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時空空母”いずも”発進!  作者: 平谷 口(ひらたに こう)
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時空空母”いずも”過去に発進。原爆投下を阻止せよ!



 ヘリ空母”いずも”が改装され、進水した。 式典は無い。 どころか、式典は困るのである。 全くの秘密裏の進水なのだ。

 これから太平洋で、日米の超トップシークレットの作戦が行われようとしている。

 その作戦の主役、ヘリ空母”いずも”は、改装されたというよりも、日米合作の新型兵器に作り直されたといったほうがいいだろう。

 垂直離着陸機のF-35Bを搭載可能にするために甲板が強化されたのだ。 だが、それは付け足しで、本来の目的は・・、それが今から実行される。


10年前、アメリカで1~2をあらそう大金持ちマイク・ハーランドの邸宅の1室に、当のマイクと天才科学者エイハブがいた。 2人は旧くからの友人だ。

 豪華なソファーにくつろいで、これまた高級と思われるワインを飲んでいる。

 エイハブが唐突に、

「ねえ、マイク。 君はタイムマシンをどう思う? 信じるかい」

「ありえないね。 まったくのナンセンスだ。因果関係の矛盾が生じるからね」

「うん、私もそう思ってた」

「思ってた? 過去形かい。 今は違うっていうのか」

「私の研究室で不思議なことが起こった。 何気なく振動版、1辺1mのやつだ。その上に時計を置いたんだ。 そして、しばらくして時計を見たら、バラバラになっていた」

「破裂でもしたのかい」

「いや、私は横で他の作業をしてたが、なんの音もしなかった。 突然時計の壊れた場面が現れたんだ。時計が壊れる過程がまったくない」

「気のせいじゃないのか」

「気のせいも何も、時計が壊れる理由がないじゃないか。不思議に思って時計を手にとってみたら、かろうじて文字盤から時刻が読み取れた。11時だった。 でも私は12時に昼食を食べたばかりだったので、変だなと思い、振動版をみたらスイッチが入っていた。 いや、切り忘れたのかな・・? それで振動版の数値を見て驚いた。異常な数値だった」

「ほ~」

「振動版の性能は毎秒500~2000振動なんだが、記録された数字は、なんと100万だ。回路がショートでもしたんだろう。 それは後で調べるつもりだ」

「その異常な振動で時計が壊れたんだね」

「いや、それなら音がするなり飛び散ったり、横にいる私に分かるはずだ。 それに、壊れ方があそこまでめちゃくちゃにはならない」

「で、エイハブ、結論は何だい」

「うむ、思うに、時計は過去に行ったんだ。 そして自分自身にぶつかって、壊れた」

「ふ~ん、それでタイムマシンという話につながっていくのか・・。 突拍子もない出来事だな。 俄かに信じろと言われても、エイハブ、無理だよ」

「ここまでなら私も同じだ。 到底信じられない。で、再現してみることにしたんだ。 パワー的に10分前しか設定できなかったが、10分前に、振動板上に時計を置かなかった場合は何の変化も無かった。時計の針も現在の時刻を指していた」

「何だ?それじゃ、過去に行ってないんじゃないか。 やはりエイハブ、君の勘違いだよ」

「まあ、聞いてくれ。次に10分前に時計を置いて、10分後にその時計に振動を与えた。そうしたら、見事に壊れた時計が現れたよ。やはり、自分自身にぶつかったんだ。針も10分前を指していた」

「ちょっと待てよ。頭を整理する。最初、時計は10分前の、振動版の上に何もない過去に行ったんだな。つまり、ぶつかるものが無いので、そのまま壊れず10分後に戻って来た。 これでいいかい」

「その通りだ。理解が早い」

「おだてるな。 でも変じゃないか。 君は10分前に時計を置かなかった。そこへ10分後の未来から10分前の過去へ送られた。 じゃ、君は10分前にそこにいたんだから未来から送られた時計を見てるはずだ。そうだろう」

