三話 風木涼太
照人と蓮の前に現れたのは風木涼太だった。風木は照人と目線が合った途端に顔を紅潮させた。対して照人は不気味な風木に対して警戒態勢をとった。
「やぁ…照人君。話すのは初めてだね。僕の名前は風木涼太。なぜ君の前に現れたかというと…ハァハァ…君に僕の心が奪われたからだよ。」
風木は興奮を抑えきれないのか目を見開き口元から涎を垂らしていた。そんな風木に照人は動揺するが何とか冷静さを保ち質問を投げかけた。
「心が奪われた?どういう意味だ?」
「そのまんまの意味さ。フフッ、僕は強い男に目がなくてねぇ…。君の圧倒的な強さを見てビビッと来たよ。」
風木は照人の顔を下から覗き込む。舐め回すように照人の顔を見た後に言い放った。
「君こそが僕の運命の人だってね。」
風木は舌舐めずりした後に人差し指を照人の胸につき当てた。照人はひどい嫌悪感と寒気に襲われた。
その様子を側から見ていた蓮は風木の手を掴んで牽制する。だが、その行為が返って風木の怒りを買った。
「何するんだ…。君には興味ないんだよ。邪魔だ…。消えろ。」
風木は鋭い回し蹴りで蓮の腹部を打った。蓮はそのまま吹っ飛ばされて地面に背中を強打した。
蓮はあまりの痛さに顔を歪めて悶絶している。しかし、風木は休む隙を与えずに無抵抗の蓮の顔に蹴りを入れた。
風木は怒っていた。自分の邪魔をする蓮に対して。それだけでない。蓮が自身が心酔している照人と非常に親しくしていることに腹が立った。
照人に近づいていいのは自分自身だけなのだと風木は思っていた。
気づけば蓮は棒切れのように地面に横たわっていた。そして風木がトドメをさそうとしたその時だった。
「やめろ。風木。俺の友達に手を出すな。」
照人が風木の攻撃を制止する。風木は「なぜ邪魔をするんだ」と怒った。
「ふざけんな。」
「僕は君のために君のためを思って…。フフッ、君にわからせないといけないんだね。」
風木は照人の顔に渾身の右ストレートをお見舞いした。だが、寸前のところで照人は左手でそれをガードする。
すぐさま風木は照人の睾丸めがけて蹴りを入れた。照人はモロに喰らいそのままうずくまった。
「フフッ。殺す気できなよ。君の力はそんなもんじゃないだろ?君はなんたって僕が惚れ込んだ…」
「ーーお望み通り殺す気で行くぞ…。覚悟しろよ風木。」
照人は表情を変えた。一次試験で見せた表情だ。風木はそれを見てニヤリとした表情を見せる。
「たまらないなぁ。たまらな…グベボッ」
風木が動くより先に照人は風木の腹を殴りつけた。拳が腹の奥の方までめり込み、内臓を押しやった。
風木は堪らず地面に両膝をつき腹を両手でかかえてその場で大量の涎や唾を吐き出した。
風木が顔を見上げると拳を振り上げている照人の姿が。照人の瞳に光はなくただ目の前にいる風木を一方的に殺そうとしているかのようだった。
「ーー素晴らしい。これが君という人間の本性だ。圧倒的な武力を行使することに愉悦を感じるんだろぉ?敵を蹂躙したくて堪らないんだろぉ?フフッ。最高だ。」
照人は風木の言葉に聞く耳も持たずただ機械のように風木を一方的に殴った。風木は抵抗することもなくされるがままに殴られる。
次第に照人の拳は赤く染まっていってた。着ている服にも血が飛び散って付着していた。
その光景を目の当たりにして蓮は立ち上がった。止めなければいけないと思った。このまま続ければ風木は死んでしまい照人は殺人を犯してしまう。
蓮は照人の背後から腕を回し蓮の攻撃を止めようとする。だが、構わず殴り続ける照人。
「もうやめてくれ照人!このままじゃ風木が死んでしまう!そうなったら照人が殺人犯になる!お願いだからやめてくれ!」
蓮の必死の叫びが届いたのか照人の攻撃は一旦止まった。照人が振り返ると蓮は涙を流していた。その様子を見て照人は我に帰った。
「俺は…一体…何をして…。」
照人の前には血まみれでボロ雑巾のように横たわる風木。そして背後には傷だらけの顔から涙を流している蓮。
照人は一体今までに何が起こったのかわからなかった。無意識のうちに自分が何かをやったのだろうか。
「蓮…俺はもしかして…暴走して?」
