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きょうせいイベント


「先生、たまたま聞いてしまったんだが、初野君、キミは日比野さんのことを追い回しているのかい?」


 野乃花のストーカー君というあだ名が定着しつつあった、四月中旬。

 放課後にふらふら廊下を歩いていたら副担任につかまって、生徒指導室に連れ込まれた僕は席に着かされて早々そんなことを聞かれた。


「田辺先生、いくら僕でも幼馴染の女子のお尻を追っかけまわすのは小学生までですよ。この歳になってまでやってたら犯罪じゃないですか」

「…………」


 僕の本心からの言葉に田辺先生(体育教師・教師三年目。生徒指導担当補佐役)は渋い顔を保ったままだ。何が不満だというのか。


「今の言葉を聞いてもまだ僕が野乃花のストーカーだと疑っているんですか。いいでしょう。その疑念、受けて立って見せます。どうすれば僕は野乃花のストーカーではないと証明できますか先生?」


 僕は不敵に笑って先生を見返した。


 実際僕は野乃花のストーカーではないのだ。ちょっと幼馴染が楽しそうにお喋りしているところを遮って仲良しアピールするだけのシャイな男の子でしかない。

 ふむ。

 文字にしてみると僕、安っぽい乙女ゲーの攻略対象みたいな独占厨のメンヘラ男子になってるな。我ながら気持ち悪い。

 まあストーカーではないので問題ない。


 田辺先生は目をぐっと閉じて眉間に皺を寄せた。ゴリラが悩んているようで見ていて暑苦しい。


「……キミがクラスメートから日比野君のストーカーだと呼ばれているのを聞いた。そしてそれをキミ自身が否定することなく受け入れている。少し不適切だがあだ名のようなものだとは先生も思った。

 だからこそ確認したかったのだ。初野君、キミが自分勝手な思い込みで、幼馴染と言えど他者に押しつけがましい親愛を持って迷惑をかけるような生徒だったら……うむ」


 そこで言葉を切る副担(ゴリラ)。なんだよ最後まで言えよ。


「どうやらこうして向かい合って話してみた感じ、初野君自身は問題なさそうだな」


 結局最後まで言わずに、田辺先生は、二度三度自分の中で何かを納得させるかのように一人で勝手に頷いた。


 今年に入って初めて関わっただけど、この先公こそ思い込みで暴走するタイプなんじゃねーか?

 もちろん心優しい僕はそんなことを思いはしたが何も言わない。


「となると次はどうしてキミが日比野君のストーカーだと呼ばれているかが気になるんだが。……もしかしてイジメられているのかい?」

「ずばっと聞いてきますね」

「大丈夫だ、ここで先生が見聞きしたことはすべて口外しないことを誓う」


 えぇー。

 どういうわけか、今度は僕が可哀そうな奴だと思われ始めた。


 まあ、僕がクラス内でイジメられていて、だからこそあんな不名誉なあだ名で呼ばれているのは事実だけども。


 しかしだからと言ってここで素直に「僕イジメられてるんです」と言えるわけがない。

 言えたら僕のあだ名は今頃もっとパステルでキュートでラブリーな呼ばれ方になっていてただろうし、僕ではない誰か第三者をクラスメートたちはイジメの標的にしていただろうし、僕はその様子を眺めて高笑いしていたはずだろう。


「うぅっ、僕の口からは言えませんっ」

「初野君っ!」


 臆病者のボクは口を覆って真実を隠した。

 嗚咽が零れるのをこらえるようにする僕の姿を見て、副担は義憤に燃えたようだ。暑苦しい。


「どんなことだって構わない。悩み事があるんだったら先生に言いなさい。先生は悩める生徒たちの味方になんだから!」


 悩みねぇ……。


 今こうして貴重な青春の放課後をむさ苦しいゴリラに浪費させられてると言ったらどうなっちゃうだろうか。少し興味はあったが良心が勝ったので止める。

 せめて若い女教師だったらまだ良かったんだけどなあ。人選ミスだよミス。役者が違うんだ。


 一頻り胸の内で、副担をボロクソに酷評したところで、改めて考えてみる。

 悩みと言えば、この今の状況の発端でもある、なんでクラスメートたちが僕を野乃花のストーカーだと言うのかということだが、話がループするので当然却下。


 あとは。

 最近起きてすぐに寝室の窓から隣家の庭を覗くと、幼馴染が器用に物干し竿に干されてることだろうか。

 最初見たときは無かったことにしたぐらいだ。普通に怖い。

 怖いし髪が紫外線で痛むから止めろと言っているが「慎吾のためだから」とか言って僕への責任転嫁を推し進めるのもどうにかしたい。野乃花ママに「信吾のため一点張りなんだけど、今度は何を吹き込んだの?」と詰め寄られてるけど僕は無実である。

 これに関しては結構悩んでいるけど、それじゃあと副担に相談したところで、解決する未来が一切見えなかった。


 すると悩み相談することが何一つないことになる。


「そうですね……」


 暑苦しいとはいえ立派な我らが副担任の先生であらせられる田辺先生のやる気に水を差すことは気が引ける。ここは礼儀として何か相談してみるべきである。そっちのほうが面白い方向に転がりそうだしな。

 なんて僕は先生想いの優しい生徒なんだろう。

 