「私は見ていない」 エイハブが首をかしげる。

「やはりパラドックスが生じるじゃないか」

「うむ・・」 考え込んだ後、「ひょっとして次元がずれたか・・?」

 むずかしい顔をしてエイハブは帰っていった。

 それから研究室に入りびたりで、何度も何度も同じことを繰りかえしていた。 外は雷雨で停電の予報も出ていたが、エイハブはしつこく同じことを繰り返すのみだった。

「ひどい雷だな。電圧が不安定だ。あと1回やって、今日は終わるか」

 そして、奇跡が起きた。


 後日、エイハブはまたマイクの私邸を訪ねた。

「今日はどうした?エイハブ。 過去だの未来だの、また難しい話をしに来たのかい」

「あれから、何度も何度も実験をしたんだが、結果は全て同じだった。ところが、ところがだよ。行き詰ったときに奇跡が起きたんだ」

「奇跡が・・」

「そうだ。その日、外はひどい雷雨で雷が連続的に轟いていて、電圧が不安定だった。そんな中でも実験を続けた。そしたら、現れたんだよ、時計が」

「例の10分後の未来から10分前の過去に行ったという時計かい」

「そうだ。さあ~、これから実験を始めようとした矢先、突然、振動版の上に時計が出現したんだ。私は、それは10分後から来たんだと、すぐに分かった」

「おい、変だぞ。 それじゃ、君が持ってる時計と合わせて2個になるじゃないか」

「無かった。 ポケットに入れていた時計が消えてた。 振動版の上に時計が現れた瞬間に、これから実験をっ始めようとして持っていた時計が消えた」

「・・」 マイクは言葉が見つからない。

「で、私は現れた時計で10分後に実験をした。 そして、その時計を10分前に見たというわけさ」

「どうして、今回はそうなったんだ?」

「雷の影響で家の電圧が強くなったり弱くなったり・・。つまり、振動にリズムができたんだろうね。 今までの実験では微妙に次元がずれていたと思う。 それが、振動にリズムが加わったことで異次元が我々の次元に同期した。 そう考えられる」

 マイクはじーっと聞いている。

「マイク、よく聞いてくれ。 つまりこれはタイムマシンが可能だということだ。 私は徹底的に研究するつもりだ」

 マイクは、「・・」 しばらく考えた。 さらに考えた。そして、

「ねえ、エイハブ。君とは長い仲だ。君は嘘をつくような人間ではないし、また、見栄だの虚栄心だの、そんなものに関心の無いことも知っている。 そして、十分世間に天才科学者として名も馳せている」

「ありがとう」

「そんな君が熱く語るんだから、本当だろう。 私には不可思議な現象としか思えないが・・」

「誰だってそうだろうね」

「よし!君に賭けよう」

 それを聞いて、「え!分かってくれたのかい。ありがとう。嬉しいよ」

「いや、分かっているとは言い難い。 だから、賭けといった」

「それで十分だ。 研究に弾みがつくよ。 これから帰ってすぐに、また実験を始めよう」

 ドアに向かったエイハブに、「おいおい、ちょっと待てよ。まだ帰らないでここに座ってくれ。 聞きたいことがある」

 帰りかけたエイハブは、また椅子に掛けて、「何が聞きたい」

「すごい発見だねえ。エイハブ。ところで、どんな大きなものでも過去に行くのは可能かい?」

「それは、現時点では不明だ。 いろいろ試してみるつもりではいる。 興味湧いたかい」

「当たり前じゃないか。 こんなすごいこと、誰だって興味あるさ」

「でも、ほとんどの人は信じないと思うよ。 それどころか、我々は狂人扱いされるおそれもある」

「だろうね。私も聞いたときそう思った。 しばらくは二人だけの秘密にしとこう。エイハブには徹底的に研究してもらうしかないな、いくらでも支援はするよ」

「ありがとう。 この研究を絶対ものにする」

「ところで、エイハブ。振動といえば、あの理論、スーパーストゥリングを連想するんだが、関係あるんだろうか」

「するどいね。 さすがマイクだ。あるね」 エイハブもそれを考えていた。


それからというもの、エイハブは自分の研究室で何年も振動とタイムマシンの関係に悪戦苦闘していた。が、天才科学者エイハブは何とかめどがついたらしく、今日は少しのんびりと昼下がりのコーヒーを楽しんでいる。

