6話
私は時間を潰すがてら屋敷内を散策した。
図書館かと思わせる書物庫、応接間や過去のこの屋敷の主たちの肖像、彼の仕事部屋は鍵がかかっていたので入れず、そのまま庭に出るとこれまた広すぎて驚いた。
あぁでも気晴らしにはちょうどいい。
この、数日は息が詰まるようだった。落ち着いて考えるにはとてもいい。
バラが植わった場所を通りすぎ、さらにすこし奥へ進むと大きくしっかりした大木に手作りのぶらんこが作られていた。
そんなに古くないところを見ると手入れはしていたのだろうか。なんてことなしに座ってみれば、軋む音もせず、漕いでも問題なかった。
「あぁ、そうか」
懐かしさがあったのは、これは私が主で彼が従者であったときの記憶か…あの世界の私たちは小さい頃から一緒だったな。
私の家は大きくて、庭にはブランコがあった。
時間を作って彼と庭の中にはいって遊んでいたな。
そのうち彼はブランコに乗らなくなって側に立つだけになったけど。
彼の言う色んな世界に私自身がいることはなんとなくわかった。
姿形は違うけど、あれはみんな私自身だ。
会話なんてものはできなかったけど。
散策を続ける。
庭には畑もあった。庭師が手入れをきちんとしてるのだろう実りもいい。
シーズンでなかったけど、バラ園も手入れが行き届いていた。
まだ深く森の中を探索しようか考えてたところに、何かがピンと来た。
彼が帰ってくる。
不思議、これもこの世界で私が持ってる能力なのだろうか。
足早に屋敷の方へ進む。草木を掻き分けて出たところで、屋敷の大きな扉の前に彼が見えた。
「あ…」
私の知る彼だ。笑っている。隣にいる相手に。
見れば、彼のとなりにいるのは同い年くらいの男性で、ずいぶんと親しげだった。
容貌は違うけど、覚えがある。違う世界で彼の親友だった。この世界でも縁があるのか。
彼の笑顔、会話こそ聞こえないけどその雰囲気に独特の自信と不遜さを感じる。
そうだ、これが彼なんだ。やっと、やっと見ることができた本来の彼。
「…………な、で」
あぁ。私、泣きそうになってる。
悲しかった。私の前では困った顔しかしていない。なのにあんなに自然に笑っているなんて。
彼が何かを察して、視線をこちらに向けた。呆然と立ち尽くす私と目があう。
「あ…」
強い眩暈。
同時に彼を見たくなくて視線を反らした。だって私を見たら彼は表情をかえる。見たくなかった。
逸らしたのがよくなかったのか、眩暈がひどくなり、バランスを失う。
逸らした視線を彼にもどすと、焦った顔をしてこちらに走るのが見えた。
あぁ、私、また倒れるのかと冷静に受け止める。
「……リズ…!」
あ、この世界での名前でよんでくれてる。
それが少し、嬉しかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「…ぁ」
先ほどと違ってそんな長い時間意識は手放さなかった。
すぐに目の前が開ける。
抱えられてるのがわかって目が覚める。
「起きた?」
彼の友人が近くにいる。
扉をくぐったばかりでまだ広い玄関にいた。
「…え…あ、お、おろして…!」
「駄目だよ、まだ眩暈あるでしょ?」
彼の横顔はなんだか不機嫌だった。
「過保護だなー」
「五月蠅い」
「いやでもラッキーだわーお前やたら会わせたがってなかったし」
今日も無理だと思ってた、とご友人。ん?今日も?
彼は盛大にため息をついた。
「…帰らせてればよかった」
「そう言うなって!」
笑う。彼はもう笑ってなかった。変わらず不機嫌だった。
「眩暈はもう大丈夫なので、」
「駄目だって言」
「なー、折角だから一緒にお茶しよーぜー」
軽い…しかも彼の言うこと遮って…そのせいか彼の眉間のシワが深くなる。
困った顔よりマシだけど、この不機嫌さはあからさまだ。
「ティムいい加減に」
「フィルには聞いてないぜ」
「は?」
お嬢さんにきいてるとご友人、あぁ火に油を注いでる。彼の怒りなどなんのその、ご友人であるティムは私の顔を覗き込んできいてくる。
「気分悪くなったらやめるから、ちょっとだけ。な、いいだろ?」
「……は、はい」
眩暈は正直少し残っていた。
けど、このまま同席してみたかった。彼がここ以外での顔をするのを見てみたかった。
私の前ではしない、たくさんの表情。
いろんな世界で見た彼の姿を見られる気がした。