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ぼっしゅうシリアス


 日比野野乃花は天才である。

 そう言われて彼女のことを見てみれば、なるほど、と頷く場面がちらほらとある。

 嘘だ。


「いやでもさ、実際日比野さんって美術の特待生なんでしょ? 少なくとも絵画の才能があるって認められてるじゃん」

「僕は認めん」


 なんだそれ。と亮太があきれ顔をする。

 だがそれは僕の本心なのだ。野乃花は天才ではない。


 まあ、たしかに? 野乃花には僕よりも絵のセンスはあると思う。僕が絵を描くと皆して「心が汚れてる」「もっと人生に希望を持って」とか言うが、野乃花に対しては誰もが口をそろえて「すごい」だ。僕も奴の絵を見て「はぇー」となる。

 が、それだけだ。

 天才というのは書いて字の如く「天が与えし才能」を指すのである。

 神が野乃花に才能をギフトしたというのなら、幼馴染としてほぼ一緒に過ごしてきた僕の方にも何かしらお零れがあっても不思議ではない。着弾時に上がった飛沫の一つや二つを浴びてるはずだ。むしろ照準をミスって僕にだけギフトをくれたというのも可。


 逆説。僕は普通の男子学生なのだ。であるならば野乃花もまた少し絵が得意な普通の女学生に違いない。


 そう力説してると、だんだんと可哀そうなモノを見る目を僕に向けてくる亮太君。


「……つまり信吾としては、双子のように過ごしてきたのだから日比野さんが天才と言われるなら信吾も天才であるはずだ、と?」

「まとめるとそうだな」

「でも君たち双子じゃないじゃん」

「だが幼馴染だ」

「無敵じゃないかな、そのワード」


 ふと、そこで何かに気付いた顔をする亮太君。


「バカと天才は紙一重……」

「おい止めろ」


 このタイミングでのその発言は大いに悪意があると僕は思います。


「だけど、そう考えれば信吾の言うこともあながち間違いじゃないことになるし」

「その場合、僕は神様から才能をもらったにはもらったが、それはただのゴミだったってことだな」

「ガチャで言うところの(ノーマル)だね。で、日比野さんはSSR」

「それこそ僕は認めないぞ。リセマラの方法を教えろ」

「仕様上、無理じゃないかな」

「人生のリセットボタンはどこだああああ」


 ギャースカと駄弁っていると、とてて、と話題のSSR引きの豪運の持ち主が近寄ってきた。


「慎吾ー、ガチャしたいの? はい、じゃあ私が今やってるソシャゲのガチャさせてあげる。一回だけ無料で引けるんだって」

「くそー、最低レア来い最低レア来い最低レア来い」

「信吾、その発言がすでに最低だよ」


 亮太を無視して、差し出されたスマホの画面をタップする。

 画面に映し出されたお花畑の中心に、今新たに芽吹こうとしている一粒の種。それが枯れるように祈ったが、僕の思いに反して、種が割れるとそこから緑色の葉と茎が伸び、豪華なカットインが入ったかと思ったら大輪が咲いた。


「あ! これ今やってるイベント限定の最高レア! 慎吾、ありがとう!!」

「…………どーいたしまして……」

「天罰が当たったんだよ」


 そっちは当たらなくていいやつだよ。




 ◇




「慎吾」


 その日の放課後。

 昼間に亮太含めた友人たちと散々人生のリセマラの方法について談義した結果、そんなことより今日の放課後ゲーセン行こうぜ、ということになった。いそいそと帰り支度をしていると、野乃花が部活に向かわずに僕へと声をかけてきた。