 何か。

 何かないだろうか。

 うーん、まあ何でもいいって言ってるし、悩みじゃなくても適当なこと言うか。


「どうだろうか初野君! 何でもいいんだ。先生は何でも応えるぞ!」

「……先生、バスケがしたいです」

「そうか、分かった! やるぞバスケ!」


 そういうことになった。




 ◇




「俺は何をしているんだろう?」


 亮太がコート内で困惑している。それなのに回ってきたボールを的確にフリーの味方にパスを出せるところは流石だ。


「一生に一度は言ってみたい台詞ってあるじゃん?」

「我が人生に一片の悔いなし! とか?」

「そうそう。手を組むから世界の半分をくださいとか」

「慎吾はなんでナチュラルに人類の敵に回ろうとするの?」


 いいじゃんかよ。


「それで、一生に一度は言ってみたい台詞がなんだって?」

「なんとなく話の流れで、田辺センセに引っ掴まって尋問をされてさー、その話の流れで『バスケがしたいです』って言ったんだよね。そしたらこうなった」

「お前のせいか初野ぉ!」


 ドリブルをしながら僕の隣を通り過ぎていった味方チームの男子が吠えた。


 副担との強制突発イベントは続いている。イベント参加人数を僕一人からまだクラスに残っていたクラスメートの男子や廊下で暇そうにしていた男どもを巻き込み、さらに場所を体育館に移した。

 そこで僕たちはバスケをしている。どうして僕は体育会系でもないのにバスケしてるんだ。理解に苦しむ。


「初野君! どうだ汗をかいて気分がリフレッシュするかいっ?」


 んなわけないだろうが。ひたすらにだるいわ。

 物理的に暑苦しくなったゴリラの掛け声は聞こえなかったことにして、その時たまたまパスで回ってきたボールを隣の亮太に渡す。


「はい」

「えっ!? 俺、信吾とは敵チームだよ!?」

「友情に敵も味方もあるかよ!」


 亮太は拒否したが強引に渡してやった。味方チームからブーイングを食らう。

 しかし副担だけは俺の心意気を理解してくれたのか、「嬉しいぞ初野君。なんて健全なスポーツマンシップだ!」だなんだと喚いている。


「こんなんなら駄弁ってないでさっさと帰りゃよかった……」

「俺、明日筋肉痛だよ……」

「なんで俺らを巻き込むんだよあのストーカー野郎……」


 だらだらとボールを追いかけまわす男子どもが不満を言う。一部は僕への不満もあるみたいだが、お前らはむしろ僕に感謝してもいいんだぞ。

 放課後になっても部活や塾に行かない時点で、こいつらは青春を無駄に浪費していたのだ。それなら強制とはいえ健康な汗を流すことはよっぽど有意義で素晴らしいことだ。スポーツは心も健康にしてくれる。


 そもそもこの中で一番かわいそうなのは放課後に学内探検していたらゴリラにつかまった僕だけだ。


『あれっ慎吾? あ、信吾だ! おーいっ』


 そんな折、体育館横をとことこ画材道具一式を持って通りがかったらしい野乃花が目ざとくも俺のことを見つけた。一緒に行動していたらしい美術部員と共にのこのこ体育館の窓まで近寄ってきた。


「なんでこんなとこにいるのか知らないけど頑張れー!」


 なんだなんだ? といきなりの女子の声援に皆の注目を集めるも、野乃花は気にしていないご様子。


「まったく野乃花は。淑女は大声を出すものではなくってよ。恥ずかしいったらありゃしない」

「慎吾のキャラは今日もブレブレだねえ」


 割といつものことだが一瞬だけ出てきたオネエ口調に突っ込みつつ亮太がボールを渡してきた。いらねえよ。なんで敵チームの僕にボール渡すんだよ。叩き落とした。


「え? バスケ、だよね? なんで今三笠君、初野君にボール渡そうとしてたの? しかも叩き落としてるし。ビブス的に敵じゃないの?」

「よくわかんないけど頑張れーっ」


 野乃花の横にいる美術部員(女子)は混乱していた。その点、野乃花は流石だ。深い事情は理解せずに直感で物事をふんわり捉えている。

 混乱しているものの、流れで僕たちの意味不明の球技を観戦することになった美術部員たちだが、彼女たちは日本人気質をしっかり持っているようで、一人声援を上げる野乃花に釣られて、それぞれが少しずつ応援をし始める。


 そしてそれに対し、コート上でウダウダしてやがった男子どもは男子どもで、こいつらも万国共通の男の子気質を持っていたようで、先ほどとは打って変わってキビキビとコート上を駆け回り始めた。


「(日比野さんの大声に釣られて、通りがかりのその他女子からも注目されてる……ッ)」

「(ここでできる男アピールができれば、もしかして美術部員のあの娘とお近づきになれたり、なーんてッ」

「(本職のバスケ部員はもとより、体育会系ガチ勢もいない今なら俺だって輝けるはずだ……ッ)」


 突然動きがよくなった男どもを眺める副担は、何やら感激しているようで僕と亮太がこっそりコートを出て、野乃花のところに近寄っているのも気付いていない。


「慎吾カッコよかったよー。さっきのビンタもスナップが効いてたね」

「流石野乃花。お前にはわかるのか」

「ううん、全然わかんないや。今も適当に言っただけなの。ごめんね信吾」

「僕も適当なこと言ったからお互い様だ」


 いきなり運動をしたことで実はさっきから脳みそに血が回っていない僕の横で亮太が改めて呟いた。


「俺は何をしているんだろう?」


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