過去VS未来
元の歴史に戻るために、再び過去へと向かった”いずも”は、そこで酒井中尉と対峙することに・・。
自由の女神は上半身が無かった。
「シャオン。すぐ調べてくれ。どういうことだ?」
シャオンは言われるまでもなく、とっくに世界中の国立図書館、大学図書館、それ以外にも、ありとあらゆる情報機関に繋がっている。
「自由の女神は、1947年に日本軍の富岳より投下された原子爆弾によって破壊されています。その時の人的被害はニューヨーク市民5万人が死亡し、けが人が30万人デス」
”いずも”のアメリカ人が一斉に、
「何だと! おい!シャオン。どこか回路がおかしくなったのか? ふざけたことを言うな!」 と、大声をあげた。
怒鳴ってみたところで、どうしようもない。窓の外には現実に上半身の無い自由の女神があるのだ。
全員がそろって、また無残な姿の自由の女神を凝視した。
マイクが血相をかえて、「エイハブ。どうなってるんだ? 過去を変えても未来に大きな変化はないと言ったじゃないか」
「うむ。地球規模、宇宙規模においては、これくらいのことは小さな変化なのかも知れない」
「小さな変化だと。おい!無責任なことを言うな。私たちの、今回のミッションでニューヨーク市民が5万人も死んだんだぞ。私たちが殺したようなもんだ」 といった後、両手で頭を抱え込んでしまった。
「・・」 エイハブは返す言葉も無い。
スチュアート大佐の一番の気がかりは、この時代の戦争の勝敗である。
「シャオン。それで、戦争はどうなった? 日本が勝ったのか」
「いいえ。その後、B-29が東京に原爆を落としています。死亡者数は30万人です。結果、日本は降伏しまシタ。終戦日は1948年の8月15日デス」
日本人乗組員からどよめきが起こった。
プロジェクターのスクリーン見ながら、艦内に流れるこの音声を聞いていた酒井は怒りがこみ上げてきて、
「俺はうその説明を聞かされてたのか。終戦日が違うじゃないか。染田さん。何で、皆私に噓をついたんだ? 本当のことを話してくれ」
本当のことを知りたいのは染田も同じだ。酒井の横で呆然と立って、目が虚空を見つめている。
さらに、酒井を驚かせることをシャオンが言った。
「天皇陛下は、その原爆によって亡くなりまシタ」
「何い~!」 酒井は驚いて思い切り立ち上がった。
「あれ? 酒井さん。体、大丈夫ですか」
「それどころじゃない!」
酒井以外の乗組員は、これが自分たちの歴史ではないということを悟った。そして、全員思うことは同じだ。
「元に戻らなければ・・」
エイハブを中心に首脳陣が集まり、「どうすれば元に戻れる? エイハブ、君が設計したタイムマシンだ。何とかしてくれ」
「はい。方法は簡単なんですが・・」 続きを言いにくそうだ。
「簡単なのか。どうするんだ? はっきり言え」
「再び1945年に行きます。そして、飛来したB-29には何もせず、ただ、傍観するのです。そのまま原爆投下させるのです」
今度は平田艦長以下、日本人が驚いた。
「何! じゃ、広島、長崎の死者何十万人を見過ごせというのか。日本人として、そんなことができるか。そもそも、最初の目的は広島長崎を救うことではなかったのか。だから日本としても完全協力したのだ」
「はい。分かっています。皆さんの気持ちは当然そうでしょう。しかし、そうしないとニューヨークと東京に、さっきシャオンが言ったように何十万という死者が出るのです。まさか、こういう結果になろうとは・・。過去を救えば未来が、未来を救えば過去が」
「ニューヨーク、東京の惨禍と広島、長崎の惨禍とを天秤に掛けるようなものだな。なんてことだ」
さらに、エイハブは神妙な顔つきで、「申し訳ない。今回のミッションは完全な失敗です。私の、因果関係に対する計算違いです。本当に申し訳ない」
「ニューヨークも東京も広島も長崎も、全部救う方法はないのか」
平田艦長が大声で言ったこのことは乗組員全員の思いである。