 カチャ。音がしたので、振り向くとマイクが入ってきた。

「マイク、ノックくらいしろよ。 珍しいね訪ねて来るなんて。 まあ、適当に座ってくれ」

「コーヒーか・・、私ももらえるかな。インスタントでいいよ」

「インスタントしかない」 と言いながらコーヒーの準備をした。

 淹れながら、「今日はどうしたんだい? 急用か」

「研究の成果がはやく知りたくて・・、気が焦ってしまってね。 例の、どんな状況だい?」

「はい、コーヒー」

「ありがとう」

 エイハブも腰を下ろし、「ほぼ、完成した」

 淹れたてのインスタントコーヒーをマイクは思わず吹きそうになった。

「本当かい。 さらっというんだね。驚いたよ。 さすが世界一の天才科学者だ。 詳しく話してくれ」

「完成したのは理論だけだ」

「それだけでもたいしたもんだよ。すごいな君は」

「その前に君に聞きたい。 タイムマシンが完成したとして何に使おうとしてるんだい。ただ単に興味本位で過去に行ってみたい、それだけではないだろ」

「その通りだ。私の気持ちを話そう」 と言って残ったコーヒーを一気に飲み干した。

「おかわりは?」

「いや、けっこう。とっても美味しかったよ」

「本当かい? 美食家の君にそう言われると嬉しいね」

 普段から、なんでも高級品ばかり口に入れているマイクは、インスタントなどという素朴なものをたまに口に入れると、案外美味しく感じるのだろう。 などと、エイハブは勝手な想像をしていた。

「ねえ、エイハブ、我々のアメリカは世界一偉大で栄光ある国家だ。 間違いないね」 マイクは愛国心の塊のような男である。

「もちろんそうだが、どうして今更そのようなことを・・」 

「私は、今までナチスやチャイナの残虐行為を非難してきた。 この2国以外にも現在に至るまで、ありとあらゆる残虐行為に対し、大声で非難してきた。被害を受けた者たちには医療など様々な支援もやってきた。 アメリカ人としての誇りがそうさせるのだ。 また、それは世界最強の国家、アメリカの義務だとも思っている」

「それは世間も十分知ってることだよ。 偉いよ君は」

  エイハブもそれは十分認めているし、そんなマイクが自分の友人であることは誇らしい。 が、どうして急にそんなことを・・?

「私がナチの蛮行を非難すると、必ずこう言い返される。非戦闘員である女、子供、老人の上に原子爆弾を落としたのは、いったい誰だ。・・と。 そして私は黙りこくってしまう」

「そ、それは、戦争を早く終わらせるために・・」

 エイハブの言葉をさえぎって、「多くのアメリカ人はそういうが、それは詭弁だ。 原爆の威力を日本軍に見せつけるのに、無辜の人々を多数殺戮する必要はなかった。 無人島でも海の上でも、そこで原爆を炸裂させ、それを日本軍に見せればよかっただけだ」

「うむ、たしかにそうだな。 あれは実験だったというのは、私もうすうすわかっていたよ。当時、有色人種の命はアメリカ人の飼っていた犬よりも軽かった。 でも、そういう時代だったし、過ぎたことだ。どうしようもない」

