別れ
魔法が世界に存在しており生活に強く根付いているのであれば、必ずと言っていいほどにある物といえばそれは何か………そう学び舎である。数々の街が存在し多くの人達が生きていくのであれば、様々な事を学べる場所は必要不可欠であった。
"第一魔法学園"
これから入学するであろう予定の学園は世界的にみて有名である。全国各地から、様々な人達が受験に訪れては失敗していく。なにせ年間で約一万人もの受験者数がおり、入学者数はその中で千人は超えているとされる。
全校生徒も併せれば三千人は軽く超えると言われていた。そんな魔法学園が人気とされている理由の一つには、星の数ほどある多くの学園の中でも本格的に魔法が学べると言う点だ。
この世界にある魔法は、魔道具さえあれば発動自体が簡単な上、本格的に学ぼうとするとそれなりに金が掛かってくる。そのせいか世界に存在する五カ国同盟に入っている国々が、それぞれの学園へと出資を行ないつつ各国でそれぞれ所有している。
目の前には一組の男女がいた。とても若々しくどこからどう見ても仲の良さそうな、付き合いたての恋人同士に見える二人組。行き交う人々は近くを通る度に彼等を見て振り向くが、二人は付き合いたてでもなければ、ましてや恋人同士でもない。
すでにそういった関係はとっくの昔に消えているのだから………
「それじゃあ父さん、母さん、行ってくるよ」
そう別れの言葉を残しその場を立ち去ろうとするが、すかさず両親の手によって止められる。名残惜しそうにする両親ならば必ず止めてくる、そういう性格をしているのは昔からだ。
「もう少し、居てくれてもいいんじゃないか? 出発するには早すぎるだろ?」
「………いや、もう時間だから行くよ」
父親である彼は黒髪に赤い瞳を持った男性。美形であると同時に今でも二十代中頃にしか見えないほどであった。しかも、とある会社の社長を務めるエリートであり、数百人の社員を抱えてはあまつさえ専属の秘書を持っているイケメンでもある。
もしも私が女性ではなく、男性として生まれていても間違いなく殴っていただろう。他者から見ても見た目以上に性格が良い、よっぽどの悪意で迷惑を掛けなければ怒らない。そんなサバサバとした特徴があり知り合いからよく慕われているのだ。
誰の目から見ても完璧、殴らない手はない………
「そうねぇ〜?お父さんの言う通りまだ行くには早すぎるんじゃない?もう少しゆっくりしても………」
次に声を掛けてきたのは母親である。ゆるくウェーブがかった金髪を腰の辺りまで伸ばし青い瞳を持った女性だ。胸元はふっくらと盛り上がって柔らかそうに見える。もちろんそれだけではなく、腰は引き締まっており経産婦とは思えない身体をしていた。
「それで、実際のところ本音は………?」
「「行かないでッ! 見捨てないでッ!!」」
本音はどうかと問われ、互いに顔を見合わせた二人は無表情のまま改めて顔を前へと向け直す。そして大の大人がまるで置いてけぼりにされそうな子供のように泣き喚く。必死になって懇願する姿を見れば、誰もが頭を抱え印象的に信用が下がるだろう。
この両親は極度の心配症に加えて親バカである。生まれもってしまった容姿に影響を受けたのか、事あるごとに何でもかんでも心配をしだすのだ。家庭、学校、友人関係などなど挙げればキリがないくらいに心配をされてきた。
「父さんはな、心配なんだよ。私達の所を離れて何かあったらすぐに駆けつけられない。もしも事件に巻き込まれたり最悪、大怪我なんかしたらと思うと……」
「父さん、ありがとう………」
現在地から目的地である場所まではかなり遠く。幾つかの移動手段があるが、基本的には列車によって移動しなければならない。そのために学園自体が所有している女子寮へと入る事になっていた。
親元を離れればそう簡単に会える訳ではないので、心配症である両親からしてみれば苦痛なことには変わらないだろう。ただ最後のお別れではなく数ヶ月の間、顔を合わせないだけである。
「だからな、これが最後になるかもしれないからなんでも言ってくれ。父さんは何でも願いを叶えてやるぞ!」
「ん? いま何でもって………?」
「そこまでは言ってない」
父親が放った言葉につい反応してしまう。何故なら先程からずっと思っていた事が一つだけあったからだ。本人は少しばかり後悔しているが、この後は拒否する事は目に見えていた。ただ早速とばかりに叶えてもらおうと思い願い事を口にする。
「じゃあ!その願い事だけど………」
「なんだ?言ってみろ?」
「とりあえず私から………離れて?」
「………」
行かせないと言わんばかりに、腰元にしがみついて離さない様子だ。他者からして見ても鬱陶しい事この上ないだろう。願い事として言ってみたがどうやら叶えられないらしく、無視を決め込んでいた。
横目で辺りを見回して見てみれば、近くにいた人達がこちらを見ていた。
声が届く距離にいた子供からは「なにをしているの?」と言う純粋な疑問を投げ掛けられ。更には母親らしき人物に、気にしない様にと顔を背けられる始末。唯一、抱きついて貰えて羨ましいと言葉を投げ掛けられるが嬉しくない。
助けてほしい。空を見上げて誰かしらに状況を好転せて欲しいと願えば、運良くその最悪な状況を解消してくれそうな人物が居た。手刀を構え、今にも振り下ろしそうな母親だ。狙いも定め躊躇いも無さそうな雰囲気に頼りになると感じた。
「も〜、こらっ!」
「痛いっ!?」
さすがに見ていられなかったのだろう。手刀により現実へと引き戻された父親は、頭を押さえて痛そうにしていた。それに対し母親はそうとう不満があったのだろう、文句と言えるような言葉を父親に向かって放つ。
「貴方?………そこは私の特等席ですよ。ほら、早く退いて下さい」
「「………」」
その後は両親による説得によって、列車は既に発車していた。当然乗り遅れたのは間違いなく、予定が大幅に変更されたのは父親と母親、両者の責任問題によるだろう。もちろん二人が満足であるのは疑いようの無い事実であった。




