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15話

遠乗りに決まった。

確かにいい天気、快晴という言葉がぴったりだった。確かに外出したくなる。

「どこにいくの?」

ここからだと行けるとこに限りがあるので、今回は街とは反対方向、領地境でハイキングといったところか。

お付きはなし。嫌そうにしてたけど、彼は決めてしまうと譲らないから、いつものこととばかりに準備がされていた。

持ち込んだカゴの中をこっそり見る。うん、ご飯がとても美味しそう…。

「リズ、つまみ食いはだめだよ」

「誰が!」

「リズはご飯に弱いよね」

笑われる。

どうやら私は美味しいご飯を追求してるようで、シェフと話すのも増えた。

話せるようになったということは、だいぶ屋敷に慣れたなと自分では思ってたけど、まさか周りからそう見られてたなんて。 彼の話を今聞いて驚いてる。

「…食事は美味しく食べたいじゃない」

「そうだね。シェフも喜んでるし」

さしずめ同志というところ。花のことでも庭師と話が盛り上がるあたり、私は屋敷の女主人としては異質なのかもしれない。

それでもうまくやれてるなら、それでいい。私も楽しくすごせてるし。


彼ともだいぶ距離は詰まったと思う。

元々あった壁は彼が作っていたわけだし、それがなくなれば変わることに間違いはない。

けど、私が今どうにも踏み出せてないことを悟ってか、彼は前より改善されたものの、どこかで距離を保っている。

器用すぎてわかりにくいけど、私を恋人や妻と見てるけど私がそのラインに行ってないことを知って深く踏み込んでこない。

もちろん挨拶のキスやハグはある。それも社交界や屋敷の中、人前でしかしてこない。夫婦共同部屋で一緒にいてもせいぜい髪を撫ぜて私の髪をいじってくるぐらいだ。

それが心地好くて、その一瞬の時間が好きだった。

それが前の世界の私の記憶からくるものだとしても、今この時に幸せを感じられることを優先してた。


「着いたよ」

「わ、」

森を抜けると連なる丘、ゆるい風が花や草を揺らして、その匂いが鼻を通る。

前の世界でも私は自然が好きだったな。それは今ここにいる私も同じだ。

「すごいわ」

「気に入ってよかったよ」

馬から降りて食事をとる。

ただ、青い空を眺めて、時折流れる雲が何の形をしてるか思いをはせながら。

彼が本を読んでいるなら、彼から見える範囲で丘の上を歩いたり、紅茶を飲みながら風の音だけ聞いていたり、たまにゆったりと彼と話して。

そういう時間を忘れていた。

ずっと緊張してて思い出すことに囚われて精一杯だった。

そういった意味では私もひとつ何かの壁を取り払えてるのかもしれない。

成長してるのか、私も。


「リズ」

馬に乗って帰ろうという頃、なにかに気づいた。

一瞬の頭痛。敵意がきている。

「フィル…」

「大丈夫」

手で制される。

誰かが見ているが感覚でわかった。姿は見えないけど、4人くらいだろうか。

「賊だね」

最近領地境で出てるという話はあったけど、そこは隣領地と話し合いと解決に向けた対策をとっていたはずだ。自警団の結成と見守り…王都への許可も得ていた。

「残党だよ。把握してる数と合ってなかったから」

「…どうする?」

「リズはこのままで」

すると、森が唸った。

社交界で彼女と対面した時と同じ種の悪寒がやってくる 。

程度は圧倒的に彼女が強いことがわかるが、今回は四方から力の本流がやってきた。

木々を燃やし灰にして力はすぐに私達に到達した。

けど、それもすぐに跳ね返される。

彼が力を使えばこの程度なら苦もなく消せるだろう。あえて返したのは相手の居場所を特定するためか。

4人の男。そこまで遠くにいなかったから、私からも視認できる。

バラけてからの再編成。

駄目だ、見てられない。

私にはこの世界のバラけだけは性に合わない。頭で理解してても。

森がバラけから戻る。彼は追わなかった。

「いいの?」

「あぁ、把握してる人物だからかまわないよ」

違和感がないということはあちらは去ったということだろう。自警団に任せることと、隣領地への連絡をしないといけない。


「リズ?!」

「え…?」

こちらを向いた彼が慌てて私の顔を起こす。

ひどく心配した瞳が見えた。

「フィル、どうかした?」

「それはこっちの台詞だよ」

顔色が相当悪いらしい。確かに気分はよくないけど。

「すぐ元に戻るわ」

「君はまたそんなこと言って」

嗜めながらも、彼の手が私の髪を通り、頬を撫でる。

私が好きな所作、静かに瞳を閉じて委ねると安心で満たされていく。

私が彼の手を堪能して、ゆっくり目を開け微笑むと、彼はそこで苦笑しつつもほっとしたようだった。

過保護ぶりはあまり変化ないのか。

「辛いときは辛いって言って」

「えぇ」

「…わかってる?」

「もちろん」

確かに気分は悪いけど、具合が悪いわけじゃない。

彼のおかげで落ち着きも取り戻した。後のことは彼が対応するだろうし、ゆっくり帰ればいい。

そう思って、彼から離れて馬に乗ろうと踏み出した、そこで私はうっかり。


「…あ」

「リズ!」

彼が馬に一瞬気を取られて初動が遅れた。

助けられる間もなく、自分でもどうにかできなく、私は綺麗に転んだ。

「いた…」

「リズ!」

今度は大丈夫じゃなさそうだった。右足首を痛めたのか、鈍痛が止まない。

立ち上がれたけど…馬にはなんとか乗れるかどうか。

フィルが私の足首の具合を見てから、遅れて立ち上がる。

「…よし」

「フィル」

「掴まって」

「え?!」

軽く抱え上げられ、馬に乗せられる。

彼も一緒だ。

私の馬は手綱をフィルの馬とつながれ、私は馬の上で彼に抱え上げられた状態のまま、ついには進み出した。

「フィル!私、馬に乗れるわ!」

「だめだよ。足首痛むでしょ?」

「遠乗りに問題はないわよ」

「リズが言うことは当てにならない」

特にリズ自身のことはね、と彼。多少無理言ってるかもしれないけど。

このままで帰るって決めたからとまで念を押される。

「……」

「納得いかないでしょ」

「そりゃそうよ」

「いいじゃないか、こうして僕に甘えるのも」

「甘える、ね…」

仕方なしに彼に体を預けてみる。

あたたかい。

無性に泣きたくなったけど、こらえた。私はなんで泣きたくなったのか。

「……」

タイミングよろしく、彼が片手で私の髪を撫でる。

やっぱりあたたかい。

「…あぁ」

「どうかした?」

「いいえ」

上から降りて来る彼の声音がひどく優しい色を帯びている。

彼はいつも私を思って触れている。

わかっていたけど、それを私はここに来てよくわかった。

今の私は、彼が好きだ。

違う世界の私達とは関係なく、今ここに存在してる私が彼を好きでいる。

意地張って、わざと客観視して、紛らわせてたけど。

彼と時間をすごすこと、彼に守られてること、彼に触れられることが、とても嬉しい。

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