蕎麦にいるよ
春も後半戦になり夏もまた近くなりつつある季節。
そんな中暑くなってくると冷たい麺料理が美味しくなる季節になる。
とはいえ異世界だと食べられる麺はそれなりに限られてくる。
材料が手に入る事は割とあるので、自分で作ればいいという結論になる。
「なんか麺でも打ってるのかしら」
「こっちの世界にないものは自分で作ってるからな」
「材料だけなら手に入るみたいな事はあるっぽいしね」
そんな理津子が作っているのは香りがいいあれ。
歳を取るとはじめる趣味と言われたりしているようだ。
「いい香りがするわね、蕎麦の香りかしら」
「うん、お蕎麦を打ってみたんだけど」
「蕎麦って麺にするものなのか、他の食べ方は知ってるが」
「とりあえず食べようか、美味しく打ててると思うよ」
「なら食べてみようか、いただきます」
理津子が打った手打ち蕎麦。
麺は太切りにしてあるので、濃いめのつゆがよく合うという。
太切り蕎麦はその麺の歯ごたえも含めての美味しさなのだ。
「うん、美味しいわね、太い麺が歯ごたえもあっていいわ」
「太切り蕎麦が好きだからね、我が家では手打ち蕎麦と言えば太切り蕎麦なんだよ」
「でも暑くなってくると冷たい麺をよく作るのはなんでなんだ」
「日本だと夏は冷たい麺料理が定番だからかな」
「そういうものなんだね、冷やし中華とかそうめんなんかもそれなんてだっけ」
夏になると冷たい麺料理を食べる事が多くなるのは日本の夏というもの。
異世界ではそういうのは当然ない話ではあるのだが。
蕎麦に関してもこの国では珍しい食べ物なのだとか。
「でも蕎麦って美味しいのね、こういう食べ方もあるんか」
「蕎麦の乾麺は売ってなかったけど、蕎麦粉は買えたからね」
「それで手打ち蕎麦っていう事なんだな」
「うん、蕎麦は乾麺でもいいけど、手打ちはやっぱり違うんだよね」
「お蕎麦って手打ちはそれだけ違うんだね」
理津子の家では父親がたまに手打ち蕎麦を作っていたという。
その時も太切り蕎麦を作るのがお約束だったらしい。
太切り蕎麦には濃い目のつゆ、そしてかき揚げがあるとなおいいのだとか。
「でも太切り蕎麦だとつゆは濃いめの方が美味しいんかしら」
「太かったり厚かったりすると濃い方が味が染みるらしいよ」
「そんなものなんだな、あとこの天ぷらも美味いんだが」
「かき揚げは作るのが面倒だから、今回はちくわ天だけどね」
「でもそれでも美味しいと思うよ、ちくわ天も好きだから」
港町というだけあり魚の加工品は豊富にある。
東の国の食べ物と言われるちくわなどのすり身の加工品は普通に店で買えるという。
魚が豊富にある港町だからこそなのかもしれない。
「天ぷらと太切り蕎麦と濃いめのつゆ、この組み合わせが至福すぎるわね」
「蕎麦は太切りの方が好きなんだよね、それをよく食べてたのもあるけど」
「家によって蕎麦の麺の太さって違うのか」
「家っていうか、一般的なお蕎麦ってもう少し細いものだからね」
「そんなものなんだ、でもリツコは太切りの方が好きなんでしょ?」
理津子は家でよく食べていたという事もあり、太切り蕎麦が好きである。
家で食べていた味というのは好みにも大きく影響する。
家庭の味が与える影響は侮れないものだ。
「でも家庭の味がりっちんの料理の原点なのよね?」
「お父さんは元ホテルのシェフって言ってるけど、家庭料理の方がよく食べてたしね」
「だから家でよく食べてた味を好きになったって事か」
「うん、それに蕎麦って田舎蕎麦みたいに言われるものもあったりするしね」
「田舎蕎麦?そういうのもあるんだね」
田舎蕎麦とは蕎麦の実の殻ごと挽いて作ったものでもある。
今回食べているような太めの蕎麦を田舎蕎麦と呼ぶ事もあるらしい。
理津子が好きな太切り蕎麦は田舎蕎麦と呼ばれる事もあるものなのだという。
「田舎蕎麦ってつまりはどういうもんなの?郷土料理的な蕎麦とか?」
「田舎蕎麦って今回食べてるものみたいな感じのものらしいよ」
「つまりこれは田舎蕎麦に含まれるのか?」
「実際はもっと黒っぽい色の麺であることが多いらしいから、これは少し違うかも」
「つまり黒っぽい色の太切り蕎麦が田舎蕎麦なの?」
田舎蕎麦とは蕎麦の実の殻ごと挽いて作るので、蕎麦の麺が黒っぽくなる。
そして麺の太さも太めのものが多いのも特徴らしい。
日本で一般的に多く食べられるのは更科蕎麦なので、それとは真逆にあるものらしい。
「でも田舎蕎麦っぽいけど、田舎蕎麦ではない的な感じ?」
「麺の太さとかはそんな感じにしたけど、麺は黒っぽくはないでしょ」
「確かにそうだな、麺が黒っぽい色になるのが田舎蕎麦なのか」
「そうらしいとは聞くよ、これはあくまでも太切り蕎麦だから」
「基準とかはよく分からないなぁ」
田舎蕎麦の定義は割と曖昧ではある。
ただ香りは強く、風味があるのが田舎蕎麦ではあるという。
蕎麦殻ごと使って作るものを一般的に田舎蕎麦と呼ぶらしいが。
「ふぅ、美味しかったぜぇ」
「よかった、夏になったら食べる機会も増えるしね」
「こういうのもたまにはいいな」
「蕎麦の材料だけなら手に入るみたいだしね」
蕎麦に限らず材料だけなら手に入るものは多いらしい。
加工品として売られているものはないものも多いとか。
なので材料だけ買って作るという事になりがちである。
ないなら作ればいい、材料は手に入るのだから。