「どしたん」

「……その、ね。今日、お昼に信吾がSSR出してくれたガチャの件なんだけど、ね」


 普段何考えて生きてんのか知らないけど、いつものほほんとしている野乃花にしては珍しく言いずらそうな様子。

 ったく、僕はこれから青春を謳歌しに行くってのにタイミングが悪い。


「亮太―、僕ちょっと遅れるってあいつらに言っといてー」

「おー。先行ってるからなー」


 おー。

 僕たちの様子を窺っていた亮太に後のことを任せて、野乃花に向きなおす。


「で、どしたん」

「……その、ね。信吾がガチャしてレアカード出してくれたじゃない」

「おう、僕のなけなしの運勢を吸って生まれたアレな」

「あんまりにも嬉しくて一緒のゲームやってる友達とかに見せびらかしてたの」

「…………」


 イベント限定の最高レアとか人によっては課金してでも欲しい奴だよな。

 僕の幼馴染は無邪気に人を煽る畜生だった。


「そしたら大西先生にスマホで遊んでるの見つかって没収されちゃいました……」

「因果応報だな」


 鞄を持って立ち上がった立花さんが「どの口で……」と言ったが気がしたが、問いただす前に彼女は教室を出て行ってしまった。

 ちなみに大西先生とは我がクラスの担任教諭である。


「これから返してもらいに職員室に行くんだけど、心細いから一緒に来て」

「えぇ……」


 他ならぬ幼馴染の願いだ。無理のない範囲なら叶えてやりたいが、僕にとって職員室は魔窟と同義である。

 優等生として通っている僕だ。怒られることなど何一つやっていないというのに、職員室に入ると、ほぼ毎回先生方のうちの誰かに呼び出されて「今度は何をやらかして報告に来たんだ」と勘違いされる。その度にナイーブな僕の心に傷跡を残していくのだ。

 できることなら近寄りたくもない。が。


「お願い! 慎吾だけが頼りなの」


 野乃花が困ってるようだから。


「……しゃーない」


 その理由だけで僕は重くなっていた腰を上げた。


 今の僕の心境は勇者である。困った誰かを見捨てられない。そんな正義のミカタなのだ。

 勇者が向かう先は人外魔境の職員室。装備は(かばん)一つのみ。

 けれどどうしてだろう。不思議と職員室に潜む脅威たちに僕は負ける気がしなかった。背負った野乃花の想いが僕を奮い起こす。


「行くぞ村人よ」

「野乃花ですけど?」


 ノノカ が パーティ に くわわった!


 学校というのはダンジョンにも似ている。たくさんの物影があり、念入りに探索を繰り返していけばお宝を見つけることもある。


「慎吾、自販機の下を覗き込むのそろそろ卒業しない?」


 埃っぽくなった僕の胸元を野乃花がぽんぽんと叩くというイベントスチルを開放させつつ、そんなこんなで職員室に到着。


「「失礼します」」


 礼儀正しく、ぺこりとお辞儀までして完璧な所作で魔王城に忍び込んだ僕たち。


「あっ、初野君! ちょうど良いところに。こっち来なさい」


 速攻で僕は副担のゴリラに捕まった。




 ◇




 昨日の放課後、僕が発端となって始まったバスケ大会からいつの間にかエスケープしたことをねちねちを怒られた。

 発言に責任を持てとか何とか。何か緊急のことがあったのかと心配したぞとか何とか。

 まあ良い先生なんだろう。クールな僕にはちょっと熱量が高すぎるけど。

 素直にごめんなさいして解放されたころには、野乃花は自分の用事をさっさと片づけ、職員室の外で僕のことを待っていた。


「お勤めご苦労様です?」

「ああ、娑婆の空気はうまいぜ」

「怒られるようなことしてるからだよ」

「ふん、勉学に勤しむはずの学校でスマホゲームしてる不良には言われたくないね」

「信吾は何時まで経っても子供だねぇ」


 ふふふ、とお姉さんぶって背伸びをした野乃花に頭を撫でられた。解せぬ。

 何となく流れで、美術部まで野乃花を送ることになる。


 職員室での滞在時間は十数分と言えど、部活に熱心な生徒の多い我が校では、すでにあちらこちらで部活が始まっている。

 吹奏楽部のブラスバンドの音色。陸上部の準備体操の掛け声。演劇部の声出し練習。

 誰かに言ったことはないが、今しか聞けないこれらが混じった音が僕は何気に好きだった。帰宅部なのに放課後に時間があるならブラブラと学校探検をして時間をつぶすほどに。


「慎吾、部活が盛り上がってる音好きだよね」

「……………………いいえ?」

「嘘だぁ。バレバレだよ」


 スマホを取り返せたことがよほど嬉しかったんだろう。野乃花はさっきから上機嫌に廊下を歩いている。時折スキップするので、もしかしたらパンチラしないかと僕は目を光らせていた。

 野乃花は家族同然の幼馴染だ。小学生の頃なんかは泣かせるほどスカート捲りをしてやった。正直野乃花の股座に興味は尽きている。だがパンチラと言うのは、ただその現象だけで男を惹きつける神秘である。見飽きたとか見慣れたとかとはまた別次元の、崇高なものなのだ。


