無力感、その先に
それからはまさに地獄絵図だった。
魔界に攻撃を仕掛けた天界軍は奇襲を受け、多くの犠牲者を出した。
サタンは虐殺を繰り返し、やがて覚醒したメアリーに止められた。
「今日は、ご苦労であった」
会議室にてボロボロになった生き残りの兵士と、宮殿に残ったお偉いさん方による会議が始まった。
「今回のメアリーの活躍ぶりは凄まじかったな……」
ゼウスがそう言った。
エースはその時、既に吐き気を催していた。
ガブリエルの記憶を通して“これ”を見た事があったからだ。
この戦争は魔界戦争と呼ばれ、天界に大きな損失を与えたものの、事実的に魔界にはそれほどに影響を与えられずに終わった。
しかし、最後のメアリーの一撃。それがサタンを貫いたことが高く評価されていた。
もう先も短いゼウスは、次の後継者選びに躍起になっていた。
本来ならば、成績優秀なウリエルが次の後継者になるはずだ……だけど……
「次の神の座が怪しくなったな、ウリエル」
ゼウスが冗談混じりにそう言った。
エースはもはや吐き気を抑えることすら出来なかった。膝から崩れ落ち、地面に思い切り吐いてしまった。
ウリエルの心と繋がったエースの中に、巨大な何かが侵入してくる。
ウリエルは言葉を詰まらせる。
「やめろ……! ウリエル……」
エースは必死にウリエルを止めようとした。
しかし、伸ばした腕は、ウリエルに触れることは出来ず、ウリエルは勢いよく椅子から立ち上がる。
「でも……でもこいつは、悪魔の血だ…」
場が静まり返った。
「やめろ! ウリエル……! 自分を傷つけるのは……やめろよ……」
エースは悶え苦しんだ。
そんな事言うなよウリエル……本当は、本当のお前はそんなこと思っていないんだろ……
エースにはそれが分かっていた。
「ウリエル、お前何言って……」
ガブリエルがウリエルを止めようとするがウリエルはメアリーを指さし、
「だっておかしいだろ! 悪魔の血を引く者が神になるなんて!」
ウリエルは声を荒らげてそう言った。
ウリエルの心がズキンと音を立てる。
なにか釘を打ち付けられたかのような、そんな音だった。
「ウリエル……やめるんだ……ウリエル!」
しばらく黙り込んでいたゼウスが、
「そう……かもしれんな」
そう言った。
こいつは、ゼウスは禁忌法典の奴隷だ。
こいつが流し込まれたら本当に……!
(って……俺は何を言っているんだ)
エースは急に冷静になった。
これは記憶だ。
俺がどれだけ嘆こうが何も変わらない。
眼前ではガブリエルとウリエルが激しい言い争いをしている。
これもガブリエルの記憶で見たものだ。
記憶は、過去は変えられない……
(俺は……こんなところで感傷に浸ってていいのか……)
ウリエル……お前は完全に父親の腐った正義に侵されている。
何も無かったお前に父親はそれを与えた。
今のお前は、その腐った正義の表面を良くしただけの薄汚い正義で形成されている。
その表面の塗装が剥がれちまったんだろ……
「お前の心が……痛いほど分かる」
俺はお前を救ってやりたい。
お前を……薄汚い正義に首輪をつけられたお前を……
「生きていることが……罪なんじゃないのか……?」
ウリエルがそう言った。
ガブリエルがウリエルに掴みかかろうとした。エースはその前に、ウリエルの肩をがっしりと掴む。手は肩を触れることなく、体をすり抜けていった。それでもエースは叫んだ。
「ウリエル! お前は……お前はお前でいいんだ! お前を蝕むもん全部とっぱらってお前は自由になればいいんだ!」
エースは必死に叫んだ。
声の届かないウリエルに……
ウリエルはその後も記憶通りの行動を取った。当然だ、過去は変えられない。
どれだけ叫ぼうとも、それは無駄な足掻きだったのだ。
ウリエルはきっと悪魔に魂を売ったのだろう
ガブリエルはこう考えた。
でも、本当は違った。
ウリエルはただ、悪魔に育てられた。
悪魔にしかなれなかったんだ。
ウリエルは悪くない。
小さかったウリエルに、一体何ができたって言うんだ。
誰もいなくなった会議室に1人崩れ落ちるエースの前に、サタンが現れる。
「次は俺の記憶だ、エース」
サタンが差し出した右手を、エースは力強く握った。




