長崎へ
空母”いずも”はゼロ戦パイロットの酒井中尉を乗せたまま長崎に向かった。
Bー29の6機と5機のP-51ムスタングからなる原爆投下チームは,当初の攻撃目標であった小倉から長崎に変更した。視界が悪かったためである。
空母”いずも”から、すでに2機のFー35Bが発進している。広島の時と同様原爆投下を阻止するのは簡単なことだ。P-51ムスタング5機なんぞ、F-35Bから見ればおもちゃの群れのようなものである。
酒井は便所で、またもや未来に遭遇し、困惑した後、医務室に戻りベッドに座っていた。横には、ウォシュレットの使い方を指南してくれた救護班の染田という男が付き添ってくれている。世話係としてやって来たのだ。
「便所くらいで大声を出すようでは、撃墜王と言われている私も形無しだな・・、はっは] と、自虐的に笑った後、
「染田さん。艦内を見てみたい。案内してくれないか」
「酒井中尉どの。あまり無理をしないで下さい。艦内は意外と広いですよ」
「いや、大丈夫だ。ぜひ、いろいろ見たい。お願いする」
「そうですか。分かりました。じゃ、車いすを持ってきますので、ちょっと待ってください」
といった後、しばらくして車いすを押しながら戻って来た。
「お待たせしました。さ、これに座ってください。手動でも電動でも動かせます」
酒井はすぐに操作を理解した。
「ほ~、これはらくちんだ。ふ~む、電気でも動くのか。たいしたもんだな。家のじいさんにもこれがあったら・・」 などと感心しきりだ。
「体が痛くなったら言ってください。すぐ医務室に戻りますから」
「ああ、大丈夫だ。どんな痛みがあろうとも、この好奇心は抑えられない」
染田も、「それもそうだろうな」 と思いながら、キョロキョロする酒井の車いすを押している。
染田自身も、酒井に21世紀のハイテク機器を見せ、その度に驚き感心する彼を見るのは愉快であった。
「レーダーというもので1000km範囲内の敵の動きを全て補足できると聞いたときは信じられなかったよ。いや、今でも信じてるとは言い難い。ところで、指令室を見ることはできるかな。ぜひ見たい」
「ええ、いいですよ。酒井中尉殿は敵じゃないんだし、平田艦長からも酒井殿には自由に艦内を案内して差し上げなさいと言われてます。何でも聞いてください」
染田は車いすを押しながら、空母”いずも”についてありとあらゆることを詳細に酒井に話すのだが、酒井にとって理解不能なことばかりで、逆に、半導体とは何か、とか、液晶とは何か、とか聞かれ、それらを説明するのに染田の方が窮してしまった。
「うっかり、何でも聞いてください」なんて言うもんじゃないな。苦笑し後悔したが、すでに遅く、さらに酒井の好奇心に火をつけてしまった。
コンピューターとはどういう仕組みになっているのか? なんて聞いてくる。救護員の染田に教えようがない。ビットだのCPUだの言ってみたところで酒井が理解するとは思えない。
「あの、それはですね・・」 おおまかな、雑な説明をしながら指令室に向かった。
指令室に入った酒井は、まるで銀河の中心に紛れ込んだかのような錯覚に陥った。中央に巨大なディスプレイ、その周りには、さらに大小さまざまなディスプレーが鮮やかな色彩を放っている。そしてすべての隙間を埋めるように、ありとあらゆるLEDが壁一面にキラ星の如く点滅している。
「なんだ、これは・・」 絶句するしかない。
そこへ平田艦長がニコニコしながら近づいてきて、「お体は大丈夫ですか、痛みはありませんか?」
酒井はそれには答えず、「み、未来はいったいどんなふうに戦争をしてるんだ・・?」 呆然とつぶやいた。
「我々は戦争をしないために軍備を持ち、日々訓練をしています」 建前をいった。
酒井は、よう分からんという風な顔をして車いすに座っている。軍備というものは戦争をするために持つものであって、しないために持つとは酒井の理解を超えている。
染田が車いすを動かそうとすると平田艦長が、
「ちょっと待ってくれ。酒井中尉にしばらくの間モニターを見てもらおう。そろそろF-35BがBー29に遭遇するはずだ。」
「はい」 染田は車いすを巨大ディスプレーの正面に向け、酒井が見やすいように少し前に押した。それを日本人もアメリカ人スタッフらも興味深そうに見ている。特にアメリカ人にとってゼロ戦パイロットは興味の対象そのものである。何人かが、オ~!っと感嘆の声をあげた。
