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MIB 1st contact  作者: 光輝
■第1話 出遭い編 (4P)
3/42

3.A

やかましく鳴り響くアラームに、エレナはベッドの中でひとつ唸り、枕元の目覚まし時計をひとつ叩いた。

いつものベッド、いつもの枕、音のズレた壊れかけの目覚まし時計。窓からさしこむ暖かな朝日に、エレナは瞼をこすり鉛のように重いため息をつく。

「……嫌な夢だった」


我ながら気色悪い夢をみたものだ。夢ならではのイケメンやハンサムはいいが、あんなバケモノの夢なんて二度と見たくない。とんだB級映画の夢に頭をかき、両足をベッドから放り出す。ぶらつく足の違和感にふとした。

パジャマでなく、膝丈の綿パン。上着も夢の身なりままだ。キャミソールに短パンが就寝スタイルのエレナは、その恰好でないと枕が変わったかのように眠れないはずだった。

エレナはピリつく左膝を見た。左膝には、夢で擦りむいた赤い痕がある。何かが頭にひっかかった。


昨夜何時に寝たか、何を食べたか……思いだそうにも泉に投げた石のように記憶が遠くすっとんでいる。

確かなのは夜の学園でのバケモノの夢、そしてその夢で擦りむいた膝の傷が、目の前にあるという事だけだった。

「……うそ、夢じゃなかったら何なの?」


その時ふと冷蔵庫を開閉する音に我に返る。続いて食器のすれる音が囁き声のように耳にさわった。

……リビングに誰かいるようだ。


エレナは1人暮らしだし、親友ミシェルはこんな早朝にアポ無し突撃するような人ではない。

寝室のドアの向こう、リビングにいる誰か。嫌な予感がした。


エレナの自宅は親の遺産のひとつ、ハイグレードのペントハウスだ。セキュリティの手続きが面倒なエレナが、カードキーに変更したのはごく最近のこと。カードキーはポケットに入れっぱなしだったが、ポケットには何も入っていなかった。嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

(どうしよう! 親友ミシェルでもない誰かが、リビングにいるだなんて!)

慌てて立ち上がった瞬間、寝室のドアが軽く開いた。


「おっ、おっはよーお嬢チャン。よく眠れた?」

間の抜けたひょうきんな声。夢でみたはずの、ツンツンのハネッ毛の茶髪が目立つ今時のチャラそうな若者が、朝食が乗ったトレイ片手に笑顔を向けていた。

嫌な予感は的中した。

「ち……チャラ男……夢で見たチャラ男だ!」

エレナは愕然と、昨夜のB級映画が夢ではなかったショックに首をふる。「うそ、やっぱり夢じゃなかったの?!」


チャラ男はうんうんうなずき返し、棚にトレイを置いてエレナをベッドに座らせた。まるで小さな子どもに言い聞かせるように、心配げに顔をのぞきこむ。

「痛いところはない?」

「だっ大丈夫も何も、どうして私の家にいるの……っ!?」

エレナは警戒しつつ、ふと横目でトレイを見た。バターたっぷりのレーズンサンドに、チョコシリアル。丁寧に剥いたオレンジとミルクカップに注がれた薄緑色の何か。どう見ても朝食だ。


人の家のキッチンを勝手に使うなんてと思いつつ、よくよく考えれば昨夜はドリンクを飲んだきりだった事を思い出す。こんな時でもおいしそうな匂いに腹がなる。

チャラ男はその音に、人懐っこそうな笑顔を見せた。

「とりあえず食べな? 話はそれからしよう。俺達はリビングにいるからさ」

言って、エレナの頭を軽くなでた。戸惑うエレナを背に、チャラ男はリビングへ消えたのだった。


エレナはまばたきひとつ。

さっきのチャラ男は強盗とかではなく、なんだかいい奴っぽい気がする。そうとも、悪い奴ならトレイの代わりに銃口が向けられていただろう。

エレナは怪訝にトレイを見た。ミルクカップに注がれた何かをスンと匂ってみる。

「……何だか葉っぱのにおい」

何かは、マッチャとかリョクチャとかいう日本の飲み物に似ていた。ちょっと飲んでみて、青くさい風味に舌を出した。とてもじゃないが飲めたものではない。それ以外は、とてもおいしかった。


