目線の違い
こっちの世界もすっかり春の陽気になった様子。
それによりもう冬物の服はクローゼットの奥にある。
春は眠くなるのもまたお約束ではある。
そんな中買い物帰りに理津子はサインと遭遇していたようで。
「もうすっかり春で、桜もあるんだよね、この国って」
「あれ?リツコじゃないですか」
「あ、サインだ、こんなところで何をしてるのかな」
どうやらサインも研究の合間の息抜きで外でコーヒーをいただいていた様子。
頭を使うと甘いのが欲しくなるので、激甘ドーナツと甘いコーヒーを持っていた。
「サインは何をしてたの」
「休憩です、働き詰めだと疲れますからね」
「頭をつかうのも何かと大変なんだね」
「ええ、それと少し聞いてもいいですか」
「ん?何かな」
サインは理津子のスマホが気になる様子。
こっちの世界ではスマホは古い遺物でありシンプルな携帯電話が主流だ。
とはいえこっちのスマホは理津子の持っているもののようになんでも出来るわけでもない。
「もしかしてスマホに興味がある?」
「はい、こっちでは古いものですが、そこまでなんでも機能が入っているのは珍しいので」
「そういえばこっちのスマホって一世代前のもので、機能もそんなたくさんないんだっけ」
「そうなりますね、そもそもタッチパネルや多機能が求められていなかったのかと」
「そうした結果シンプルな携帯電話に落ち着いたっていう事なのかな」
サインが言うには多くの人の利便性なども考えられたのだろうとのこと。
手袋をする職業の人にとってタッチパネルは不便でしかない。
また国民全員が持つ事を前提にしてはいけないという事も考えられたようだ。
「でもそういう事もしっかり考えられるっていうのはきちんとしてると思うよ」
「ええ、それに全員が持っているという事が前提になるのはただの愚策ですしね」
「確かにあたしの世界だと新しいサービスとかスマホを持ってる前提が多かったな」
「寧ろ普及しすぎた結果そういう考えになるんですよ、持ってないという事を考えないので」
「だから持ってない人でもサービスを利用出来るようにならないといけないって事だよね?」
サインが言うには持っているという事が前提になる事も危惧されたのだとか。
その結果持っていない人は非国民のような事が起こったらしい。
それにより結果としてスマホは廃れていったのがこの世界なのだという。
「でもスマホが廃れた理由がそういう背景なんだね、この世界」
「ええ、みんなが持っている事を前提に考えるようになっていったんです」
「でも当然持ってない人もいる、持ってない人は非国民のように扱われるかな」
「携帯電話は持っていれば便利ですが、持たないといけないという法律はないんですよ」
「それはどの世界でも国でも変わらない、だね」
持っていれば便利なものではあるが、持たないといけないという決まりはない。
それなのに持たない人は非国民のようにサービス提供側が傾いてしまった。
だからこそこの世界でスマホは過去のそうした事により嫌われてもいったとか。
「でもそういう目線って大切だよねぇ、持ってない人もいるっていうのは」
「みんな持っているのにあえて持たない人も世の中にはいるんですよ」
「確かに大学でもスマホを持ってない生徒を見たなぁ、あえて持ってなかったらしいし」
「変わり者だと思われるのでしょうね、そういう人は」
「なんというか、どこからでも連絡が来るのが煩わしいとかもありそう」
携帯電話でもスマホでも持たない人には持たない人なりの理由がある。
便利なものでこそあるが、あえて持たないという人もいるのだ。
そんな理津子もスマホは持っていたが、そこまで使っていなかったらしい。
「でもサインはそういう事情を知ってるんだね」
「機界では必修科目ですよ、他の世界の種族達がスマホでどうなったかというのは」
「マジか、そういう教育もしてるんだね」
「まあリツコの持っているもののように多機能ではなかったですけどね」
「それでもあたしのスマホに入ってる機能の多くは入ってるのかな」
サインが見る限りでは電子決済やゲームなどはない機能らしいという。
その一方でネット接続などは出来たのだとか。
それによりアプリでのサービスが増えていったのも今の結果に起因しているとか。
「なんというかこっちの世界でもスマホ依存みたいな歴史があったんだね」
「ドーナツ一つ食べます?」
「ならもらおうかな」
サインが語るこの世界の過去のスマホ事情。
そうした結果持っていない人にも目線が向くようになったという。
理津子の世界とはまた違う目線を感じた話だった。
世の中にはそれを持っていない人もいるのは当然なのだから。