「照人。バカ!お前、危うく殺人を犯すところだったんだぞ!」
蓮のただならぬ様子に照人は自分がやってしまった事を思い出す。風木相手に本気を出したところで正気を失ってしまった。
如何なる時も照人は意識的にリミッターをかけていた。心に住む何か邪悪なものが出てこないために理性を保つように努力していた。
だが、友達を傷つけられてリミッターは解除された。悪意に染まった照人は蓮を傷つけた風木を絶対に倒す敵と見なし一方的に蹂躙してしまった。
このまま続けていたら風木は死んでいた。蓮の声がなかったら殺人犯になっていた。
「すまん。俺、理性を失って…。」
蓮に対して頭を下げる照人。自分がやったことは決して許されるものではない。そんなことはわかっている。
「頭を上げてよ。別に僕は起こってるわけじゃないから。いや起こってはいるけど…それより僕のために戦ってくれたことが嬉しかったから。」
蓮は照人の肩をたたいた。そして何も言わずにそのまま神風軍本部へと歩いていった。
照人は蓮の優しさに感謝した後、目の前に倒れている風木に声をかけた。
「やりすぎたな。ごめん。たてるか?」
手を差し伸べる照人。だが風木は強引に手を振り払った。口内の血を吐き出した後に大きな声を出した。
「なぜやめたんだ!僕は!キミに殺される事を望んでいたのに!圧倒的な力で僕を惨殺してくれよ!」
風木もまた別の意味で何かに取り憑かれた人間なのである。風木涼太という人間は幼い頃から過酷な環境で育ってきた。
風木一家は依頼された仕事を必ずこなす裏の世界では名の知れた「殺し屋」だった。風木涼太も僅か7歳の頃に始めて人を殺めた。
人を殺めることは呼吸する事と同義。生きるためにそれをする事は言わば必然なのだと教えられた。
それから当たり前のように人を殺し続けてきた風木涼太だが、ある日の依頼の最中に自分のしていることが間違っている事に気付いた。
それは殺しのターゲットの女の人に言われた言葉だった。
「あなたは本当に可哀想。殺人なんてしても真っ当な道を進めない。こんなに若いのに正しい道を外れて生きてるなんて。きっとあなたは天国には行けない。それでもあなたが今からでも間違いに気づいたら…。人を殺めるのではなく人を救う術を知ったら…あなたはまだ変われる。まだ若いのだから。」
その言葉が脳内に残り続けた。その日を境に「殺し屋」一家から逃げ出して自分がやってきた罪はどうすれば償えるのかを模索してきた。
何をやっても人を10人、20人と殺してきたのに許されるはずがない。
ならどうすれば良いのか。そうだ。自分を超える強さを持つ者に惨殺されれば少しは許されるのではないか。
そう思ってこの試験を受けた。神風軍に入れば恐ろしく強い人間がいる。そこで殺されれば自分は許される。
「なのになんでだ!なんで僕を殺してくれない!僕は殺されることで初めて許されるんだ!殺せ!」
「お前が死にたいのなんてどうでもいい!でも神風軍に入ろうとしたのは誰かを救いたいって思ったからだろ?だったら死ぬな。お前の力で救える人もいるかもしれないだろ。」
風木はその言葉にハッとする。本当はわかっていた。誰かを救いたい。殺してきた人達以上の人間を助けたい。
罪滅ぼしにはならないかもしれない。それでも救える命を救いたい。だから神風軍の試験を受ける事を決意したのだ。
「フフッ、僕は…人の命を救えるのかな?」
「救えるか救えないかじゃないだろ。救いたい!その気持ちが大切だと俺は思うぞ。人の想いの強さってのは時に何倍もの力になるから。」
そう言い残して照人は去っていった。歩き去る後ろ姿を見て風木は頭を下げた。照人のことをただ圧倒的な武力を行使したいという願望に取り憑かれた人間だと思っていた。だからこそ照人に殺されるのが本望だと思った。
しかし違った。照人は自分に本来やるべきことを思い出させてくれた。自分がやるべき事は死に急ぐことではない。
救える命を救うことだ。一人でも多くの人間を助けることが贖罪なのだ。
「ありがとう。照人君。君のおかげで大切な事を思い出せた。」
風木は立ち上がり神風軍本部へと歩み始めた。決意新たに風木は例えこの体が朽ち果てようとも人の命に代えても人を救うと誓った。