ひととおりたいらげたエレナは、恐る恐るリビングの扉を開けた。革張りのソファでは昨夜の男たちが、我が家のようにくつろいでいる。

「おっはよ~」

先程のツンツン頭のチャラ男がこちらに気付き、軽く手をひらつかせる。屈託のない親しみやすい笑顔だ。

青味がかった白髪の美男子は、真顔一貫だ。ソファに深々と座っている。

改めてのハンサムな白髪男にエレナは赤面した。顔くらい洗えばよかったと手で髪をとく。白髪男のゾッとするほどの青い瞳がエレナに向き、座るようにソファへ促した。


エレナはとりあえず向かいのソファに腰掛けた。まるで面接だ。

デスクにはパソコンやら書類やらが並べてある。昨夜の写真も数枚あったが、いずれも何かの死骸の写真ばかりだった。


「目覚めはどうだ」

白髪男の低くも澄んだ声が通る。

声までハンサムだな思いつつ、エレナはお手上げに肩をすくめてみせた。

「どうも何も、わけがわからないわ……。夢じゃないなら、昨夜のアレは映画の撮影なんでしょ? 大丈夫、公開するまで公言しないから」

むしろそうであってほしかった。そうしたら目の前のハンサムにサインをもらって、学校で自慢できる。しかし白髪男は首を縦にはふらなかった。


「エレナ・モーガン。我々がここにいるのは他でもない、昨夜の件についてだ」

白髪男は一呼吸置き、続けた。

「我々【MIB(エム・アイ・ビー)】は国家の密命の元、業務を遂行している。エレナ・モーガン、君は昨夜、その対象と遭遇してしまったのだ。すなわち国家機密を目撃したという事になる。本来ならばその場で射殺処分なのだが、君はまだ若い」


白髪男の事務的な言葉にエレナの瞳が泳ぐ。よくよく見れば白髪男は昨夜の黒スーツのままだ。例の長ナイフが脅しのように窓際に立て掛けられてある。〔射殺処分〕、ひらたく言わずも銃殺のそれに、エレナが両腕をかかえ身震いした。


「そこで我々に提案がある」

「か……勝手に家に上がり込んで巻き込んだのはそっちでしょ? 国家機密だとかそんなの知らないわ!」

エレナの言葉に白髪男がもっともに頷き、続きを待った。エレナは震える声でかたく続ける。

「なにが国家よ、提案よ。どうせあなた達も遺産が目当てなんでしょ……! 残念だけど両親はいないし、私を脅しても無い袖は振れないんだから!」

エレナは矢継ぎ早に言って、指先を玄関に向けた。

「わかったら、そこの玄関からとっとと出て行って! 警察を呼ぶわよ!」


一瞬間があった。白髪男が豆鉄砲をくらったように目が丸くなる。「何だって?」と。

拍子抜けにエレナが言葉に詰まる。

「え、……何、って……。……代わりにお金よこせって提案でしょ?」


一つ間があった。MIB達は唖然に顔を見合わせ、またエレナを見た。妙な反応にちょっと困ったエレナが、追い打ちをかけるように言い投げる。

「……わ、私を脅しても無駄よ。私に何かあったら、怖~いマリア叔母さんが黙っちゃいないんだから」

そう言いあげるも、またまた間があった。白髪男がちらりとチャラ男を見る。

チャラ男は軽く頷き、そのまま続けるよう顎で指示した。白髪男がそれに静かに頷く。ビー玉のように青い瞳が、エレナをまっすぐ見据えた。

「……エレナ・モーガン。これは金でどうこう動く話ではない。それに私達が巻き込んだというのは適切ではない、もちろん君が昨夜のエイリアンの夜食になりたかったのなら話は別だ」


「な……なに、……」

尻すぼみにエレナは口をとがらせた。なんだかんだでこの2人は助けてくれたことを思い出す。おまけにお金目的だはないとしたら、警察だの捲くし立てた自分がまるでバカみたいだった。勢いを無くしたエレナは、萎むように身を縮こまらせた。

