12話
「…?!リズ…?!」
彼の声で我に返る。ひどく焦っていて今にも泣きそうだった。
「…フィル…」
「大丈夫?」
「えぇ…」
あぁ、そうか。
「カーリス候爵、これはどういうことか、納得いくご説明は頂けるんでしょうね?」
「フィル」
彼女が答える前に彼を制す。
見れば周りの視線はこちらに集まったがすぐに日常に戻った。
それほどまで、バラけることはこの世界にとって当たり前のこと。
ここで騒ぎ立てる方がおかしい。
彼女の疑念に拍車をかけかねない。
「……」
私を抱く手に力が入る。彼も感情を抑えている。同時によく理解している。
酔った勢いでつい力を使ってしまったなんてことは、社交界でもなくはない。
今回のように能力に長けてる人物にわざとバラしてもらうことだってある話だし、彼も私もその現実をよく知っている。
「ん?どうしたんだよ、フィル」
先ほどまで話していたティムがこちらに来る。
なんとか感情をしまい込んだ彼は「なんともないさ」と言って、佇まいを直した。
あ、とティムが得たりと笑う。
「ヤキモチか?女史とリっちゃんが仲良くしてるから!」
「…全然違う」
「えーお前が機嫌悪くするときって、大概リっちゃん絡みじゃん。ここに連れてくるって決まってからずっとお前眉間に皺よってるし」
どうやら彼は私が社交の場に出ることを嫌がっていたらしい。
ティムにだって見せたくないのに他の男に見せるなんて、とティムは彼がそう言ったって言ってるけど…彼は黙ってるからなんとも。肯定ととってよさそうだ。
「逆です」
私たちにかけられた声。彼女だ。
先ほどの疑念や殺意はなく、ただの笑みを添えてやってくる。
「私が妬いてしまったのです」
なにせ、彼は自分の誘いをそでにしつづけてるからと、彼女。
私を最優先にしていること、社交界で初めて見てそれが事実であったこと、少しは仕事に重きを置いてくれてもいいだろうと少し苛立っていたと彼女は言う。
「まぁこれで真剣だってこと伝わってよかったじゃん?」
「なんでティムに言われなきゃいけない」
「いや、お前の遍歴考えるとだれも今回の結婚が本気だって信じてないと思うぜ…」
そこで、会話が聞こえてた人は失笑。どういう女性遍歴の記憶になってるのか。
ひとまず場は和んだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「君の決めた人だから、どれだけ優秀なのか試そうとしたのです」
「候爵…」
「初対面なのに失礼しました。今度会うときはゆっくり話しましょう…まぁ、貴方の夫が許すならというところではありますか」
そういって、彼女は去っていった。
一難去った…乗り切れたことに安心し彼を見やると残念な気持ちがわく。
フィル、顔に出てる。嫌そうな顔。
社交の場はダメでしょうと、そでをすこし引くと彼はこちらを向く。
眉間に指を当てて伝えると、すっと真顔に戻る。
ティムがこちらに向き直り、笑顔のままフィルをつついた。
「貸しな。貸し」
「どこをどう捉えてそうなる」
「ひでえーな!お前、本当リっちゃん絡むと視野狭いんだよ」
より笑うティム。
周りも日常のまま、今のやり取りで疑念を抱いた人はいなかったよう。
あの時…日本という世界で。
間に入って能力を使った彼は焦っていて、力の加減ができなかった。
力が爆ぜて、相手も私も力の影響を受けた。
私は壁に打ち付けられ、彼が私の名を叫ぶ声を遠くに聞きながら、なんとか意識をつなぎとめた。
ここで、気を失ってはいけないと感じたから。
薄く開かれた視界に彼がうつる。
泣きそうだった。
私は彼に大丈夫だとそれだけを伝えつづけた。彼は自分が悪いと思ってるし、自分を責めている。違う、ただ起きてしまっただけだ。
私はおかげで助かってる。私に少しでも力があれば、彼がこんな顔をすることはなかったのか。
違うそうじゃない。私も彼もこれに捕われてはだめだ。
そう伝えようと思った。思っただけで言えなかった。そこで私は気を失ったから。
「リズ?」
彼に呼ばれる。不安げな声音に私は笑顔を送った。
「大丈夫、続けましょう」
社交会はまだ少しある。挨拶回りだけでもすべて終わらせた方がいい。
「……挨拶すんだら帰るから」
私の言いたいことを察したのか否か、残りの挨拶回りを手早く済ませた。
最後にティムにまた声をかける。
「なんだ、帰るのかよ」
「やるべきことはした。正直、すぐにでも帰りたかったんだ」
「へーへー、本当過保護だなぁ」
「候爵の魔法だぞ?レベルが違う」
「確かにな。女史も本気だったし」
でも、リっちゃん強いから問題ないじゃんとティム。
「自分の魔法だけで跳ね返せるレベルだし」
「はぁ…」
「ま、それでも君の旦那様は心配みたいだけど」
と笑う。ティムとは結局数える程しかあってないのに、呼び名はフランクだわ、態度は旧知の仲とばかりだ。
唯一彼が見誤ってたのは私の魔法という能力にあたるポテンシャルか。
私はこの世界に来るにあたり彼の影響を受けた。
言うなれば私の力は彼と同等。
となると、軍部へ勧誘されるレベルで強いということになる。
目の前で倒れて、なかなか会わせてもらえない深窓の令嬢のような扱いだった私が実はとても健康で強いんですとは思えないだろう。ティムが驚くのも無理はない。
「また屋敷にいらしてください」
「え!いいのー!!いくいく!!」
「リズやめてよ、こんな奴屋敷の中にいれるなんて」
「でも、ティムがいるとフィルはとても自然だわ」
「リズ、君何を勘違いしたらそうなるの」
「リっちゃんいいこと言う!」
俺がいないとダメなんだよなー!と加えると、彼はティムを小突いた。
潰れた声をだすティム。本当にこの人たち上流階級の人なのかしら。
でも、やっと、やっとここで、私と彼は笑えたんだ。




