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おさななじみはストーカー


 新学年始まって早々にして、僕はありがたくもクラスのみんなから「黒髪フェチ」「匂いフェチ」という称号を頂戴した。


 新たな春の季節に行われたクラス替えの直後のことであり、「見たことある奴も無い奴もこれから一年間よろしくな」という新鮮な気持ちがまだ続く最中の出来事である。


 どうやら先日の野乃花との一件が原因であるらしい。


「勘違いも甚だしい。そうは思わないかね? 亮太」

「いやー……、性癖を隠そうともしなけりゃそりゃそうなるんじゃねえの」

「解せぬ」


 遺憾である。イヤンではない。イヤンだったら僕がエッチなことをされていたことになるからだ。

 大体イヤンなことはしてもされてもいないのに、どうして僕が性癖を隠そうとしていない変態だという誹りを受けねばならないのか。

 失礼極まりない。誰にとってもそうであるように僕にとっても性癖とは秘して輝くものなのだ。


「輝くな輝くな。自己主張の激しい性癖だなあ」


 そう言って僕のことをたしなめる友人が教えてくれたのだが、この不当な称号は、野乃花とのやり取りのときにはまだ登校していなかったはずのクラスメートたちにもすでに広まっているとのこと。


 我らがクラスメートたちは、新学年初日のクラス委員を決める時でさえ、やる気がなく、役を押し付け合ってはグダグダといつまでも決められなかった奴らである。

 結局痺れを切らした担任の指名と信任投票という名の生贄奉納で無理やり決めたような協調性の無さを見せつけていたというのに、土日を挟んだだけでビックリするほどの団結力がウチのクラス内に生まれていた。


 担任は僕に感謝してほしい。

 それは僕の献身があってこそ生まれた団結力なのだから。


「慎吾って転んでもただでは起きぬというか、なんて言うんだろう……バイタリティが凄いよな」

「僕みたいな小動物を捕まえて何を言う」


 遺憾であるパート2。

 しかし友人のこのぼやきに、近くにいた立花さんが小さく頷いたのが見えて僕は凹んだ。みんな僕のことを正しく理解しようとしてくれていない。


「……これがクラス内いじめという奴か」


 現代社会の闇を垣間見た。


「自業自得じゃね?」


 どうやら去年も同じクラスで友人の三笠亮太君は虫の居所が悪いらしい。しきりに僕の性癖が暴露されたことに対して自己責任論を唄ってくる。


「わたしは慎吾のこと、『黒髪フェチ』でも『匂いフェチ』でもないって信じてるからねっ」

「そうやって僕のことを弁護してくれるのは、野乃花だけだよ」


 むっ。こやつまた髪が乱れておる。

 どうせ今日も今日とて昼休み始まってすぐに購買までダッシュしたせいだろう。仕方がなく僕の席に座らせて整えてやる。

 首をひねって眩いほどの笑みを僕に向けてくる。


「だって信吾は『わたしフェチ』だもんねっ。えへへ」

「そんなわけがない」


 その笑顔を無意味に曇らせたくて速攻で否定している僕がいた。


「慎吾ってドエスだよね」


 亮太の呟きにやっぱり立花さんが小さく頷いていた。




 ◇




 話を戻すが、僕の性癖があだ名となっている現状は普通にいじめだと思う。

 僕は気弱な文学系男子なので、いじめられているという今の事態を飲み込むというのは、煮え湯を飲むことと同義である。僕はエムではないし、猫舌なのだ。飲まされるのも嫌だし、自主的に飲むのもごめんこうむりたい。

 早急に打開せねば僕の舌が火傷してしまう。


「本当に気弱な奴はそんなこと言わない」


 亮太君のありがたいツッコミは無視。

 野乃花の髪を整えてから野乃花を友人の方へと放流してやった後、男二人で僕の名誉回復のための作戦会議が始まった。

 いつの間にか立花さんはいなくなっていた。


「まずは此度の目標は言うまでもなく『僕のあだ名を性癖から止めさせる』こととなる」


 軍人チックな堅っ苦しい喋り方なのには特別意味はない。海苔である。誤字ではない。まだ昼飯を食べてないので早く海苔弁を食べたいという気持ちが漏れたのだ。


「亮太元帥。早速だがこの目標で有効となると思われる作戦は何があるだろうか」

「俺の位、高ぇ……。そして元帥に命令をする信吾は何者だ……」

「元帥の上なんだから、超元帥なんじゃない?」


 亮太が軍人のノリが嫌いらしいので僕も止めて素で応える。というか超元帥ってなんだろうか。意味が分からない。意味が分からないのは考えても仕方がないので考えるのを止めた。

 

 青春の貴重な数秒を無駄に費やしたのち、こほんと亮太が話を戻してくれた。


「まあ、何かの印象が強くて付けられたあだ名を変えるっていうなら単純にもっと別のインパクトで上書きするのが手じゃないか?」

「なるほどー」


 一理ある。


「じゃあやろうか」

「え……なにを?」

「決まってるさ」


 インパクトあることだよ。

 ニヒルに笑って立ち上がった僕のことを亮太は目をつむって見なかったことにした。

 いけず。

 だが、まあいいだろう。男の門出はいつだって自分一人のものである。僕は一人でもやってやるさ。


 ひとまずインパクトという言葉だけが先行しているから何をすべきかは分からない。すでに失敗フラグが見え隠れしている気がするが、僕は輝かしい未来にすべてをベットした。


 とりあえず困ったときは幼馴染の精神で野乃花を召喚することにしよう。


「ののかーののかー」

「……ノノちゃん、フェチ野郎が呼んでるよ」

「ほんとだ。どうしたの信吾? またわたしの髪に触りたいの? 仕方ないなあ。はい櫛」


 当然のように櫛を差し出されたが、別に僕は野乃花の髪をいつ何時でも梳きたいという変態ではない。なので櫛を使わずに頭を撫でるにとどめた。


「くすぐったいよ信吾ーって、あれ、どしたのみっちゃん? 鳩に豆鉄砲を打たれたみたいな顔して」

「なんで鳩が下克上してるのよ。いやその間違いもビックリだけど、アンタら幼馴染の異様な仲良し加減にもビックリよ。なんでノノちゃんは流れるように髪を撫でられてるのさ」

「? 信吾が触りたそうな顔してたから……?」


 野乃花とその友人との会話を聞く限り、なんだか知らないが、野乃花の友人にインパクトを与えることに成功した。やったあ。


「なるほど」


 こうすればいいのか。


 そして僕は同じ要領で、野乃花が友人と談笑しているタイミングを見計らい、意味もなく野乃花を読んで髪を撫でまわすという作業を繰り返してみた。


 結果、翌週からの僕のあだ名は『野乃花のストーカー』になった。


「ふむ」


 その報を聞いた僕は一つ頷いた。


「あだ名が一つになって統一感が出たね」

「……えぇ」


 亮太に引かれた。



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