クリスマスのチキン
すっかり冬本番になりそとは冬の海風が体に染みる。
そんな中クリスマスも目の前という事もあり、チキンの試作品を作っている様子。
チキンの衣に使うスパイスも揃えてきたようで、それを使っているとか。
なお理津子は骨付きチキンは好まないので、骨なしチキンではあるが。
「スパイスのいい匂いがするわねぇ」
「ここまで匂いが来るぐらいスパイスって香るんだな」
「キッチンが割と近いけど、スパイスはそれだけ香るんだよね」
そうしていると作っていたフライドチキンが運ばれてくる。
スパイスのいい香りがその美味しさを感じさせる。
「いい匂いだわ、フライドチキンはやっぱりこうでないとね」
「もうすぐクリスマスだからね、クリスマスチキンの試作品だよ」
「前も言ってたが、クリスマスはチキンなんだな」
「うん、スパイスの配合からやったからね」
「本当にこだわるよね、とりあえず食べようか」
そんなわけで試作品のフライドチキンをいただく。
スパイスから作ったので味は問題ないはず。
骨なしチキンなので食べやすくもあるようには作ったつもりだ。
「うん、美味しいわね、これなら特に問題ないと思うわよ」
「ならよかった、衣もサクサクにしたからそれはどうかな」
「特に問題はないが、衣が少し落ちやすいのはあるな」
「そこはサクサクチキンの宿命かな」
「でもフライドチキンはサクサクの方が好きかも」
サクサクの衣のフライドチキンはやはり美味しいものである。
とはいえしっとりした衣のフライドチキンもそれはそれで美味しい。
某カーネルのオリジナルチキンはどちらかと言うとしっとり系の衣なだけに。
「でも骨なしフライドチキンなら唐揚でもいいんじゃないかとは思うんだけども」
「唐揚とフライドチキンって微妙に違うんだよね、衣とか使うスパイスとかそういうのが」
「そんなものなのか?そこまで違いはよく分からないけど」
「唐揚はにんにくとか生姜をよく使うんだけど、フライドチキンは違うんだよね」
「使うスパイスや衣に使う粉が違うっていう事でいいのかな」
唐揚げの衣はにんにくや生姜を使う事が多い。
その一方でフライドチキンは香りが強いスパイスを使う事が多い。
サクサクの唐揚となるとそれは竜田揚げになってしまうのである。
「フライドチキンのスパイスって唐揚とはまた違うもんなのね」
「サクサクの唐揚だとそれは竜田揚げなんだよね」
「違いがなおさら分からん、衣に使う粉が違うとかでいいんだよな?」
「そうだよ、まああたしの世界だと英語ではどれもフライドチキン扱いになるけど」
「言語の話は難しいね、日本語の表現が多様なのかな?」
英語だとどれもフライドチキン扱いになるのはまあ仕方なくはある。
とはいえフライドチキンと唐揚と竜田揚げなどは全て別の料理だ。
言語の話はどうしても複雑になりがちである。
「でもだとしたらナゲットもフライドチキン扱いになるんでないのかね」
「日本の老人の人がよく行く街のファーストフード店はナゲットを唐揚って表記してるよ」
「ますます分からん、唐揚や竜田揚げはフライドチキンで、ナゲットは唐揚なのか」
「英語と日本語だとどうしてもそういう事になりがちだからね」
「言語が変わると表現もいろいろ変わるんだね」
某老人達が多い街の某ドナルドのナゲットは唐揚と表記されている。
そういう言語による表記の違いは少なからずどこにでもあるもの。
伝わればいいというのはあるのだが。
「しかしこのフライドチキンマジで美味いわね」
「一枚肉をそのまま使ったフライドチキンだからね」
「だから大きいのか、納得ではあるな」
「本当は排骨みたいなのがいいんだけど、鶏肉だと大きい肉は手に入れにくいしね」
「パイコー?それも肉の種類なのかな?」
パイコー、中国や台湾で言うとんかつのようなもの。
肉で言うならスペアリブといった感じのものでもある。
それでフライドチキンを作りたいというのは一種の欲望であるのだが。
「まあフライドチキンはスパイスが決め手だから、あたしはこれでいいと思うわよ」
「そう言ってくれるなら特に問題はないかな」
「僕も味に特に不満はないぞ、好きな味だし」
「ならこのままでいいかな、クリスマスももうすぐだし」
「クリスマスって美味しいものを食べる日になってる気がするけど、まあいいかな」
理津子にとってのクリスマスは美味しいものを食べる日である。
尤も日本のクリスマスがすでにそんな日になりつつあるが。
美味しい料理はやはりいいものであるという事だ。
「うん、美味かったぜぇ」
「ならこれで決まりかな、クリスマスが終わったら次は年末だし」
「もう年末か、お前を呼んでから結構経つんだな」
「私がこの屋敷に来てからも結構経つしね」
そんなクリスマスはもう目の前。
理津子にとってのクリスマスは美味しいものを食べる日である。
美味しいものが食べられる日というのがクリスマスの認識。
理津子は食べるのが好きな人なのだから。