前面の巨大モニターには真っ青な空と、2機のうち1機のF-35Bの先端が映っている。もう1機は翼に太陽の光を受けキラキラと輝きながら、その流麗なスタイルの全貌を酒井に見せていて、それは、まるで絵画のように美しい。
酒井は遠くのものがなぜ目の前の画面に映っているのかと、その仕組みにも興味をもったが、それはひとまず置いといて画面の映像を注視することにした。
酒井が、「染田さん。あの戦闘機は、いったいどのくらいの速度が出るのですか?」
「そうですね・・」 染田が答えようとすると、横から平田艦長が、
「音速の1.5倍です。つまり、時速1800キロメートルです」
時速1800・・。「そんなものを人間が操作してるのか」 酒井は只々驚くしかない。実際には人間のみが操作してるわけでなく、多くの部分でコンピューターによってサポートされている。それは酒井にとって未知の科学分野だ。
その時、
「B-29を目視確認」 F-35Bのパイロットから一声が入った。
「よし。ファットマン破壊作戦を遂行せよ! P-51ムスタングに十分注意するように!が、撃墜はしてはならん」
平田艦長の言葉が終わると同時にP-51ムスタングがF-35Bに襲い掛かって来た。
だが、彼らは照準すら合わせることができない。目の前をあっという間に亜音速で通過するF-35Bを見て、啞然とするばかりだ。彼らの頭は相当こんがらがっているだろう。現代の我々がUFOを見るような感覚かも知れない。
6機のB-29の先頭を飛ぶのはボックスカーという、ちょっと妙な名の機体だ。
そのボックスカーの機体底辺の扉が開き、プルトニウム型原子爆弾のファットマンが長崎市民に向かって落下した。
すかさず、F-35Bは、「ロックオン! ミサイル発射!」広島の時と同様、4発のミサイルがファットマンに吸い込まれる。米軍機のパイロットは、それを見てもなすすべが無い。何が起こっているのかも分からない。
そして、ファットマンは彼らの見てる中、木っ端微塵に破壊され無害な鉄くずとなって落下していった。それらが長崎市民に降りかかり、けが人がでないことを祈るしかない。
こうして、長崎市民6万人の死者を出すはずの原爆投下は史実から消された、はずだ。
「帰艦するぞ」 2機のF-35Bは亜音速で、米軍パイロットの見守る中あっという間に飛び去ってしまった。
「何だあれは・・。翼に日の丸があった。日本機か? まさか日本があんなものを・・」
最高速度670キロメートルのP-51ムスタングでは追いかける気も起きない。
パイロットは飛び去って行く機を呆然と見つめるだけだ。
「何とも不可解だ。だが、これだけは言える。広島の時と同様、我々はファットマン投下にも失敗したのだ」
6機のBー29と5機のP-51ムスタングは失意の中、操縦桿をテニアン島に向けてきった。
マイクとエイハブは、がっちりと握手をして、「やったな!」という顔をしてる。そして、お互い見つめあった。この時点で確かに、原爆投下というアメリカの黒歴史は・・消えた。
「何だ!今のは」 全ての出来事をモニターで見ていた酒井は、P-51ムスタングのパイロットと同様、ただ驚愕するしかない。
「戦闘機から何か発射されたぞ。それが曲がりながら標的に向かっていって命中した。むむ、いったいどうなってるんだ? 目でもついているのか」 酒井の乗るゼロ戦には7ミリと20ミリの機関砲しかついていない。それでも当時としては強力な武器だが・・。
「あんなのが1機でもあれば百戦百勝だ・・。欲しい」 だが酒井は、自分の能力では操れないということもパイロットとして十分理解している。
「君ら2020年から来たといったな。それより未来はどうなってる?もっとすごい兵器があるんだろうな」
平田艦長がマイクとエイハブを呼んだ。
「酒井中尉が2020年より先の未来のことを知りたいそうだ。教えてあげてくれないか」
エイハブが、「2020年より先・・。それは無理です。我々の出発した時が基準点で、それより未来には行けません。ので、分かりません。歴史に刻まれた過去に行けるだけです。2020年以降の未来はまだ出来ていないのです」
「ということは、あなた方が所有している兵器が歴史上の最強のものってことですか?」
「そういうことになります」
「ふむ・・。 私の操縦する零戦は、もちろん誇りに思うが・・。むむ、未来の兵器は凄まじいな」
酒井は”いずも”の乗組員に対して呼び方が、最初は貴様ら、次に君ら、そして、今はとうとうあなた方に変わった。圧倒的な科学力を持つ、この”いずも”の未来人に徐々に尊敬の念が生じ始めたのかも知れない。
➄自由の女神 へ