最後に行き着く味
いつものように買い物に出ている理津子。
その帰り道、少し小腹が空いてしまった様子。
せっかくなのでどこか軽く食べられるお店を探す。
そこで見つけたのはいかにもな感じの中華食堂だった。
「本当に昔懐かしいって感じの中華食堂だ」
「いらっしゃいませ、お一人ですか、席にどうぞ」
「あ、はい」
すぐにお一人様だと分かるのも店主の経験からなのか。
とりあえず席について中華そばを注文する。
するともう一人お客が入ってくる。
「すみません、相席よろしいですか」
「席なら他にも空いてますけど…まあ構いませんよ」
「どうも、お嬢さん」
「いえ…」
「お嬢さんはもしかして料理をする人ですか?」
その初老の男性は理津子に料理をするのかと尋ねてくる。
一応家政婦をしている事を話す。
男性も中華そばを頼んだ後少し話さないかと言ってきた。
「あの、おじさんはここの中華そばが好きなの?」
「ええ、こういう味はホッとするんですよ」
「ホッとする…」
「少し昔話になりますが、私は昔、先代の皇帝の専属料理人だったんですよ」
「それって凄い事なんだよね」
その男性は昔先代の皇帝の専属料理人だったという。
ここの中華そばのようなものがホッとするというその言葉。
それは様々な高価な食べ物を食べてきた料理人の原点なのか。
「私もね、キロ1万メイルの牛肉やらグラム5万メイルのキャビアやらを食べてきました」
「うん、やっぱり皇帝の専属ってなると違うね」
「でもそういったものにも疲れたんです、だからこういうお店が一番落ち着くんですよ」
「皇帝の専属にまでなった人でもそんなものなんだね」
「ここの中華そばは高級な食材でもなければ特別な味でもない、でもそれがいいんです」
彼は先代が崩御した際に自分からその職を辞したのだという。
先代が亡くなられた時点で自分の仕事は終わった、そう思ったと。
今の皇帝にも自分の専属になってくれと頼まれたが、それを固辞したという。
「私も老人に片足を突っ込んでいますが、今でもボランティアで料理をしていてね」
「偉いんですね、あたしには無理だと思う」
「最後に行き着く味、それがこういうものなんですよ、覚えている味、といいますか」
「覚えている味…あたしの父さんも元ホテルのシェフらしいけど、そういう事言ってたな」
「どんなに高級な肉やら魚やらを食べてもね、ここの300メイルの中華そばが一番なんですよ」
そんな話をしていると二人分の中華そばが運ばれてくる。
二人とも割り箸を割って中華そばをすする。
その男性もどこか落ち着いた顔でその中華そばを食べている。
「でもおじさんの言ってた事も分かるかも、こういう味って不思議と落ち着くよね」
「でしょう?別に特別でも高級でもない、そんな味が結局は一番美味しいんです」
「おじさんは皇帝の専属としていろんな味を食べてきたからこそ、なのかな」
「それは私にはなんとも言いかねますね、でも言うならば疲れる、のかもしれませんね」
「疲れる…確かにあたしもステーキよりハンバーグの方が落ち着くかも」
ステーキよりハンバーグの方が落ち着く、それは親の料理を食べてきたからこそ。
ステーキは特別なものというイメージが理津子にはある。
だからこそ家で食べたハンバーグの方が美味しいと感じ落ち着くのかもしれない。
「あたしのお父さんが作ってくれたハンバーグがどのハンバーグよりも好きだよ、やっぱり」
「あなたはいい親に恵まれているのですね」
「確かにステーキも美味しいって思うんだけどね、でもお父さんのハンバーグが一番かな」
「その気持ちは大切にした方がいいですよ、どんな高級なものより親の料理がいいという事は」
「おじさんも経験があるからここの中華そばをホッとするって言うんだもんね」
そんな話をしながらお互いに中華そばを綺麗に完食する。
理津子はスープまで綺麗サッパリだ。
支払いを済ませてお互いに店を出る。
「私は休日の今ぐらいの時間にはこのお店に来ています、機会があればまた」
「うん、おじさんもその料理でみんなを喜ばせてあげてね」
「はい、それでは」
「さて、あたしも屋敷に帰ろう」
思わぬ出会いと料理人としての最後に帰るところを感じた理津子。
どんなに高級なものや特別なものを食べても最後に落ち着くのはこういう味。
それは理津子も父親のハンバーグがお店のステーキよりも美味しいと感じた理由なのか。
ホッとする味、それは何にも代えがたい料理をする人としての原点なのかもしれない。




