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「フェアじゃないわよね」と彼女は異議を唱えた。

 お互いの自己紹介も終わり、第二段階の趣味の話に切り替わったところだ。

 彼女はスポーツ観戦と大味な答えを向けたものだから俺は安易に日本で一番メジャーなスポーツを口にしてしまった。

「野球、見るんだ?」

「野球なんて嫌い、あのスポーツはフェアじゃない」彼女はとんでもないことを口にする。

 清廉潔白なアイドルが五股の不倫をして世間のイメージを崩壊させるような、そんな嫌悪感を彼女は示した。

「野球は九人対九人で戦う、とてもフェアなスポーツだよ」

 サッカーに関していえば退場者が出ると補てんのきかないむしろアンフェアな戦いを強いられるスポーツだ、とも俺はいった。

「サッカーの勝ち負けはチームにしかつかないキーパーや監督にも責任はないわ。でも野球は違う、勝ち負けを押し付けられるのは決まってピッチャーだけ。フェアじゃないわよね」

 彼女の感覚は独特なもので、誰か一人だけに苦悩や不幸せを背負わすことが嫌なんだろう、と感じた。

「それは」俺は言葉に詰まった。

「私は対等な関係が築きたい、家庭であっても社会であっても」

 仕事終わりのサラリーマンが詰めかけ、たばこの匂いや汗の匂いが立ち込める居酒屋で、紅一点の彼女に侮蔑的な視線が飛んでくる。

 おいおいねーちゃん、ずいぶんな口きくじゃねーか、と隣のおやじが物知り顔でこちらを睨んでいた。

 俺は苦笑いしつつ、軽く頭を下げる。

 彼女、きっと酔ってるんです。

 そんなことは一向に気にせず淡々とビールを煽る。

「そんな呑んで大丈夫?」

「何の心配してくれてるの? このまま酔いつぶれたら、ホテルにでも連れ込めるって腹積もりかしら」

 彼女のその口調は酔った勢いや投げやりな態度でもなく、俺を試すようで、言われたこちらが赤面してしまう。

「そんなこと、考えてないし。お酒の力を借りるなんてフェアじゃない」

 世の中にはそうでもしないと一線を越えることのできない男女もいるだろう、でも俺は、彼女を自分の力で手に入れたい、本気でそう思い始めていた。

「ふーん。それでこそ一男君らしいわね」と彼女は微笑む。

 弓なりの細い眉の尻が静かに下がる。長い黒髪は艶が保たれ、彼女が首を振ると細かな毛先がサラサラと踊るほど、滑らかだった。

「で、一男君はどんな趣味を持ってるの?」

 見惚れていた。

 下心を見透かされたかも、と俺は焦る。

「野鳥、観察です」胸を張れるほどの趣味でもない。卑屈になるな、自分。野球観戦と野鳥観察は似て非なるものだが、響きだけは似てる。

「鳥って、フェア?」素朴な疑問だったのか、彼女は躊躇なく訊ねてきた。

「え? フェアって、何に対して?」

「空を飛ぶ鳥もいれば飛べない鳥もいるでしょ? それってフェアなの?」

「フェアかどうかは分からないけど、飛べない鳥はその分、自らを進化させて現代まで生きながらえてきたと思うから、飛べる鳥にはない特技を持ってるんだ。それって常識的に考えてすごい事だよね」俺は彼女につられて深く考えもしなかった事に、自分なりの答えを出してみた。この上ない正論だと、俺は思ったのだが。

 彼女曰く、「そんなこと言っても絶滅した鳥たちの、そのほとんどが人間のエゴによって滅ぼされたのよね。その鳥たちの気持ちになってちゃんと考えてみたの? 進化しないと人間に滅ぼされそうだったんじゃないの?」という。


 そして、「で、それでいったい何が言いたいわけ?」と、にこやかに笑うのだった。



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