千の魔眼
黒炎が宙を舞い、辺り一帯を焦土へと変える勢いで燃え盛る。委員長とエリスの2人とは違い。相手は余裕があり黒炎を受けても平然としていた。と言うより、空間が捻じ曲がる様にして黒炎が避けているのを見れば何らかの魔法で防いでいると分かる。
歯噛みをしながら相手を取り巻く黒炎を操り一撃を浴びせようと躍起になる。なにせ相手に勝つまで逃げ続ける事は不可能、重い石像を背負ってまで行方を暗ませれば苦労はしないだろう。それに、相手に一撃を浴びせでもしなければ逃亡は図れない。
「チッ! こいつは一体………」
正体不明と言える存在。ラプラスと名乗る相手を実質、1人で相手にするには荷が重かった。魔導具を持たないエリスを守り、石化してしまったリヴィアを連れて逃げ出せれば良いのだがそう簡単にはいかない。
「我々の仲間になり、学園で入手した情報を定期的に渡す………もちろん貴方達は何かあれば僕たちが守らせてもらいます。どうです、良い話では? そして、この場をやり過ごすには………」
「小鳥遊さんから更に奪うと? 冗談も大概にしてください。私は負けていません!」
黒い炎を形造っては、甲高い声を上げる炎鳥を相手へと嗾ける。爆風を撒き散らし周囲を巻き込む一撃を加えるが、これまた容易に防がれてしまう。攻撃手段が増えれば突破することが可能と言えなくもないのだが、ラプラスの力量を把握してはいなかった。
「やっぱアタシが………」
「大丈夫です! 私がなんとかします!」
「なんとかって………」
不安気に見守るエリスだが、そうせざるを得ないのには魔導具が無いことと体術では相手に敵わなかったからだ。エリスは森人族の特徴を持ち合わせていながら、獣人族と渡り合える怪力を有している。
筈であるのに全く相手にならないところを見ると、ラプラスを相手取るには役不足であった。それも真っ向から相手にされず一発一発の攻撃を避けられてしまっているのだから、どれだけの怪力であったとしても勝つには厳しいだろう。
「アタシも前に………」
「無理です。こちらの情報は既に筒抜け、それが証拠にリヴィアさんは相手の俯角を取り石化してしまいました。エリスさんも相手にならなければ私も………」
強力な複合魔法を習得したまではいいが、十全に扱いきれていないのは明白であった。魔法戦においては他者の追随を許さない程に上位の実力を持ってはいるが、ラプラスの様な相手では流石に敵わない。
「それに加えて魔眼も有ります」
魔眼を所有している可能性がある。感じた気配から誰かに見られている感覚、まるで心の内側を覗く様な感覚に魔眼を所有しているのではないかと疑っていた。しかしながら魔眼に関して疑っている懸念は別にあるのだ。
「魔法か、それとも魔眼か………」
「どっちにしても石化されちゃダメじゃないのか?」
石化されたリヴィア、彼女ほどの存在が容易に石化されてしまうには強力な魔法や魔眼だからという理由で片付けるには無理がある。習得が非常に難しい魔法による石化は身体の表面のみ作用するのに対し、魔眼は体内まで石化させる事が可能だ。
それも魔眼特有の発動条件、視ることで能力が発動させられるのは非常に簡単で容易には防ぎ難い。リヴィアが石化させられたとしたら、圧倒的に後者によるものだと考えた方が良いだろう。だと言うのに石化の魔眼を使用してこない。
「石化ともう一つ………もしくは数々の魔眼を行使出来るのが奴の能力」
「えぇ、その通りです! 僕は幾つかの魔眼を行使出来ます。流石にどのくらい魔眼を所有しているか言えませんがね?」
「クソッ、この野郎………」
エリスの代わりと言わんばかりに委員長は暴言を吐く。その当人は平常心を保っている所を見れば気にしてはいないと言える。だがしかし、幾つかの魔眼を行使出来ると言った以上は最悪と言える魔眼を所有していると言っても過言ではないだろう。
「エリスさんがあれだけ攻撃しても、掠りさえしなかったのも納得です」
「つまりどう言う事だ?」
「少し先の未来さえ見透せることさえ可能と言う訳です。もっと簡単に言えば、阿波踊り位は余裕でさせられます」
「分かったよ! さっきは阿波踊りにしか見えなかったんだな。そうだろ!?」