「ごめんなさい、でも……そんな言い方しなくてもいいじゃない……。朝起きたら家に誰かいて、急に色々言われて、怖かったんだもの」


白髪男は腕を組み、エレナをまじまじと見た。それこそ頭のテッペンからつま先まで。

「質問があるなら言うんだ、エレナ・モーガン。君には質問する権利があり、我々にはそれに答える責務がある」

エレナは貝のようにだんまり応えない。長い間だった。


そんな気まずい空気を断ったのは、例のクソまずい汁を並々とカップに注いだチャラ男だった。カップを机に並べると同時、まるで親友のような軽いノリでエレナの隣に座る。

「まぁまぁ、エレナちゃんも昨日の今日で緊張してるんだって~! あ、もしかしてイケメンすぎる俺達にドキドキしてるとか」

気付けばチャラ男はエレナの肩に腕をまわしていた。なんてチャラさだと、エレナはすぐさまその腕を払いのける。

「何よ。今の会話の流れ的にお金でしょ? 無駄遣いしたらマリア叔母さんの雷が落ちるもの。マリア叔母さんはすっごく怖いんだから」

まだ不貞腐れるエレナにチャラ男がくすぐったげに笑い、エレナはまるで蠅をはらうように肩の手を払った。

「もう! さっきからぺたぺた触らないで!」

まるで小学生のじゃれ合いに、白髪男がやれやれとため息をつく。


「話を戻そう。先ず、我々は敵ではない」

白髪男は言って、自然にエレナの隣に座った。ふわりと漂う香水のいい匂いがエレナを包む。

エレナは白髪男を見上げ、そのあまりの完成されつくした容姿に言葉が詰まった。同時、顔がトースターにぶち込んだかのように熱くなる。

「な……何、……」

イケメンとハンサムのサンドイッチ状態にさらに混乱する。まず安心どころではない。


「……先程はすまなかった。まずは安心してほしい」

白髪男の薄い唇が囁くように動いた。

「我々に協力するんだ、エレナ・モーガン。そうすれば君の命の安全は保障しよう」

「命の安全?」

「ああ。我々が配属されたには理由がある。この街、セリオンに潜む巨大な陰謀の正体を仕留めるためだ」

チャラ男が白髪男からひったくるようにエレナの肩を抱き、白髪男に続けた。

「残念だけどエレナちゃんはもう奴らに巻き込まれちゃってるわけよ。俺達の同胞になって協力してくれない? 俺達、全力でエレナちゃんを守っちゃうよ~!」


エレナは首を縦にも横にも振れなかった。真っ赤な耳は痛いほどで、今すぐ逃げ出したいような気持ちにかられる。そんな心情を悟ってか、白髪男がさてと切り出した。

「そう踏ん切りはつかないだろうが、まずは私達のリーダーを紹介しよう」

仕切りなおすように立ち上がり、さっきまでエレナが寝ていた寝室に手をやる。「失礼のないように」

エレナは目をぱちくりさせた。

「……えっ、どういうこと? 私の寝室に、リーダーがいるって?」


白髪男とチャラ男は同時に頷いた。エレナは意図が分からなかった。見送られるように、いぶかしげままいつもの寝室のドアノブをひねる。ドアの隙間から、きんと涼やかな空気が広がった。

あるべきはずの光景とはまったく違う風景に、エレナは思わず声をあげた。

確かに自分の家の寝室のドアを開けたはずなのに、開け放たれたドアの向こうには真っ白な空間だけが広がっていたのだ。

遠近感が掴めぬ空間の真ん中には、小さなテーブルと椅子がひとつあった。豆粒ほどに遠いそれに目をこらす。


……どうやら人がいるようだ。

おそらくあれが白髪男がいっていたリーダーなのだろう。随分と小柄だ。

「すっごい! これってどういう仕組みなの?」

エレナが言って振り返ると、白髪男とチャラ男は軍人のように敬礼をきめていた。早く行け、そんな視線だけが返る。


先に動いたのは小柄なリーダーだった。

『どうぞこちらに来てください、エレナ』

どこかにスピーカーでも仕込んであるのか、結構な距離があるにも関わらず自然に声が通る。少年とも少女ともつかない、幼い声だ。だがその明るくも聡明な声色に、エレナはどこか不思議な気持ちまま従った。


