7話
「…あ、ありがとう」
結局、客間のソファに座らせられるまで抱えられたままだった。
私の隣に彼が座り、その隣にご友人であるティムが座る。
そうだ、やっと彼の愛称がフィルだとわかった。フィル…フィリップ、300年前での彼の名前だ、間違いないだろう。
「えーちょっと俺、隣に座りたい」
「駄目」
と私のことを見ながら言うご友人に彼はぴしゃりと言い放つ。
思っていた以上の冷たさ。私に対する腫物扱うような態度はどこにもない。
「過保護ー」
「なんとでも」
「本っ当あからさまだよな。社交界にはださないし、商談も最近ずっと外でしてんだろ?」
「それが?」
紅茶がでてくる。
飲めばちょうどいい熱さで、さっきの眩暈を癒すにはちょうど良かった。
「おまえ、それ度が過ぎると軟禁だぞ?犯罪だぞ?」
ぴくりと彼の体が僅かに揺れた。たぶんティムは気づいてないぐらい僅か。
この動揺…前の世界でのことでも思い出したのだろうか。
記憶を消した後に誘拐して軟禁とはいかないまでも、勝手に宿屋に放り込んだことは、彼にとっては後ろめたいことになってるのかもしれない。
私はご友人から見えないことを確認して、そっと彼の手をとった。
やわく握る。本当ただそえてるだけぐらいのものだった。
触れた瞬間、彼の手は僅かに震えたけど、表情にはなにもでてない。ポーカーフェイスは相変わらず上手なのね。
……ん?
………私今なんて考えた?相変わらず上手なのね?彼のことを録に知らないのに?
「なー、こいつのどこがいいわけ?」
身を乗り出して私に聞いてくる、ご友人のティム。
意識がそちらに向く。
「え、どこって」
その前にティムの言葉のニュアンスから私は彼の大事な人だとわかる。関係性をどういう方向で書き換えたのだろう。
赤の他人を屋敷に住まわせるわけにはいかないから、ある程度親密な関係にするのはわかるけど、そういうことは早めに教えてほしい。どう口裏あわせればいいのかわからないじゃない。
「こいつ性格悪いし!顔はまぁそこそこで財産はあるけど、わざわざフィルを選ぶ必要ないだろ」
「ティムに言われたくないな」
「お前よりは善良だぞ、俺は」
「どうかな…この前も女性を泣かせてたし、その前は商談相手を泣かせてたろう」
「お前ほどじゃねぇよ!」
「失礼な。僕がいつ誰を泣かせたって?」
お、不機嫌顔がなかなかの顔になってきた。
この妙に自信ありますな表情、こういう根本的な性格と言うのか彼のあり方みたいなのは変わらない。こっちの方が断然いい。
まぁ話してる内容は仕様もなさそうだけど。
「ひでえ…散々遊んでたくせに」
「誤解を生む言い方はよしてもらいたいね。話し合いはお互い納得して終わってるさ」
「なあ、こいつの女癖の悪さ知ってた?商談相手にだって容赦しねえし、俺だってこいつに泣かされてんだぜ?」
「え、あー…」
急にこちらに話を振られても…私は彼に関して思いだしきれてないからわからない。
まあ性格と見た目、他の世界の彼を考えれば泣かされた人は多いだろう。それで敵ばかりにならないところが彼の人徳でもあるわけで。
「きちんと話したし、全部精算したし、リズも許してくれてる」
「脅したんじゃねえの?」
「つくづく失礼だな」
「…ふふ」
この掛け合いに思わず小さく笑ってしまった。だってすごく彼が自然でいてくれる。私はこの姿が見たかった。
そんな私の様子に驚いたのは彼だった。こちらを見て僅かに眉根をあげて。
「?」
すいっと彼の視線が逸れる。少し戸惑ってるようだった。
ご友人であるティムとさして会話という会話をできないまま別れた。
玄関外まで見送り、大きな扉を彼とくぐる。
執事と侍女を下がらせ私たちは共同部屋へ入った。
紅茶を自分でいれながら、彼は軽くため息をつく。
「…本調子じゃないのにごめんね」
「いえ…」
急にトーンダウン。いや正確に言うなら一切彼の声音や態度に変化はない。
けど、先ほどのティムに対してとは違うのが、なんとなくわかる。自然体を装ってるように感じるのだ。
「あの」
「ん?」
先ほどの飲んでいたものと違う種類の紅茶を渡される。
それを受け取り、彼に声をかけてみた。彼は軽く頷きながらソファに、私のとなりに腰掛けた。
「ここでの、私とあなたの関係って何?」
「…ん?」
「話のニュアンスからすると恋人?今日みたくお客さんがきたり屋敷の人たちの前でのこともあるから、どう記憶操作してるのか確認したくて」
「……うん…………」
「うん?」
「……」
「…?」
笑顔で黙る彼。
なんなの、話しづらいことなの?
「…聞いて、怒らないでね?」
「…はぁ」
「……」
「……」
「…僕の奥さん」
「…はい?」
「夫婦ということに、してる」
「あー…」
あぁ確かになんて思ってしまった。