「過ぎたことでも記憶にも記録にものこる・・。消したい。 その負の歴史を消したい」

「なるほど、それでタイムマシンか。 過去に行って原爆投下を阻止したいわけだな。アメリカ人であることを誇りに思ってるマイクらしいな」

「具体的な話を聞きたい。 私がタイムマシンを完成させたとして、マイクはそれを、実際どう使う?」

「日本で、ヘリ空母建造の計画があるんだ」

「日本が空母を・・、驚いた。 よくそんなこと知ってるな」

「はっは、エイハブ、私を誰だと思ってる。 政府関係にも、軍関係にも知己は沢山いる。 日本人の友人も多い」

「うむ、君なら、そりゃそうだろうけど。それで?」

「その日本の軽空母をタイムマシンにするのだ。 できるか」

「空母一隻だと莫大なエネルギーが必要だが・・。案ずるな、理屈は同じだ。何とかする」

「いとも簡単に言うんだな、君は。 さすが、とんでもない天才だ。 頼もしい限りだよ」

「いくら天才といわれようと、金の力が無ければ実験一つできない。 天才は世界に数多くいるが、金が無いゆえに日々の生活に追われ、そのまま埋もれて消えていく」

「ということは、私たちは理想のコンビだな。 はっは・・」

「しかし、この計画を日本は承知するかな?」

「日本側は大歓迎だと思うよ。 考えてもみろ、何万という日本人の命を原爆から救うのだ、断る理由がないじゃないか」

「じゃ、米軍はどうだ? 自国の原爆投下を阻止するんだぞ。 抵抗があるんじゃないか」

 マイクは手を横にふりながら、「心配ない。軍部の中にも、私と同じ思いの連中は多々いる。 アメリカの黒歴史を消したい連中がね。 私は彼らとも懇意だ」

 「なるほど。そんへんは抜かりないってことか。 各界に顔が効く君ならではだね。 たいしたもんだ」 エイハブはとことん感心した。

「タイムマシンの完成にめどがついたら、米軍と自衛隊に接触するつもりだ」

「狂人扱いされるかもよ」

「招致のうえだ。じっくり説得する。目の前で実験して見せれば納得せざるを得ないだろう。だからエイハブ、絶対に成功させてくれ」

「絶対に完成させる。 ところで、ヘリ空母では弱いんじゃないのか。 いくら現代の最新攻撃ヘリといえどもゼロ戦に撃ち落される可能性がある。やはり戦闘機でなければ」

「その通りだ。 なので、甲板を戦闘機用に変更する必要があるな。 それも日本側に求める。 それに戦闘機でないと原爆を破壊できない。米軍爆撃機、つまりエノラゲイが原爆を投下したら、すぐさま音速で近づき原爆にロックオンしてミサイルで破壊する。 そして、音速で去る。 ヘリではスピードが遅くエノラゲイの機銃で撃ち落される可能性もある。 まさか応戦して、米軍パイロットの乗るエノラゲイを撃ち落とすわけにいかんからな。 すぐにその場を去らなければならない」

「ところで、当時日本も原爆を開発中だったと聞いているが、結局完成しなかったのかな? エイハブ、彼らの技術力で、はたして完成できたのか、科学者としての君の意見を聞かせてくれ」

「ドイツの協力の下で開発中だったということは知っている。 マイク、当時の日本軍の技術力を侮ってはいけない。原爆は終戦までに間に合わなかったが、他にも完成まじかの新兵器はあった。潜水空母がいい例だ。 小型水上機2機を搭載できる潜水艦だ。いや、これは完成はしていたが実戦に間に合わなかった。が、とんでもない発想の潜水艦だ」

「ふむ。 もし日本軍が我々より先に原爆を完成させ、その潜水空母に積んでロサンゼルス沖にでも突然出現したら、戦局は大きく変わっていただろう」

「いや、それは無理だ。 潜水空母に乗せられる小型機には原爆は重すぎる」

「アメリカ本土に投下できなければ意味ないじゃないか」

「なので、彼らは超航続距離の爆撃機を開発しようとしていたんだ。 アメリカ本土まで無着陸の。たしか・・、”ふがく”といったかな」

「へえ~、とんでもない発想をする連中だな。 だが、結局、それも完成できなかったんだろ」

「その通りだ。完成前に終戦してしまった。 彼らは悔しかっただろうよ」

「もし戦争が、後2~3年続いて、それらが完成してたらと思うと・・、ぞっとする」

 でもね、エイハブ・・、

「タイムマシンといえば、昔から誰も解けない因果関係のパラドックスというものがある。先ほどの時計では、私も何となく納得したが、全てのものに時計と同じように考えていいんだろうか? それについては、エイハブどう思う」

