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MIB 1st contact  作者: 光輝
■第1話 出遭い編 (4P)
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1.出遭い

挿絵(By みてみん)


耳が割れそうなほど、響きわたる銃声。

硝煙のにおい。たくさんの靴音。血のにおい……


〔ッごめんね……ごめんね……〕


大好きな手が、力無く血だまりに落ちる。

どれだけ泣いて叫んでも、その先は、暗闇だった。


……もうその顔すら、思い出せない……


      ★


「……宿題なんて忘れるんじゃなかった」


エレナはそう吐き潰し、闇にそびえ立つ校舎を見上げた。


いつもの校舎は昼間とうって変わって、うっすら霧がかりまるで幽霊屋敷のようだ。

身体にまとわりつくような生ぬるい空気に思わず足がすくむ。


ただでさえ忘れ物が多いのに、これ以上の失態はマリア叔母さんに目くじらをたてられてしまう。

やれ勉強しろと明日の準備をして寝ろとかの長電話は二度とごめんだった。


エレナは蜂蜜色の長い髪を耳にかけた。黄金色のレンガに足かけ勢いをつけて柵を乗り越える。

静寂に響く足音は、思いのほか主張強く闇に溶けた。


ライトの1つでも持ってくればよかったと後悔しながら、ポケットの旧校舎の鍵をお守りのように握りしめる。

冷たくも重厚なそれは、汗ばんだ手の中でどこか頼もしく感じた。


(とっとと部室に忘れた宿題を回収して帰ろっと!)


校舎を抜け中庭に出たエレナは、ふとした感覚に足を止めた。


まるで宇宙空間にでも放り出されたような孤独感と、痛いほどまでの静寂。

木の葉のささやきや、虫のさえずりすらない。そんな静寂の中にひとつ、違和感があった。

背を指でなぞられたかのような気配に、手の中の鍵が熱くしめる。


エレナはふと、学校の七不思議の1つ、「深夜の校内を徘徊する幽霊」を思い出していた。

エンカウントすると問答無用で体中の血を吸い殺すという怪談だ。

怪談にありがちな〔事の顛末の目撃者がいない〕という子供だましの作り話なのだが、この状況では肝を冷やすには十分すぎた。

エレナは上着をかき抱くように羽織りなおし、足早に奥の旧校舎へと向かったのだった。



うっそうとした森のそばに佇む旧校舎は、いくつかの空き教室を残し倉庫と化している。

かつては立派であったろう木造設計は今や隙間だらけだし、真紅であったろう屋根は緋色がくすみ老朽化の一途をたどっていた。

その2階建ての小さな旧校舎の1階部分、突き当たりの元理科室。

ボロくも愛着のあるそこが、エレナが部長を務める写真部の部室だ。


エレナはトイレに急ぐかのような足取りで、手の熱を得た鍵を旧校舎の扉に差し込んだ。

かんぬきの音が静夜に響く。

響いて、翻るように身を滑らせ、後ろ手で鍵を閉めた。


いつもの土ぼこりのにおいに深呼吸したエレナは、先ほどまでの気配がうそのように消えたことに安堵した。

きしむ床を月光が転々と照らしている。


ちょいと暗いだけの、なんてことないいつもの旧校舎だ。


闇の中とはいえ、いつもの部室に胸をなでおろしたエレナは、教壇に忘れざらしの宿題を青いバンドでとめ小脇に抱えた。


(よし、あとは帰って宿題をすませるだけね!)


ふと見た部室の時計はゆうに22時を過ぎていた。これから帰って消化するとしても徹夜は確定だ。

アプリゲームに熱中あまって、宿題に気付くのが遅れてしまった事を悔やむ。


「うーん、マリア叔母さんの言いつけ通り、今度から帰ったらすぐ宿題しよ……」

エレナは気抜けに肩を落とし、旧校舎をあとにした。



渡り廊下から見える運動場の芝生がそよぐ。

爽やかな草の香りと心地よい音に、エレナは月をあおいだ。


慣れてしまえば怖さもどこかへ吹き飛ぶもので、さっきまで変な気配で怯えていたのがうそのようだ。

夜の学校のどこか特別な雰囲気は、少しくせになりそうなほどだった。むしろ、なかなかに心地いい。


エレナが背伸びをした、その瞬間のことだった。

ふと静寂を裂くように、どこからともなく渇いた音が響いた気がした。


とたん目覚める五感に耳をすます。……確かに、なにか聞こえる。

やすり紙をこすり合わせたようなその音は、緩やかに輪をかけて大きくなっていた。


「っ……誰かいるの!?」

声を張り上げたが、恐怖で声がうわずる。その声に応えるように、音はぴたりと止んだ。


静寂。……やはり、何かいる。

エレナは息を潜めて気配を探った。


ぐるりと大きく見渡し、その先の光景に絶句する。


なんと月光を遮った巨大な影が、中庭校舎の壁に闇をおとしていたのだ。

およそ人ではない大きさのそれは、まるで全身に蛇が生えたようにうごめいている。


エレナはとっさに、渡り廊下の影に隠れた。

息をのみ、両手で口元を押さえる。心臓が痛いほどはねた。


(なっ……何……あれっ!!?)


あきらかに木の影ではない、生きた〔何か〕。

怪談は本当だったんだろうかと焦る頭で、とっさに逃げ道を模索する。


いつの間にか、鼻をつくようなアンモニア臭が漂っていた。

同時、人のうめき声とも犬の唸り声ともつかぬ声が、すぐそばで喘ぐように響く。

ねばつくような水音。およそ足音のそれが、すぐそばで止んだ。


ふと、エレナの靴が陰った。うごめく影に背に汗が伝う。

エレナは目覚めたように顔を上げ、その正体に腹の底から大絶叫をあげた。


目前、渡り廊下の手すりから垂れ下がる〔何か〕!


それは人の頭を内側からひっくり返したような、巨大な肉塊だった。

血色の目玉でエレナを大きく見下ろし、無数の目が一斉に射抜く。

転がるように駆け出したエレナを、ナメクジのような赤黒い触手が絡みついた。


そのまま運動場まで問答無用に引き摺られ、滑り上がるようにエレナの体に巻き付いた。

まるで小石でも持つかのように軽々持ち上げられ、水っぽい触手の音にエレナは目を見開く。


触手の先の暗闇、エレナはほうり上げられたように地面から飛ぶように離れていった。

手の宿題が今や遠い地面で、木の葉のように散らばっていく。緊張の糸はぶち切れ、エレナの悲鳴が夜空に飛んだ。


「いやーっ!何なのコレッ何なのコレ!!」


逆さ吊りで半狂乱でわめくエレナの目に、信じられない光景が飛び込んだ。

触手の先、大型トラックほどあろうバケモノが、エレナを高々と持ち上げていたのだ。


それは一ヶ月は食欲をなくしそうな姿だった。

無数の水泡と血色の目玉がエレナをとらえ、横から突出したような触手は虫のようにうごめいている。

まるでバケモノの内臓をひっくり返したようなそれは、ぽっかりと大口を開けてみせた。

血の海と鋭い無数の牙が、ぎらつくように月光に光る。


まるで映画のようだった。空想が現実を飛び越え、今まさに死の牙を剥いている。

恐怖の絶頂に意識をもっていかれそうになった刹那のこと。


空間を打ち砕くような、重い銃声が響いた。


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