理津子は父親の背中を見る
夏も近づき暑さが少しずつ近づき始めてきた時期。
港町という土地の関係で、海風があるため思っているほど暑くはない。
そもそもこっちの世界は理津子の世界に比べたら圧倒的に涼しい。
そうした涼しい夏というのはいいものである。
「あ、あの!」
「おや、以前会った人だね」
「ええ、今日も街の散策ですか?」
そこにいたのは以前会った不思議な貴族と思われる青年だった。
ここにはまだ滞在しているようである。
「お兄さんはまだここにいたんだね」
「ああ、夏の終わりまではいる予定だよ」
「なるほど、避暑的な感じなのかな」
「君は相変わらず屋敷で働いているのかな」
「一応家政婦ですから、それにこういうのも悪くないと思ってますよ」
とりあえずその青年に少し付き合う事にした。
近くにあったカフェに入り、簡単なものを注文する。
ちなみにこの彼は紅茶派らしい。
「そういえばお兄さんはお父さんの教育方針でこの街に来てるんだよね」
「うん、平民の生活をその目で見て、何か学べる事があれば学ぶようにとね」
「なるほど、お兄さんはお父さんっ子なのかな」
「家には母もいるが、父の方が僕に対しての教育熱心ではあるね」
「ふーん、でもあたしもお父さんの背中を見て育ったからなんとなく分かるかも」
理津子が料理を始めるきっかけになったのは父親の影響なのは確かである。
だからこそ理津子はどちらかというとお父さんっ子なのである。
母親もいい人ではあるが、父親の背中はそれだけ大きかったという事だ。
「あたしのお父さんはホテルでシェフをしてたらしいけど、本当かは分からないんだよね」
「へぇ、君のお父さんはホテルのシェフだったのか、凄いじゃないか」
「だからなのか、あたしの料理好きはお父さんの影響だって確信してるんだよね」
「君は父親の背中を見て育ったんだね」
「お父さんは今は大衆食堂をやってるんだよね、お母さんと結婚したのも覚悟の上だし」
青年も貴族の息子という事もあり、その立場の責任をしっかりと認識している。
責任ある立場の人間は軽率に約束をする事は難しいという事も。
だからこそ父親の背中を見てそのなんたるかを学んだ事も含めて。
「でもお兄さんもお父さんの事が好きなんだね」
「僕の家は今でこそ高い地位にあるけど、昔は苦労していたって聞くからね」
「へぇ、成り上がり貴族とかなのかな」
「それもあって今の仕事を本気でやっているというのは感じるからね」
「何をしてるのかは知らないけど、苦労してた過去があるんだね」
青年曰く苦労した時期もあったという。
しかしだからこそ今の地位があり身分があるという事でもあるのだとか。
尤も青年の貴族としての爵位などは教えてくれないが。
「でもあたしもお兄さんもお父さんの存在って大きいんだね」
「そうだね、僕は父の苦労も知っているし、母の尽力も見てきたからね」
「お兄さんは親の事は好き?」
「もちろん好きだよ、僕が父のようになれるかは分からないけど、やれるだけはやるさ」
「そっか、それだけお父さんの影響は大きいのか」
青年が父親から受けた影響はそれだけ大きいのだろう。
だからといって母親と不仲という事も決してない。
親との関係は良好であり、父親と母親もいい関係なのだという。
「なんかあたし達似てるのかもしれないね」
「そうだね、父の影響を大きく受けていて、家族も不仲でもないしね」
「お兄さんは貴族としてこの国をきちんと束ねていくとかなのかな」
「まあこの国は帝国だから、一枚岩とはいかないけどね」
「帝国ってやっぱり何かと問題があったりするのかな」
帝国というのは基本的には多民族国家である。
この街にいると実感しにくいが、それをまとめ上げる皇帝の心労は凄いのだろう。
胃に穴が空きそうという表現もまんざらではないのかもしれない。
「お兄さんが責任感のある人だっていうのは分かったかも」
「それは父の苦労を近くで見てきたからでもあるよね」
「なるほど、近くで見てきたからこそなのか」
「僕もいつかは父を支えられるようになりたいからね」
「ならそうなれるといいね、あたしは応援するよ」
青年もそんな苦労を見てきたからこそ誠実になったのかもしれない。
親の背中はそれだけ子に影響を与えるという事なのか。
青年は立派になって父親を支えられるようになりたいという。
「あっ、そろそろ帰らないと」
「おっと、すまないね、今回は僕が払わせてもらうよ、また機会があれば頼むよ」
「ありがとう、また機会があれば話そうね」
青年が払ってくれてそのままカフェを出る。
カフェを出た所で青年と別れ、そのまま屋敷に帰る。
青年が立派な人なのは伝わるが、貴族としての身分は言おうとしない。
しかし嘘を言っているとは思えない理津子なのだった。