「君の言うように、この世は原因と結果の連続性だ。 結果が次の結果の原因となり、過去の原因が変われば、当然未来の結果は変わる」

「それじゃ困るじゃないか。我々がこの現代を変えてしまうなんて。原爆投下を阻止したら、その後の世界はどうなるんだ?エイハブ」

「それに関しては、私も熟考した。 で、大したことはないという結論に達したよ」

「大したことない・・? ふ~ん。それじゃ、未来は、いや、現在の世界は何も変わらず、このままだというんだね」

「死ななかった人のぶん人口が増えるくらいなもんだ。それに、あの原爆ドームとかいう建物も新しい高層ビルになってるかもよ。 その程度だ」

「自信のある言い方だね。じゃあ、劇的な変化というものはないんだね。 なぜそうなのか説明してくれ」

「ふむ。一つの原因についての結果、つまり未来事象は一つではない、無数ある。例えば、テーブルの上にリンゴがあるとする。それを食べる。または、食べようとしてうっかり落としてしまう。それを洗わず拾って食べる。あるいは洗おうとしてキッチンに向かう。キッチンに向かう途中で転んで・・。等々、リンゴ一つでも無数の未来事象が考えられる。 でも、おのずと常識の範囲内だ。 リンゴを落としたくらいでは核戦争は勃発しない。結果は無数あれど、それは常識の範囲内で収まってしまう。 だから、過去をちょっと変えたくらいで大ごとになりはしない」

「原爆投下を阻止することが、ちょっと変えることなのか? う~む・・。 なんだか、私には過去と未来の因果関係が矛盾だらけのように感じるんだが・・」


 マイクの下を去ったエイハブは、また研究室に引きこもり、憑かれたようにタイムマシンの研究に没頭した。

 3年後、エイハブは、またマイクの私邸のいた。

 マイクが、「エイハブ、完成したみたいだね。軽空母”いずも”をタイムマシン化できるかい」

「すべての設計図はできた。 必要な時空電子デバイスの理論も、その他何もかも解決できた」

 興奮気味にマイクが、「ほ、ほんとか! それじゃ、”いずも”をタイムマシン化できるんだね」

 エイハブは、ちょっと間をおいて、「いや、無理だ」

「な、なんでだ!今、出来たっていったじゃないか。何が無理なんだ」

「現実的ではない」

「なぜだ」 語気荒く聞き返した。

「費用がかかり過ぎるんだ」

「なんだ、そんなことか。 金なら私が出す。 いくらでも出す。 どのくらい必要だ?」

「マイク、君は破産するぞ。国家プロジェクトならまだしも個人では」

「そうか・・。よし、破産しよう。 だからエイハブ,実現させてくれ。 期限は10年以内だ」

 もちろん、エイハブも自分の研究を実現させる機会を得たのだから、飛び上がって喜んだ。

「破産するぞ」

「心配するな」 超資産家の余裕の言葉だ。

「この計画を実現させるため、君の会社で作ってほしいもんがある。 まず、スーパーコンピューターだ」

「それならすでにわが社にあるじゃないか。 それを使えばよい」

「そんなんじゃだめだ。 そのスパコンの一兆倍の演算処理能力が必要だ」

 マイクは絶句した。

「設計図はできてる。 それに使用するチップの作り方も用意してある。 なので心配するな。 君の会社ならできるはずだ」

 マイクは1つため息をついた後、「簡単に言ってくれるんだな。1兆倍って・・。 10進法の量子コンピュータでも不可能だぞ。そこまでしないとタイムマシンはできないのか」

「当たり前だ。 時空を切り裂くんだ。 簡単にはいかない。 でも大丈夫だ、設計図通りやってくれればいい。 善は急げだ。 時間が無い」

「ふ~」 ややあきれ顔のマイクであったが、言い出したのは自分だからエイハブに従うしかない。 とんでもない計画には、とんでもない装置が必要だということはマイクも理解しているつもりであったが、さすがに現在のスパコンの1兆倍の性能を必要とするとは・・。

「こんなもん出来たら世界を支配できるじゃないか。 破産どころか世界の富を手中にできる」

 出ていこうとするマイクに向かってエイハブが、

「言い忘れた。あと1つ。1秒に1京回振動する板を2枚作ってほしい。それを”いずも”の艦首と艦尾に装着する」 それを聞いて、「1京・・」 マイクは目まいがしそうになった。


 こうして、2人の”いずも”タイムマシン化計画がスタートした。


 マイクは多くの会社を所有している。 エイハブの設計図にもとずいて、全社あげてのタイムマシン開発が始まった。 が、タイムマシン開発だと知る者はマイク周辺のブレーン数人である。

