この前のパン屋
いつものように買い物に出ている理津子。
そんな中この前のパン屋の前を通りかかる。
少し気になっていたのは本当なので、見に来た様子。
するとパン屋は開いていて、以前よりも客が置くなっているようにも見えた。
「この前のパン屋が開いてる、あの人やる気になったのかな」
「あ、あなたはこの前の」
「あっ、えっと、あの時の」
どうやらあの時少し話した跡取りの息子のようだ。
一応パン屋が開いている理由について聞いてみる事に。
「えっと、パン屋を続けるって決めたの?」
「はい、ただそのままでは駄目だと思って、言われた通りに名物を考えてました」
「あー、あれはただ本気にされても責任は取れないんだけど」
「分かってますよ、あくまでも僕が勝手に考えたと言っておきました」
「いい人だ…それでその名物って出来たの?」
そのパン屋の青年が少し待っていてくれと店の中に戻る。
それから少しして出来たというその名物を持ってくる。
それは見た目はただの食パンに見えるが、理津子にはそれが理解出来た。
「もしかして高級食パンってやつ?」
「はい、一日に数量限定で売り出す甘くて柔らかい高級食パンなんです」
「なるほど、こっちだとそういうのって珍しいから…」
「そしたらそれはもう凄い売れるんですよ、他のパンと合わせて買ってくれる人もいて」
「それはよかったんじゃない、珍しいし美味しいわけでしょ」
こっちの世界では柔らかいパンというのがそもそも珍しい。
そこに甘くて柔らかい食パンともなれば売れないわけがない。
そのままでも美味しく、焼いても美味しい高級食パンなのだ。
「でもよくそんなの思いついたね」
「そうですね、パン屋だからこそパンの型を破ってみよう、そう思って」
「なるほど、パン屋だからこそパン屋の常識を変えてみようとかかな」
「はい、あとお礼にこれを一つ持っていってください」
「いいの?賄賂とかじゃないよね?」
確かにヒントを与えたのは事実だが、責任は取れないとはっきり言った。
とはいえそれがきっかけでこの店も持ち直したのだから、まあいいのかと思う。
ちなみに高級食パン以外の普通のパンもふわふわになっているようだ。
「一応もらっておくけど、賄賂って事で」
「賄賂って、あくまでも僕が勝手に考えたものですからね」
「うん、そういう事にしておくよ、そういう事にね」
「意地悪ですね、本当に」
「そういえばお店の中で働いてる人がいるけど」
店の中で接客をしている女性の姿が見える。
彼女は彼の知り合いなのだろうか。
少しだけ聞いてみる事にした。
「あの人は彼女とかそういう人なの?」
「恋人とかではないです、改めて開店する際に応募に来てくれたスタッフですよ」
「ふーん、でもそういう人は大切にしてあげた方がいいよ」
「はぁ、そういうなら」
「とりあえずこのパンありがとね、また今度はきちんと買いに来るから」
そうして理津子は賄賂としてそのパンをもらって帰る。
ただあくまでもパン屋の青年の勝手なお礼なので賄賂ではない。
言葉の綾というものである。
「ん、このパン本当に美味しいじゃん」
「りっちん、その食パンどったの」
「賄賂でもらってきた」
「賄賂て、りっちんついに悪事に手を染めたん?」
「言葉の綾だけどね、本当に賄賂だったらあたしは捕まってるよ」
賄賂というのはあくまでも言葉の綾でしかない。
ただそれでもまさか本当にやってしまったのは驚いたが。
責任は取れないと言った以上少し複雑なところでもある。
「食べる?」
「いただく、ん、これめっちゃ美味しいやん、ふわっふわだわ」
「ふわふわの食パンって美味しいんだよねぇ、そのままでも美味しいし」
「りっちんが作ったのもそうだけど、柔らかいパンってめっちゃ美味しいのね」
「あたしの世界でも外国に行くと固いパンが多いらしいとは聞いてたけどね」
なんにせよ柔らかいパンが流行りそうな予感がする。
国に何か言われなければ柔らかいパンは確実にブームになる。
そんな予感が理津子はしていた。
「次はトーストしてみようかな」
「あたしも食べたいでーす」
「はいはい、きちんと焼いてあげるから」
「サンクス」
理津子にとっては柔らかいパンは馴染みのあるもの。
ただこっちの世界では基本的にパンは固いものである。
そんなパンの常識を打ち破れるのかも気になるところではある。
一過性のブームで終わらないといいと理津子は思っていた。




