない。
「こんなの……絶対おかしい!」
ゼウスはルシファーに落ち着くように言い、法典が絶対だ、と言う。
「くっ……!」
ルシファーは部屋を出ていった。
エースとルシファーの感情の呼応が始まった。エースの中に、激しい怒りが湧いてくる。
「やっぱり、こいつがサタンか……」
「こんなの……血筋で虐げるなんて間違っている……!」
「俺がこの世界を……正してみせる」
ルシファーはそう言い、部屋を出ていった。
ルシファーの腰に携えられていた剣は、見覚えのあるものだった。
ガブリエルからエースへと託された剣、【ユグドラシルの聖剣】であった。
ルシファーは、その後天界政府を後にした。
森にこもり、そこでずっと何かの作戦を立てていた。
「ここは……随分と深い森だな……」
高さ30メートルはあろう巨大な木で形成されたその森には、【ユーリア村】と呼ばれる小さな農村もあるようだ。
それからどれだけの時間が経っただろう。
ルシファーは寝る間も惜しんで、ずっと何かを紙に書き記していた。
エースはルシファーの横で、ただその様子を眺める生活を送っていた。
「よし……決行は明日だ……!」
ルシファーはそう言い、紙をまとめて近くの洞穴にそれを隠した。
「俺がこの世界を変えてみせる……」
ルシファーはかなり疲れた様子でそのまま寝てしまった。
エースはルシファーから純粋な正義を感じていた。ルイスの血族を守りたいという正義を。
エースは、普段なら気にならないことだが、ルシファーがずっと何かを書き記していた紙を見てみることにした。
【ゼウス暗殺】
その紙には小さくそう書かれていて、その後にびっしりと暗殺の作戦が書かれていた。
「俺が……この腐った世界を……」
ルシファーは寝言で小さくそう言った。
その次の日、ルシファーは剣を持って歩き出した。その目には激しい闘志の色が浮かんでいた。
その頃、天界政府では年に一度の行事が行われているようで、多くの者たちが参列をしていた。
「それでは皆さん、天界政府樹立記念日に、乾杯!」
一人の男がそう言い、玉座に座ったゼウスも酒を飲む。
ルシファーはその会場の上に侵入し、機会をうかがっていた。
屋根上のガラスに予め開けていた穴から小さな石を落とす。それに気づいた護衛の男がそれを拾おうとした瞬間、ルシファーがガラスを叩き割って中に侵入した。護衛の男が振り返る時間も与えずに、ゼウスの元へと走る。
ゼウスは何事かと慌てているが、そんなこと構わずにルシファーは剣を構え、切りかかる。しかし、その剣は何者かに止められた。
「アナスタシア……!」
エースは思わずそう叫んだ。
そこに居たのは、アナスタシアだった。
「なっ……! なんだお前ら!」
ゼウスはそう叫んだ。
ルシファーはまだしも、アナスタシアのことを知らないのだろうか?
ガブリエルに聞いた話だとアナスタシアは存在こそ認められていたものの、姿は誰も見たことがなかったという。
ゼウスまでもが、偶像を信じていたのか……
「悪いね、ゼウスには今死んでもらっちゃ困るんだ。僕の手駒として、しばらくは生きていてもらわないと」
アナスタシアはそう言い、ルシファーに斬撃を入れる。
ルシファーは吹き飛ばされ、食事の並べられた机に激突する。
アナスタシアが、ルシファーに右手を向けた。次の瞬間、右手から黒と赤の塊が放たれ、ルシファーに直撃した。
その塊はルシファーの体を包み込んだ。
「ルシファー!なんだこれ……」
塊が消えると、そこにルシファーは居なかった。ルシファーが目を開けると、そこは赤に染まった暗黒の世界だった。
「なんだよ……ここ」
エースも体を飛ばされ、ルシファーの隣にいた。
「魔界か……ここで魔界に来たんだな……」
エースは小さくそう呟く。
ルシファーの胸の中心に、黒と赤の紋章が浮かび上がってきた。
「あ、なんだこれ……頭が……!」
ルシファーは悶え苦しんだ。
感情の呼応が高まっていたエースにも、強い負荷が掛かる。
「ルシファー……!」
やがて、ルシファーがゆっくりと立ち上がった。優しかった目は、悪魔サタンのものへと変わり、顔つきも変わっていた。
「ははっ……いい気分だ。実にいい……!」
サタンは天を仰ぐように笑った。
その顔はまさに……悪魔の顔だった。
そこに光を発しながらタナトスが現れた。
「あんたは?」
サタンは長い舌を出しながら、後ろを振り返りそう聞く。タナトスは名を名乗り、謎の果実を差し出す。
「これを食えば、俺の意思がお前に“も”共有される。お前“も”一緒に戦え、九魂神とか言う力を集めろ」
タナトスはそう言った。
ルシファーはその話にノリノリで、機嫌よくその実を体に取り込んだ。
次の瞬間、ルシファーが激しくのけぞり返った。胸を槍で貫かれたかのような感覚に襲われる。
「あ、ああ……」
目からは涙が溢れる。
ルシファーの目は、赤に染まった。
「お前名前はなんて言うんだ?」
タナトスがそう聞いた。
「名前……名前か、俺は……」
「サタンだ。悪魔サタンだ!」
ルシファーは大きな笑い声を上げながらそう言う。そこに魔界の先住民らしき、異形の者たちが現れる。
「ココ……オレタチノバショ……カエレ」
異形の者たちは錆びた剣を構える。
「あ? うるせぇよ、お前ら!」
ルシファーはそう言い、その者たちを一瞬で殴り殺した。
「あぁ……最高だ」
エースはそれを見て、崩れ落ちた。
こんなことが……
こいつも、こいつも誰かに悪魔にされたんだ。
「なぁ、一体誰が悪魔なんだよ……」
そう嘆いたエースの目の前に、目が黒い人間が大勢現れた。
そして皆がエースを指さす。
「オマエダ」
口を揃えてそう言った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
エースはそう叫び、悶え苦しんだ。
そこには、一つの手が差し出されていた。
「メアリー! メアリー!」
エースはそう叫び、必死の思いてその手を握った。うずくまり、ただ脅えているエースに声を掛けたのは、ゼウスであった。
次の記憶だ。
また、次の記憶が……
もう……嫌だよ、メアリー。