 さらに一年が経過した。

「マイクどうだね、君んとこの技術者、頑張ってるかね」 マイクの私邸を訪れたエイハブがコーヒーを飲みながら聞いた。

「あ~、頑張ってることは頑張ってるけど、皆悩んでるよ。 多くの壁が立ちふさがっているからね」 マイクもコーヒーを飲んでいる。

「そりゃそうだろうな・・」 それはエイハブが一番わかっている。

 マイクは急にコーヒーをテーブルに置いて、「でも、不思議なんだ。技術者の目が、なぜかいきいきしてるように感じるんだ。 壁にぶち当たるたびに、その難問にのめり込んでいく。難解な知恵の輪を渡された子供のようにね。はっは・・」

「ほ~、そうかね。 それはよかった。何といっても現場のやる気が一番だからね」

「エイハブ、何度も聞くようだけど、タイムマシンの仕組みはどうなんだい。 今までの話ではさっぱり分からないんだど。 そろそろ教えてくれないか」

「もったいぶってたわけじゃないけど、完璧を期したいんだ。でも、概要だけでも君に話すよ」

「うん」

「5年くらい前だったかな。 君にタイムマシンを作れるって言ったよね。 君は笑いながら半信半疑だった。 いや、全く信じていなかった」

「突然そんなこと言われて信じる奴いないよ」

「でも、今は信じて、全面的に協力してくれてる。私も君の資金に甘えて贅沢な実験を山ほどしてきた。君には感謝するばかりだ」

「気にしなくていいよ。 私のためでもあるんだから」

「おかげで研究に没頭できた」

「君にそういわれると私もうれしいよ」

「君は以前、超弦論に関係あるか、ってさりげなく言ったことがあったな」

「あ~、言ったな。 それが?」

「ずばり、それだ。宇宙は振動している。全ての根源は振動する弦によってできてる、ということに行き着いた。 そして、過去も振動という形で保存されている」

「なんだって!過去が保存されている?」

「そうだ。 そして、過去の振動数を再現できれば、その時代に行けるのだ。分かり易く言うと、電波の周波数が合えばテレビが映るようなものかな」

「全然分かり易くないぞ。 友人が天才だと私も苦労するよ。 理解するのに一苦労二苦労だ」

「言い方を変えよう。 つまり、PCに例えると、ディスクにこの宇宙が始まってからのことが全て記録されてる。 こう思えばいい」

「同じだ。 全然分かり易くない。 私は、ただ君の言う通りするだけだな。 はっは」

「だから、君に強力な振動版の制作を頼んだんだ。やりとげてくれ」

「ああ」 マイクは、ただ頷くしかない。


 そして、マイクの会社は、エイハブが注文した振動版と時空デバイスを全て造り上げた。


 日本のヘリ軽空母”いずも”は順調に建造されていた。 この空母をタイムマシンにするというマイクとエイハブの計画はペンタゴンと自衛隊の上層部には、それとなく知らせてあった。

 マイクとエイハブがシャンパンで乾杯をしている。

「エイハブ、ご苦労だっただったな。 君のおかげで全ての時空装置が完成した」

「君こそ大変だったろう。大金を使ったと思うが、破産しないですみそうか」

「はっは、大丈夫だ。 それどころか今回の時空装置の副産物で、ありとあらゆる超先端デバイスが発明された。 世界中の富を手に入れられそうだよ」

「それはよかった。 貧乏なマイクを見たくないからね。 さて、次の段階に進むわけだが、どうする?」

「ペンタゴンと自衛隊には密かに根回しを進めてる。 彼らは皆疑心暗鬼だったが、興味は示してくれた。実物を見せればいやでも納得してくれるだろう。君には、彼らの前で反論できない、ありとあらゆる実験をしてもらう」 

「OK!」

 エイハブとマイクは残っていたシャンパンを一気に飲み干して、

「さあ、いよいよ最終段階だ」

 最初の計画からほぼ10年が経とうとしていた。


 後日、二人は日米の軍の上層部に、ありとあらゆる実験をして見せ、そして、納得させた。

 直ちに”いずも”の改装が始められた。”いずも”の前部と後部に直径2mの振動版が艦首のカーブにそって取り付けられ、時空をコントロールする全ての装置も艦内に運び込まれた。 もちろん、あのハイパーコンピューターも艦橋の中、ブリッジのど真ん中に設置された。

