9話
商談へ出かけ、執事のダーウィンから経理について教えてもらう。
正直私がいなくても執事一人で管理できるぐらい仕事のできる人だ。なんで執事に留まっているのと思うぐらいに。
「あの人とは長いんでしたっけ?」
「先先代から仕えております故、旦那様のことは幼少期からご一緒させて頂いてます」
記憶操作すごいなと他人事のように思う。
罪悪感を抱かない私は少し変なのか…でも事実は記憶操作があったということだけ。ここに気をとられるのでなく、私は私のやりたいことを優先しないと。記憶を戻すことはもちろんだけど、彼を知ることも。
「あの人のことですが」
「はい」
「本調子じゃないでしょう?」
「……左様ですな」
少し考えてから執事は答えた。
「どうしたら、元に戻ると思います?」
執事は黙った。
十中八苦私に原因ありだとしても、「あなたのせいですよ」とは言えないし、仕様がないだろう。
「体調はもういいんです。彼が気にしてるのもわかってるんですけど、私はいつもの彼が見たくてですね…」
「……旦那様は奥様のこととなると一際敏感でらっしゃる。心配で仕方ないのでしょう」
「私、あの人が困った顔をするのが嫌なんです。私がいなくても仕事に支障はないし、友人とはあんなに楽しそうにしていたし…」
「そんなことはございませんよ」
「そうですか?」
「えぇ、この数日、旦那様は上の空でした。仕事はこなすものの、落ち尽きなく奥様の元へ何度も訪れ、普段見ることのない溜息もよくついておられました」
「上の空…」
「不躾ながら、仕事をお休みになられてはと進言致しましたが、旦那様は何もしない方が怖いと仰っておりましたね」
「そう…」
「それと、私用で仕事を休むと奥様に怒られるとも仰ってました」
その言葉に、ぶわっと視界に広がる何か。
『仕事休んだ?!』
『うん、会いたかったから』
『私用で有休とるのは勝手だけど、あなた今日の会談ドタキャンしたわけ?!』
『大丈夫だよ、トリーがうまいことやってる』
『そういう問題じゃないわ!予め決められた予定ならきちんとリスケしなさいよ!』
『今日がいいって先方がね』
『で、あなたは仕事中の私に急に逢いたくなったからドタキャンしたと』
『うん』
『余程私のことが好きなのね』
『それはもう。君が考えてる以上に』
『言われればきちんと会うし、予定もあけるわ。急なのは相手方に失礼よ』
『本当真面目だね。疲れない?』
『は?』
「奥様?」
執事の言葉に我に返る。
「あ、大丈夫。そういえば、怒ったこともあったかしらね」
「旦那様は奥様に怒られても嬉しそうでございました」
「え、それはちょっと…」
「いいえ、奥様を深く思ってるからこそ、表情1つ1つが嬉しいのでしょう。奥様のことをまた1つ知れたと喜んでおられました」
「そ、そう、なの…」
彼は怒るときも不機嫌なときもあった。
自由過ぎて私には理解できないこともたくさんあった。けど、それを知り受け入れることができる相手なのは確かだった。
この記憶は。
「さて、本日はこのぐらいに致しましょう。旦那様が商談からお帰りになる頃です」
言われ、私は執事とともに玄関へ向かう。
この世界の力のおかげか、彼が時間通りに動くからか(こちらはあまりなさそうだけど)、程なく彼は帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
このやり取りが懐かしく感じる時点で私は彼に、もしくは違う世界の私に感化されてるのだろうか。
「はい」
持っていた花束を渡される。私の好きな花。
「あ、ありがとう」
彼は薄く微笑んだ。困った顔はしてなかった。
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『花がすきなの?』
そう聞かれたからイエスと応えた。私の国には頻繁に花を送る習慣はなかった。
なんてことない日に花を買うのは私自身割としていた。花屋が見えたから、とかこの時期はこんな花咲いてたなとか。ひらめいた日に花を買ってた。だから花をなんてことない日に持ってきてくれる彼には感謝していた。
「リズ?」
「…あ、ごめんなさい。聞いてなかった」
紅茶を飲みながら、また違う世界の記憶にいっていたらしい。にしても随分小出しで。大事なとこなんだろうか。どう見てもありきたりなところのようだけど。
「社交界、どうしても外せないのがあるって話」
「あぁ…」
「誤魔化してはきたけど、国の代表相手だからね。さすがに一度は会っておかないと」
「そうね…」
ダンスは習ってたことがあるからなんとかなる。
来場する面子の情報は詰めるしかない。言葉遣いも勉強し直しか…さすがに国関係の貴賓対応はしたことがない。対応の仕方には注意が必要だろう。
「気をつけなきゃいけないことは?」
「大きくはない。けど、カーリス侯爵がくる」
「だれ?」
「異邦者の君を一番最初に気づいた魔法使い。国の防衛を任されてる」
「あぁ」
彼女は私をバラそうとした。違法者の私に限らず幼女の私ですら。ということは。
「ばれてるの?」
「いや。疑ってはいるだろうね。違和感があってでも確定要素がなくて困ってるのさ」
そしたらなんらかのアクションがあるだろう。
最悪攻撃されると考えててもいい。
彼女は異常に敏感だ。私が幼女になってもかまわず攻撃してくるのだから。
「書き換えた記憶が戻る可能性は?」
「ほぼないと言っていいかな。この世界の理に干渉したから、覆すのは難しいんじゃない?」
なにかとてもすごい言葉を聞いた気がする。
私の前いた世界でそんなこと言ったら、おかしな人扱いされるんだろうな。中二病とも言われそうだ。彼の今の力なら本当のことだとわかるけど。
あの女性のことは今でも少し怖い。
直接対面したわけではないけれど、ぶつけられた感情は膨大で能力のあるものだとすぐにわかった。
でも。
「OK、その日まで仕上げるわ」
「うん、ありがとう」
やるしかない。私は私のために、あらゆる手段を使う。
そのためには彼のことをより知る必要がある。
この社交界は逆にチャンスだ。