「ね、信吾」

「ふん?」

「私って美術の特待生じゃん。私おバカだから普通のテストじゃ信吾と同じこの学校に受からなかったけど、絵を描いたら皆が褒めてくれて、それで特待生ってことで入れたんだよね」

「ふん」

「大西先生がね、言ったの。皆とは違う方法で入学したのだから、言動に気をつけなさいって」

「ふーん」


 たかだか学校で一回スマホゲームをしていたぐらいで没収は厳しいと思っていたが、あの担任もいろいろと考えての処置だったらしい。少し前を歩く野乃花のスカートをガン見しながら僕は相槌を打った。


「野乃花が特待生なことに嫉妬する頭おかしい奴らがいるから気をつけろってことだな」

「どうすればいいのかな」

「そんなの簡単だ」

「えっ」

「特待生なこと関係なく、周りからバカにされないぐらい勉強しろよ」


 振り向いた野乃花がうへぇと顔になっていた。


「……ぜ、善処します」

「もしくは――」

「もう勉強はしたくないです!」


 野乃花ってそんなに勉強嫌いだったっけか? 高校受験の頃は普通に一緒に勉強してきたはずだよな、と内心で首をかしげる。


「周りからバカにされないぐらいスンゲー絵を描いてみせるとか」

「へ」


 野乃花の口が丸く開いた。


「聞いたところによると、野乃花、お前は絵を描くことの天才なんだとか」

「どうしてそんなにフワッとした情報なの。慎吾、私の幼馴染でしょ」

「僕は別にお前のこと、天才だとか思ってないからなー。なんで野乃花、美術特待で入れたの?」

「私、褒められてるの? けなされてるの?」


 絵がうまいのは認めるけど。

 だがそれ以外にマイナス点が多すぎる。勉強はできない、家事もできない、運動はとろいし、最近毎朝自らを天日干しする奇行がある、などなど。

 勉学でも芸術でも、何か一点でも常人を突破してれば世間では持て囃されるものなんだろうけど、ずっと付き添ってきた身からしたらマイナス点はマイナスなのだ。プラス点が補填されることはない。


「せめて炊飯器ぐらいまともに使えない内は天才だなんて僕は認めない」

「これやっぱり私ディスられてるよね?」

「だまらっしゃい」

「むぐ」


 お米を洗剤で洗う系女子の口をふさぐ。

 

「とにかく。絵が上手いだけでのおバカな野乃花が一緒の学校に通うことを認めない阿呆どもには、正攻法だ。真っ正面から堂々と奴らをビビらせる絵を描いてみせりゃいい。わかったか」


 野乃花自身が勉強できないので選択肢がそれしかないのも事実だ。だけど、凄い凄いと言われてる才能で周りの醜い嫉妬をまとめて叩き潰すというのも爽快だ。それに分かりやすい。僕の幼馴染なんだ。野乃花も負けず嫌いだろ。自分の得意なホームで周囲を納得させてやれ!


「むぐぐー」


 そこまで言うと理解してくれたようなので解放してやると、はーはーと危ない人のように息をする。


「く、苦しかった……」

「鼻は抑えてなかったんだから、そっちで息しろよ」

「……やだ、恥ずかしい」

「…………」


 美術の天才性に賭けておいて何だが、鼻呼吸を拒否する幼馴染に、やっぱり僕は、新聞部が書き起こした特待生の記事にあるような非凡性を見出すことができなかった。


「……でも、そっか」

「どうした。酸欠になって空気の美味さを噛みしめたか?」

「空気の美味しさを再確認したのは信吾の方でしょ。さっき娑婆の空気が美味しいって言ってたじゃん。そうじゃなくって」


 たたた、と階段を登った野乃花が途中の踊り場で振り返る。そしてまだ数段しか階段を上っていない僕を見下ろす。

 自然と野乃花を見上げる形になった僕は、ウチの学校の女子スカートもう少し短くなんねえかな、と思った。


「この学校で私を特待生じゃなくて私として見てくれるのは、やっぱり信吾だけだね。そう思ったのっ」


 満面の笑みを浮かべて、何かの感情がたくさん詰まった声音が、青春の音をBGMに僕の耳に届いた。




一旦完結。

あとは気が向いたときに短編を書き連ねていくスタイルです。

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