 ”いずも”に乗り込むのはアメリカ人が、マイクを除いて十人、このうち4人はF-35Bのパイロットではあるが、あくまでもこの4人は予備的存在だ。

 ”いずも”の日本人パイロットがメインである。

 他に”いずも”を操作する日本人が500人いる。この500人には詳しいことは、まだ知らされていない。

 全員に格納庫に集まるように指示が出た。

「艦長の平田だ。”いずも”の改装は、みんなのおかげで無事に全て終わった。 感謝する」

 艦長平田の左側にはマイクとエイハブを含む十二人のアメリカ人がいる。右側には海上自衛隊の幹部と、政府から派遣された役人が数人いる。

「この改装の真の目的をまだ諸君らに言っていなかったな。 それを今から言う。 我々は人類初となる重要な作戦を行おうとしている。 聞いた後、この作戦に参加するしないかは諸君らの自由だ」

 なんだろう?  興味津々のざわめきが起こる。

「この”いずも”は過去に出航する。 1945年の8月5日にだ」

 500人はキョトンとしている。 意味がわからないのだ。

「広島、長崎への原爆投下を阻止するためだ。 エノラゲイの投下するリトルボーイと長崎に落とされたファットマンを破壊する」

 ざわめきの中に笑い声も聞こえる。・・おい、今日はエイプリルフールか・・。 くすくす。

「信じられないだろうが、本当だ。 紹介する。 こちらの2人が、タイムマシンを開発したマイク氏とエイハブ氏だ。 詳しいことが知りたければ個別にこの両氏に聞いてくれ。 私に聞かれても、その~・・、どういう仕組みかよう分からん」

 またしても、小さな笑いが起こった。

「1週間待つ。 よく考えて決めてくれ」

 よう考えてくれ・・。と言われても、この500人の乗組員には何をどう考えれば良いのか皆目見当が付かない。

で、1週間後、好奇心も相まって、わけがわからない内に全員残った。 いや、残ってしまった。 という表現が適切かも知れない。

 もし、不参加の者がいて、このことをマスコミにでも話されるという心配はなかったのだろうか。

 その心配は・・、無かった。誰も信用しないだろうし、狂人扱いされるのがおちだ。


いよいよ、時空空母”いずも”が過去に向かって出航する。

「全員配置につけ!」 平田艦長の声が艦内に鳴り響いた。 おそらく緊張しているのはマイクとエイハブを含む十数人の上層部だけであろう。これからとんでもないことが始まるということを理解してる者だけが緊張し、手に汗を握っている。

「まずは、試験的に2002年に行く。日韓開催のサッカーワールドカップの年だ。 18年前だな。記憶にあると思う」

 どよめきが起こる。 ほんとか? 信じられん。 ドッキリじゃないだろうな・・。500人の乗組員は全員、未だ懐疑的である。

 エイハブが、「このコンピューターに名前を付けよう。その方がいいだろう。名前は・・、そうだな、ヘブライ語で時計を意味するシャオンでどうだろう?」

「いいんじゃないか、それで。 呼びやすい」 

「よし、ハイパーコンピューター、これからお前をシャオンと呼ぶ。 いいな」

「カシコマリマシタ」 無機質な電子音が返って来た。

「指示する。2002年の6月30日21時の横浜沖に照準を合わせてくれ。 目立たない所へな。 そこに1分ほど滞在する。その後、全ての機器に異常が無ければ直ちに最初の目的、1945、8,5、に出発だ。シャオン、分かったな」

「ハイ」

 シャオンは先だって、まず、行先に障害物が無いか調べる。 他にも、当時の天候等々、出来うる限りの情報を探るのだ。 そして、シャオンのモニターが・・、

「青になった。OKだ」 エイハブが興奮気味に叫んだ。「シャオン、行く先の天候はどだ?」

「曇リデス」

「曇りか・・。 雨の方がよかった。 野次馬に発見されにくいからな。 ま、いいか。よし!ゴーだ!」

 ハイパーコンピューター、シャオンが作動し始めた。 星の数とも思えるLEDの計器がうなり音とともに一斉に点滅し始めた。 1分ほどそれが続いた後、点滅は消え、うなり音も静かになった。

 マイクがエイハブに、「どうなった?」 心配そうに聞く。

 エイハブはそれには答えず、「シャオン、今は西暦何年だ?」

「2002年6月30日デス」

 マイクとエイハブは、やった! という顔でお互いを見た。 日米の幹部連中も、お~!と、どよめきがが起きて拍手をする中、多くの乗り組員はきょとんとしてるだけだ。実感として何も変わらないからだ。

