11話
さて、どうしたものか。
フィルは比較的近くにいるとはいえ、私が彼女と接触したことに気づいていない。
ティムはフィルと話してる。たぶん視界には入っているはずだけど。
「すぐに夫を」
「その必要はない」
私と話したいと候爵は仰る。彼女から感じるのは疑心と敵意。敵意はあくまでかくれてはいるけど…。
「私としたことが、婦人のことをさっぱり知らなくて」
「…名ばかりの公爵でしたので」
そりゃそうだろう。
私の情報としてあるのは彼の妻、その前は公爵令嬢。彼と同じで早くから両親がいないため、社交も顔を出さず、事業する前に嫁いだ。というところまではティムを通して流布されている。
元々この世界での私は、私という存在がいることへの違和感をなくした程度。
彼のようにこの世界での実績がすこしでもあれば後付けという形で生い立ちがついてくるけど、私は結局何もない。
あらかじめ当たり障りない設定を彼がティムに話していたから、それがこの社交の場でいかされているだけだ。
やはり、力のある彼女からしたら私は疑われる要素ありなのだろう。
けど、私が異邦者であることは書き換えられている。
異邦者であるかもという疑いはかからないはずだ。
となると、彼女は何に対して疑心を抱いているのか。
「公爵には日頃世話になっていまして。彼の実力なら軍部中枢でも十二分に活躍出来る実力ですが…なかなかいつも誘いを袖にされてまして」
「候爵からのお誘い…身に余る光栄です」
「いいえ、最近様子がおかしいと思ってたところに、貴方の話がありましたから合点がいきました。軍部に所属すれば帰りは遅くなります。帰れない日もありますし…新婚の彼には帰って貴方との時間がとれない等とは言語道断だったのでしょう」
「そんな…」
「おや、貴方のことを意気揚々と話しつつも連れだってこない彼には皆ヤキモキされたものですよ」
どうやら極度の愛妻家みたいになって流布してるか…。
ティムと初めて会ったときも、なかなか会えないから会ってみたかったとか話してたしな。
「私の体調も気遣かってくれたのかと」
「あぁ、そうでした。息災ですか?ここ最近まで体が優れなかったと聞きましたが?」
「えぇ…環境の変化に慣れなくて…しばらくお休みを頂いてました」
そして、これからはコールウォーン公爵の名に恥じぬよう努めます、この一言でしめだ。
どんな回答をしようとも、彼女からの敵意と疑心は消えない。
当たり障りのない会話は短く簡潔に。
印象にもさして残らない程度に。彼の今後にも悪影響出ない程度に。
「えぇ、また彼には改めて挨拶しましょう」
「はい、夫にも申し伝えます」
言って背を向ける彼女。私も彼女に背を向け、彼のもとへ戻ろうと思ったとき。
背筋が痺れるような感覚が襲う。
これは警鐘。身の危険だ。
「あぁ、やはり貴方は疑わしい」
振り向く途中に彼女と目が合う。
彼女はこちらに向き直し、敵意を隠してなかった。
同時に空気が振動する。
バラける。
周囲がざわめく。
空気の熱が上がる。
種火はないのに火の粉が舞う。
空気の色が変わる。
赤く染まり、重圧がのしかかってくる。
周りは逃げるとか悲鳴とか切迫したものはない。バラけても元に戻れるから。
けど、周りの人を巻き込みたくなかった。
いくら周りがかまわなくても、彼女がそれをかまわなくても。
私自身がバラけるのもいやだし、周りもバラけてほしくない。
跳ね返すしかない。
どうすればいいかは直感頼りだった。幼女のときに魔法という能力を使ってたときと同じ。
見えない力を形にする。跳ね返せる巨大な鏡。見えなくても作れる。できる。
「リズ!」
彼女が力を放つその瞬間、彼が間に入る。
手を伸ばして彼女の放つ力を相殺しようと。
「!」
あぁ、見たことがある。
1番見たかった。あの時も同じように何かが割れる音がした。
力と力がぶつかって、それは爆ぜた。
爆発と粉塵、風が舞って火の粉が噴煙に変わる。
「ぐっ…!」
爆ぜた力を受ける。大丈夫どうにかなってる。最後の一欠けらが頭を叩いたけど問題ないだろう。それが彼の力だから。
力を受けてわかる。同時に走り、間に入って、能力で止めに入った彼を覚えている。
見たことがある。
『やめろ!』
そうだ、見たことがある。前の世界で、私が記憶操作される前のもの。
あの時も私に向けられた殺意から彼は守ろうとしてくれた。