リーダーは見たところ、声相応の可愛い子供だった。中性的な顔つきのため性別は定かでないが、耳にかかるほどの黒髪はとても艶やかで、大きな瞳はルビーのように煌めいている。リーダーは椅子に座るよう促し、エレナに穏やかに微笑んだ。

『ようこそエレナ。私はAといいます。突然の事に気を悪くしないで下さいね』

小さな手がエレナに向けられる。エレナよりもうんと小さな、いかにも子供の手だ。

「ど……どうも、えーと、よろしくね、A」


エレナのぎこちない握手に、Aは懐かしげに目を細めた。

『……大きくなりましたね』

「えっ?」

『エレナ。私の本来の名前はまだ明かせませんが、時と共にこの出会いを理解するでしょう』

そう言って、Aは穏やかに微笑んだ。今にも消えそうな儚げな笑みは、遠くの峰をみるかのように澄んでいた。

    ★

真っ白な空間に2人。

Aはまず、今回の件についてエレナに深々と頭を下げた。驚かせてしまったこと、謀らずとも巻き込んでしまったこと……そして、関係ができてしまったことを。

エレナは気にしないで、とつとめて明るく返した。なんだかんだで助けてもらったから、と付け加えて。

Aは綻ぶように笑んだ。

『ありがとう、エレナ。どうかこれからも、彼らの力になっていただけませんか?』

エレナは反射的に頷いてふと、安請け合いしちゃったかなとちょっと思った。だけどとても断れるような空気でもなかった。

なによりエレナは、Aに不思議な感覚を感じていた。綺麗な赤色の瞳、黒い髪……どこかで、会ったような気がしてならなかった。それも、遠い遠い昔に。

だけどなぜか、それを訊ねてはいけない気がした。頭の奥で黒い細糸がくすぶるかのような妙な感覚が、たぐるべきではないと静かに蓋をする。

「ええ、私にできることがあるなら」


    ★


寝室からでたエレナは、すぐまた寝室のドアを開けた。しかし真っ白空間もAもなく、なんてことないいつもの寝室に目を丸くする。

「ええっ? 本当にどういう仕組みなの? Aは?」


寝室の扉を何度も開閉するエレナに白髪男が歩み寄る。

「どう見えた、部屋やあのお方は」

「どうって、すごく優しい子だったわ。リーダーにしては幼くておどろいたけど、あなたたちの力になってくれってお願いされちゃった。ねぇ、それより今のどういう仕組みなの? 真っ白で、寝室よりずっと広いだなんて!」


その言葉にチャラ男と白髪男が見合った。見合って、エレナに向き直る。

「あれ? プログラム開いてたよな?」とチャラ男。

「ああ、確かに開いていた」と白髪男。

「なになに? 本当に何なの?」と食いつくエレナ。


「いや、まあ」とチャラ男が歯切れ悪く続ける。

「俺達には普通の寝室にしか見えてないんだけどね。エレナちゃんの精神状態を反映する特殊なプログラムを組んでたんだよ。Aはエレナちゃんの精神年齢を、部屋は心の素体状態を反映してるはずでさ」

エレナはよくわからないので首をかしげた。白髪男とチャラ男はちょっと困った様子だ。

軽く肩をすくめたチャラ男は、顎に指をやりエレナをまじまじと見た。

「……真っ白ねえ、赤ちゃんじゃあるまいし、普通何かは出るもんだけど」

言って、チャラ男と白髪男の声がハモる。

「「で、Aがいくつだって?」」

「えっ、まあ、うん。とりあえずすごいのね。うんうんすごいすごい」

エレナはさすがにAが幼児だったとはいえず、お茶を濁した。


真っ白な心の状態。がらんどうで寂しげなそこには、小さなテーブル……家庭の象徴があった。

そして椅子がただひとつだけ。

エレナを見送ったAは、その椅子にそっと手を置いた。プログラムを解析し、あたりを見渡す。見渡して、葬儀のように目を伏せた。

大きな血だまりと、そこに横たわる女性の遺体。

すがるように伸ばされたその手は、おびただしいほどの血に濡れていた。


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