 おい、俺たち2002年にいるんだってよ・・。6月30日で日韓WCの決勝中らしい。そんなバカな、はっは。・・このような反応がほとんどだ。

 その時、艦内の全てのモニターに外の景色が映し出されたが、夜で遠くにちらほら陸の灯りが見えるだけで2002年らしきものは何も確認できない。

 誰かが、あれ、今、昼だったはずだが・・。皆が口をそろえて、そうだ。 昼だった。 ざわつく 。おい、何だか変だ。 俺の時計が、夜9時を指している。 日付は・・6月30日・・。

 モニターの画面が変わって、WC決勝のブラジルVSドイツの試合が映し出された。 乗組員は徐々に信じ始めた。 信じるしかなかった。

 「今、近くでWCの決勝をやってんのか。 見てみたい」 誰かがいった。

 そんな状況の中、1分が過ぎ、シャオンがまたうなり音をあげ始める。

「マイク、いよいよだ。 問題無ければ1945年8月5日の正午に行く。 エノラゲイが来るまで20時間ある。その間に最終的な準備を行う」

「うむ、いよいよだな」 マイクはかなり緊張してた。

 シャオンのうなり音が今度はさっきより長い。 LEDのインジケーターがキラ星のごとく点滅する。そして、ほぼ5分後、元に戻った。

「ツキマシタ。1945年8月5日正午デス。天候ハ晴デス」

「シャオン、周りの様子は?」

「漁船ガ1隻ト100㎞先ニゼロ戦ノ10機編隊ヲ確認。 ソノ10機ハ ”カミカゼ”デス。パイロットハ明日全員死亡シマス」

 全員死亡・・。誰となくつぶやく。 俺たち、本当に第2次世界大戦のさ中にタイムスリップしたのか、、。

 平田艦長が、「黙とうしたいところだが、勘弁してもらおう。そういう時代だったのだ。漁船は無視してよい」

「漁民ガコチラニ向カッテ手ヲ振ッテイマス」

「はっは、そうか。 よし、全員通常の持ち場につけ。甲板に出たら漁船に手を振ってやれ」

 ”いずも”の乗組員は全員小走りに、それぞれの持ち場に急いだ。

 日米の幹部連中は、明日の作戦についての最期の詰めに忙しい。

 ”いずも”は広島沖50km隔てた小島の陰に身を潜めていた。 旭日旗をはためかしているいるんだし、隠れる必要もなかったが念のためだある。

 マイクとエイハブは大型パネルに映し出されてる艦外の景色を見ていた。

「マイク、今のところ全て順調だ。軽く祝杯するかい」

「いや、それはだめだ。 皆働いてる。 祝杯は全て終わってからだ」

「そうだな。ところで、エノラゲイはすでにテニアン基地でリトルボーイを積み終わってるだろう。機長はティベッツ大佐だったな。米軍のなかにも原爆投下に反対する者が数多くいたらしいね」

「反対を押し切ってくれてれば、我々もこんなに苦労することもなかった」 アメリカの過去を美化したいマイクはため息をつくだけである。

 美化をするには原爆投下以外にも消さなければならない黒歴史がアメリカには沢山あるが、今のマイクは今回の作戦だけで、今のところ頭がいっぱいだった。

「終戦まで、後1週間か・・。4年間もお互いよく戦ったものだ。 それが、将来友好国になるんだから、戦争って何なのか考えてしまう」

「そうだな。私たちが作り出した、このタイムマシンで過去の悲惨な戦争を少しでもやめさせることができればな。 シャオンできるかい」

「オ手伝いシマス」

 はっは・・。 マイクとエイハブは笑うしかなかった。 二人とも無理だということを知っている。 シャオンも知っていながら忖度して手伝うといっただけだ。

 人類は誕生してからこれまで、ず~と悲惨な戦争の連続で、いくらタイムマシンでも、それを消すことは出来ない。 せいぜい、今回の原爆投下を阻止するのがやっとだろう。

 夜は更け、8月6日になろうとしていた。


   ② リトルボーイ  につづく


 





















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