石化に未来視の魔眼、魔法を容易に防ぐ魔眼すら操れる。そんな存在に一太刀でも浴びせられれば状況は好転するはず。だと考えても全て効かなかった以上、逃げる選択肢を選んだ方が良い。委員長は仕方ないと溜め息を吐きつつ、相手へと近付いていく。
「い、委員長………?」
「もう少し詳しい話をしましょう」
「詳しくですか………」
「えぇ、仲間になっても良いと言ってるんです。分かりませんか?」
「ちょ、委員長! うぐっ………」
裏切るのかと言い掛けるエリスは咄嗟に口を噤む。何らかの作戦だと判断して成り行きを見守る。だが話し合いが長くなるにつれて、エリスの表情は苦虫を噛み潰したようになっていく。そしてとうとう仲間になった代わりとして互いに握手を交わした。
「「………」」
どちらも笑顔溢れる表情のまま握手を継続するが、少しずつ不穏な空気が漂い始める。一向に握手をしたまま手を離す気が無いのもエリスは訝しみ、先程の表情から一転して疑いの眼差しを向けつつ拳を握った。その次の瞬間、委員長とラプラスの周囲に黒炎が吹き溢れ出す。
「なっ!? これは一体、どう言うことですか!?」
「未来視の魔眼を欺く、それには視る事が条件となれば………」
魔眼を発動して周囲を観察するラプラス、だが黒炎で視界を塞がれ腕を掴まれた状態である。未来視の魔眼が映し出した光景に驚き、身体を硬直させたラプラスは感じた気配から振り向く。そこには魔力を腕に纏い、握り拳を撃ち込もうとするエリスの姿があった。
「ぐはっ!?」
腹部へと容赦無く撃ち込まれたラプラス、吹き飛ぼうとする身体を反射的に耐えさえた後に膝を付く。強力な一撃だったと言うのもあるが、エリスが撃ち込んだのは単純な拳ではなく魔力である。相手の肉体へと相当な負荷を与える為に、魔力を纏った拳は効果的であった。
「ぐぁぁぁあああーーー!!!」
「エリスさん、いったい何やったんですかっ!?」
「い、いや、小鳥遊が言った通り。魔力を纏っただけの正拳突きを………」
「「………」」
いまだに苦しむラプラスを気の毒そうに見る2人は、そう言えばと脳裏に過った言葉を改めて思い出す。人に対して魔力を安易に撃ち込むな。そう言われた事を思い出しては、こうなると言いたかったと理解する。
「魔力の件はともかく。よくもまぁ未来視対策が出来たな」
「未来視の魔眼は自身が見た未来のみを映し出しますからね。逃がさない様にすることと、黒炎での視界を遮断してしまえば良いんです。他者の乱入や石化されてれば、今頃はどうなっていたか………」
ラプラスの息がまだあると分かり安心した後、エリスに返事を返す。最後まで石化の魔眼を使用してこなかったのには感謝するしかないと内心で呟く。そう言えばと、石像となったリヴィアへと視線を向ける。マンドレイクを使った薬を用意するしかないと考えたところで………
「ふふふっ………最初からこうすれば良かったのです」
「ま、まさか………」
いつの間にか石化したリヴィアへと近付いていたラプラスは、石像の破壊を試みようとしていた。出来るだけ遠ざけていたのもあり止めようにも相手の方が近い。最悪とも言える展開を阻止すべく、反射的に動き出して魔法を放とうと身構えるのだが杞憂に終わった。
「うぐっ!? 貴様っ!」
ラプラスの首を掴み持ち上げた状態でいるリヴィア、身体を拘束していた石化の破片は粉々に崩れて消え去っていく。完全に石化されてしまったと考えていたエリスと委員長は驚きで固まり動きを止めた。驚くのも当然だろう、自力で解除が可能だというのにこの時になって動き出したのだから。
「リ、リヴィアさん………?」
「失礼。いきなり石化され、張本人を締め上げようと思って近付くのを待っていたのですが………なにを警戒してか全然近付いて来なかったので骨が折れました」
「良かったな。マンドレイクの薬は必要ないみたいだぞ」
「エリスさん、そう言う問題じゃないんです。それに相手は………」
形勢逆転し締め上げられたラプラスを見ると、少しずつ色が変わり土塊となって消えていった。リヴィアの不満そうな表情から、相手に逃げられたと判断する。