が、エイハブは無情にも首を横に振った。「申し訳ない・・」
これら全てを医務室で聞いていた酒井は、彼らのやり取りを聞いておぼろげながらも、「今いるここは本来の歴史ではないのか? じゃ、本来の歴史どこへいった? そこでは陛下は生きておられるんだな」
立っていた染田が、ゆっくりと酒井の横に腰を下ろし、
「何てことだ。ひどい未来だ・・」 と、つぶやきながらも、目は相変わらず虚空を見つめている。
そんな染田に酒井が声を掛けた。
「原子爆弾というものは恐ろしいものだな。たった1っ発で何万という人を殺す。それも非戦闘員である女、子供、年寄りなど無差別に殺戮するなんて、もはやこれは戦争という範疇を超えている。ただの殺戮合戦だ」
「ええ。ばかげています」 染田も、全く同じ意見だ。
さらに酒井は、「日本は造るべきじゃない。そんなもん使用したら日本の歴史の汚点になる」
その言葉に対して染田は大きく頷いた。
自国の歴史をなるべく汚したくないというのは、アメリカ人のマイクと相通じるものがある。
あくまでも、なるべくだ。一旦戦争になればきれいごとばかり言ってられない。しかし、原子爆弾による殺戮合戦はやるべきではない。
これは、酒井、染田のみならず、この”いずも”の乗組員全員が思っていることだろう。
外の、上半身の無い自由の女神を見れば誰だって、人類の未来を危惧するはずだ。
コントロール室では、もう1度過去に行くという結論に達していた。
「酒井さん。昭和にまたもどるそうです。良かったですね」
戦争中の時代にまた戻るのが良いのかどうかは別にして、とにかくこの世界にいるわけにはいかない。
「そうか。戻るのか・・」
とつぶやいた後、
「いや、ちょっと待ってくれ。行先を8月1日にしてくれないか。私のわがままを聞いてほしい」
酒井のこの言葉はすぐ平田艦長らに伝えられた。
「うむ。よかろう。酒井中尉は大事なお客さんだ。望みどおりにしよう」
「全員配置に着け! 目標、1945年8月1日 広島!」
こんどは悪夢のよう未来を消すために過去にタイムスリップするのだ。
「シャオン。頼むぞ」
「了解しまシタ」
またしても全ての時空デバイスが点滅し始める。
”いずも”は、75年前の1945年8月1日の広島の沖合に姿を現した。懐かしくはない。さっきまでいた所だ。のどかな瀬戸内海に、またしても2~3隻の漁船が見える。とても戦時中とは思えない風景だ。だが、まだ終戦はしていない。
広島、長崎に地獄が出現するのは、6日後、9日後だ。子供、女性、年寄などの非戦闘員の頭上で原子爆弾が炸裂し、10何万人という犠牲者をだすのだ。
それを知っていながら、ただ傍観するしかない”いずも”の、日本人、アメリカ人を問わず、乗組員全員にとって、どれだけ悔しいことか。
「酒井中尉殿を陸に送ろう。ヘリコプターの準備をしろ」
平田艦長の指示で最新鋭の攻撃型ヘリコプターが甲板に現れた。この時代に、もちろんヘリコプターなど無い。
「酒井殿。体はどうですか? 大丈夫ですか」
平田艦長が聞いても、酒井はそれどころではない。ヘリコプターの存在を全く知らない酒井は、
「な、何だ? これは・・。 これが飛ぶのか。翼が無いじゃないか」
「さ、どうぞ」 ヘリコプターのパイロットが酒井をシートに座らせベルトを締めた。気の強い帝国軍人酒井も不安そうな顔をしてる。
「それじゃあ、酒井中尉殿お元気で」 と、言って、平田艦長が手を振っても酒井はそれに気づかず、機内を不安そうにキョロキョロと見ているだけだ。
ローターが回り始め、ヘリコプターは一気に上昇した。
平田艦長はずっと手を振りながら、あの様子じゃ酒井殿の体も、もう大丈夫だろう。
「よし。ヘリのパイロットが戻ったらすぐにタイムスリップしよう」
1945年の8月1日から8月6日に移動するのだ。B-29の原爆投下をただ傍観するだけのやるせないミッションだが、歴史を元に戻すためには仕方がない。
