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8話

「…僕の奥さん」

「…はい?」

「夫婦ということに、してる」

「あー…」

あぁ確かになんて思ってしまった。


なにせ、今まで見てきた彼がいた世界で大体が結ばれていたから。

夫婦という形をとることもままあったし、なによりこの世界でなにも関係がなく侍女でもなんでもないのに男性の家に住んでいる女性はいない。

婚約してる男女が結婚するまでに一時的にとか、まだ恋人だけど婚約を目前としてるとそういう時だけだ。

この世界この時代で、同棲という概念がまだあまり浸透してないみたいだしシェアハウスなんて論外。だとしても。

「夫婦…」

「うん」

「……いえ、わかるのよ?そうするのが1番手っ取り早いし、他の世界での私たちのことを考えれば妥当なのよ」

「……」


なにが納得できないのか考える。

これが記憶があれば納得したのだろうか?そも今の私が彼が好きだった私の記憶を思い出して彼を好きになるの?

嫌いではないし好意はある。けどそれは夫婦になるとか恋人になるとかそういう類の好意ではまだない。

「あの…」

「うん」

「私、貴方と恋人同士だったときの記憶も戻ってないし、今はほとんど顔見知りに近いの」

「うん」

「だからね、また最初から始めない?」

「……?最初から?」

「記憶をどうしたとか、ここにきたのがどうとか、夫婦にしてるとか気にしないわ。おいおい思い出すこともあるでしょうし。ただ今の私は貴方を知らない。だから知るところから始めてみたいのよ」

おっと上から目線だったかしら。

でも言いたいことは合ってる。

「幸い、私は貴方に興味あるし嫌いじゃない」

「いや、…え?」

彼から戸惑いが見えた。頭のいい彼のことだから中身はわかってると思うけど。

「責任がどうとか言ってたけど、そう言うなら私と恋愛し直して」

「僕は…君を、元の世界に」

やっぱり。

「そうね、貴方の言葉のニュアンスから前の世界に私一人戻すつもりだったんでしょ?本当かどうかはわからないけど、だから無理に記憶を全て戻そうともしなかった。違う?」

上塗りで記憶誤魔化して元の世界に戻した方が効率良さそうだもの。

「……」

私の目を見つめ彼は口をつぐんだ。

私は彼の言葉を待った。彼は少し悩んで、観念したかのようには瞳を閉じた。

「…わかった」

「……ありがとう」

「ただし」

ただし、場合によっては元の世界に戻ってもらうと。

私の命の危険が及んだ時、もちろん私が戻りたいと言ったときも。

すべての記憶を思い出して気持ちが変わるかもしれないと彼が言う。

「記憶を思い出すのも目的ではあるけど、1番は貴方との関係を今の私で始めたいのよ」

「…君らしいね」

「そう?」

「当面ここにとどまるなら、君には妻としていろいろお願いすることがでてくる」

「かまわない。元よりそのつもりよ」

彼の妻としての仕事をしつつ、私は彼と最初からやり直す。やり直すという言葉は適切じゃないかしら?

だって今の私は彼と出会ったばかりだから。

「よろしくね。…あ、改めて自己紹介でもする?」

「大丈夫。僕の名前はわかる?」

「フィル…フィリップ・エディラ・コールウォーン公爵、よね?」

「…そうだよ…よろしくね、リズ」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「早速なんだけど」

翌日早々に彼の仕事部屋へ呼び出された。

書類の山が彼の右手側につまれている。そうか、この世界この時代はパソコンなんてものはないのか。

「折角だから、ある程度の事務仕事はしてもらおうと思って」

「大丈夫よ」

「簡単に言うと郵便物のチェックと振り分け、ものによっては返信もお願いする。他には毎日の書類の仕分け、屋敷の経理処理は執事のダーウィンと一緒に。商談は同席しなくていいけど社交界で顔を合わせるから相手方の情報はつめてもらう。最初はこのあたりからかな。あとは様子を見ながら任せる仕事を増やすよ」

「わかりました」


彼はずいぶん仕事ができる。

出納を確認すればだいぶプラスの収支、整理されている書類の束等はきれいにまとめられているし、中身も細かいわりに見やすい。

処理スピードを見ても、私がいなくても全く問題なさそうだった。

「休日以外は仕事もあるからほとんど君にかまえない。少しでも関わりがあった方がいいと思ったのと単純に周りから変な疑いがかからないように」

そう彼は言っていた。

私がいつまでも調子が悪いからと篭ってたらあらぬ疑いをかけるものいるだろうと。病弱な奥様設定してもいいけど、そうすると今度は休日の過ごし方に影響もでる。

私にはこれが幸だった。なにもしないでいるのは性格的にも耐えられない。

日本という世界での記憶以外は一通り見てしまったし、頭痛や眩暈も今のところなかった。

へたに考えてしまうよりなにか作業をしてる方がよかった。

日本では事務職だったから仕事はつつがない。しかもこの世界のことも知れるし、交遊関係等から彼のことを知れる。ありがたい提案だった。

私はこの世界に馴染まないといけない。

もちろんバラけるなんてもっての他だけど、帰る気なんて早々ない。

全て思い出したとしてもだ。

彼が私に余程ひどいことをしてるなら話は別だけど。


あの宿屋のことがあった私と、それ以外の日本の私は同一。確証はない、思い出せないことがまばらになってるし、そうだと断言できない。

けど、いくつもの私がいる中で、顔が瓜二つなんてことはないし、別人だとしたら類似点が多すぎる。となると、抜けている記憶が間にあるだけで、時間軸は宿屋のことがあった後に記憶がないままこちらに来たが妥当。


彼は一体なにをそんなに背負っているのか。何を気にしてるのか。そこを解決していかないといけないけど、たぶん思い出せてない部分が分かれば解決する話だろう。

彼には初めからやり直し、みたいに言ったけど、それはほぼ時間稼ぎ。

私の最善はただ思い出すことだ。

彼を知ることも同時進行。知ることと思い出すことは恐らく同義。つながるもののはずだ。



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