不思議な青年
すっかり春の陽気になり寒さも落ち着いてきた春の季節。
とはいえ花粉症の季節でもあるため目と鼻が大変な事になっている。
そんな花粉の飛ぶ季節でも外に出なくてはいけないのは辛いところか。
そして買い物帰りに不思議な青年に出会った様子。
「それにしてもすっかり春か、花粉が辛い、ん?」
「すまない、少しいいかな」
「あたし?はい、なんでしょうか」
理津子に声をかけてきた不思議な青年。
振る舞いなどから少なくとも貴族以上の身分だと理津子は感じ取る。
「えっと、なんでしょうか」
「ここに来るのははじめてでね、何か美味しい食べ物とかがあれば教えて欲しいんだ」
「美味しい食べ物…何か具体的にあれば教えていただけると嬉しいです」
「そうだね、なら庶民的な食べ物がいい、あと名物と呼ばれるものがあればそれがいいな」
「なるほど、庶民的で名物…ならついてきてください」
その不思議な青年のリクエストは庶民的でなおかつ名物料理。
それで浮かんだのはこの街の名物のイワシカレーだ。
カレー屋もいいがあえて酒場に連れて行くのが理津子らしいというか。
「これが名物で庶民的な料理のイワシカレーですね」
「なるほど、スパイス料理か、港町だからこそスパイスが安く手に入るんだね」
「スパイスはやっぱり高いんですか?」
「いや、産地や貿易が盛んな街では安いと聞いているよ」
「つまり輸出する際にふっかけてるって事なのかな」
スパイスは育てるのが大変なので、輸出する際には自然と高くなる。
その一方で産地や貿易をしている都市では安く手に入るのだという。
ここが港町という立地だからこそカレーも安く食べられるという事なのだ。
「どうですか」
「うん、確かに美味しいね、このイワシという魚は名物なのかな」
「イワシは庶民の魚と言われる魚なんです、魚の中では安く手に入りやすいからですね」
「なるほど、だからこそ庶民的な料理に使われる事も多いのか」
「港町ですから、魚はたくさんありますね、イワシカレーは労働者的にもありがたいんですよ」
カレーは栄養価的にも労働者にはありがたい食べ物だ。
港町は漁師の他にも様々な労働者がいる。
素早く食べられて栄養価もバッチリなカレーは強いのである。
「それにしても貴族か、それ以上にも見えるのにこういうのを食べたがるんですね」
「何事も経験だよ、父上曰く外の世界も見るようにっていうのが教育方針でね」
「なるほど、それでこの街に」
「うん、だから家に帰るまで、夏頃まではこの街にいるよ」
「庶民的なものを食べたがるのも勉強の一環って事なんですね」
青年曰く教育方針で一定の年齢になると外の世界を見るのが教育なんだという。
行きたい場所は本人が決めていいという事らしく、選んだのがここなのだろう。
もちろん土地勘はないので、声をかけてきたようではあるが。
「でも意外と世間知らずなんですね」
「ははっ、まあ王都にだけいたら世間知らずにもなるだろうからこそだよね」
「上流階級だからこそ、下々の者達の事を見なさいっていう事なんですか?」
「かもしれないね、僕としたらそういう教育を受けられるだけありがたいと思うから」
「いいお父様をお持ちなんですね」
そんな彼もイワシカレーを綺麗に食べていた。
その食事の作法からやはりそうした教育を受けているのだと感じ取る。
店を出て少し付き合う事にした。
「街の景色とかも興味深いですか?」
「うん、労働者や経営者、そうした人達がどんな暮らしをしているのかが気になってね」
「なるほど、そういうのを見るのも勉強なんですね」
「普段は見えないものを見る、それは上に立つ者として見ておくべきっていう教えだよ」
「そういう教育方針なのは親も何かと考えてるんですね」
青年の父親は上流階級だからこそ見るべきものを見せるという教育方針なのだろう。
階級は分からないが、貴族以上でそれもかなりの高い身分なのだろうと感じる。
買い物帰りとはいえ少し長く付き合ってしまったか。
「ここで暮らす以上は庶民的な食事も摂るんですよね」
「うん、普段はいいものを食べてるけど、食事の一つも立派な経験だよ」
「高い身分でありながらそういう教育をするのは上に立つからこそなんでしょうか」
「少なくとも現場を知らなければ上から目線になるだけだからね」
「お父様の教育方針といい、立派すぎる」
そんな案内も落ち着き、理津子も屋敷に帰らないといけなくなる。
青年もつきあわせてすまないという事は言ってくれた。
高い身分ながらその教育をしっかりと受けている人は違うとも感じた。
「そろそろ帰らないと」
「ああ、すまなかったね、いろいろ助かったよ、では僕もこれで、それでは失礼」
「身分は高いんだろうけど、人柄のよさが凄い溢れてたな」
そのまま青年と別れて屋敷に帰る。
理津子が感じたのは人柄のよさだった。
彼の父の教育はそれだけ立派なものなのだろう。
帰ったら少し遅れて昼食にする事となった。