仕方がないなどと軽々に言えることではない、ということは全員が分かっている。何万という人々が4000度の熱で焼き殺されるのを知りながら、何もできないのだ。いや、何もしてはいけないのだ。
「ヘリのパイロットが戻って来まシタ」 シャオンの言葉に、
「よし!タイムスリップ準備しろ!」
「全デバイス ON」
またしても、”いずも”は全身からうなり音を発し、消えた
”いずも”は、8月6日の原爆投下1時間前に、広島の沖合の、6日前と同じ場所に姿を現した。日にちだけがちがう。
相変わらず海だけはのどかだ。前回と同じく何隻かの漁船が見える。
「みんな! これから起きる広島の惨状を見過ごすのは辛いだろうが、そうするしか無いことは、すでに説明した。残念だ」
平田艦長が、いかにも無念そうに下を向いて目を閉じた。
そんな中、誰かが、「広島には酒井さんがいるんだろう。見殺しにするのか?」
「いや。酒井さんは、史実によると2000年まで生きてる」
などと、皆が言い合っているときにシャオンが警告を発した。
「日本軍機10機が ”いずも”に向かってきます。その内の2機は魚雷を装着していマス」
「何!魚雷だと! どういうことだ? 我々を攻撃するつもりか。まさか・・。心配はないと思うが」
その時、聞いた覚えのある声が艦内に響いた。
「”いずも”の皆さん。私は酒井中尉です。皆さんには大変お世話になりました。しかし、その”いずも”というバケモノを容認できません。日本に、世界に災いをもたらす悪魔だ。平田艦長、申し訳ない。攻撃します」
「おい!おい! 酒井中尉待て! 待ってくれ」 平田艦長は慌てて呼びかけたが、酒井からは、それっきり返事は返ってこない。
「何てことだ。8月1日に送ってくれと言ったのは、こういうことだったのか。我々への攻撃準備のためだった」
当時、終戦直前の日本に残ってる飛行可能な航空機は、戦闘機、爆撃機、全てを合わせても5000機足らずで、その中から、酒井は6日間に何とか戦闘機10機を集めたのである。ゼロ戦8機に、陸軍機の隼2機の編隊だ。
魚雷を装着してるのは、その内のゼロ戦たったの2機だけだった。陸軍機の隼には、もちろん装着できない。どころか、爆弾も着けていない。どうやって”いずも”を攻撃するのだろうか?
「シャオン。彼らがここに来るまでにどのくらいかかる?」
「はい。20分デス」
「よし! 何とか間に合う。F-35Bの発艦準備をしろ! シャオンは、ずっと酒井中尉に引き下がるように呼び掛けててくれ」
パイロットが慌ただしく機体に乗り込む。今度はアメリカ人パイロットが搭乗する。日本人パイロットは酒井中尉と、万が一戦闘状態になることを恐れ、気が進まなかったためだ。
今度も2機だけが飛び立つ。
”いずも”は4機のF-35Bを搭載してるが、全機飛ばす時間が無い。
「いいか、相手を撃ち落してはならん。魚雷発射を妨害するだけでよい。空中戦になっても被弾することもないだろう。だが、十分注意するように! 我々は日米同盟の下でこの時代に来ている。相手は敵ではない。」 スチュアート大佐がパイロットに、こう言った後、ゴーサインを出した。
日本国海上自衛隊の”いずも”が、同じ日本人の酒井中尉たちを攻撃するわけにはいかない。だが、相手はこちらを攻撃する気満々のようだ。エノラゲイも刻々とせまっている。それに対して酒井中尉はどうでるのか? 是が非でも原爆投下を阻止したいはずだ。
しかし、それが不可能だということは酒井中尉が1番よく知ってる。高度1万メートル付近を飛んでくるB-29をゼロ戦や隼ではどうしようもない。そんな高度で戦える性能は無いのだ。
高高度で戦える戦闘機としては、当時、震電が開発されていたが、ここには無い。
「相手機、目視確認」 パイロットから一報が入った。
シャオンは、ずっと酒井に呼びかけているが、反応は無い。
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