第8話
煙と悲鳴、その発生元に辿り着いた頃には全てが終わっていた。30分くらい走る中で、一時は複数の悲鳴が聞こえたものの、次第に静かになっていった。そして近づけば近づくほど…焦げ臭くなっていた。
「ベアリア、周囲を警戒。敵と判断した場合は躊躇わなくてよし」
「わかりました」
俺達が辿り着いたのは腰ほどの高さがある木の柵で囲われた集落だった。森で姿を隠しながら、その入り口らしきところまで回ると、そこには親切に村の名前と思しきものがデカデカと書かれた立て看板があった。幸いにも、その字は日本語だった。さすがに【龍の剣】に近い世界なだけはある。
「カリカリオ村、聞き覚えは?」
「ないです。初めて聞きました」
一応、一通り【龍の剣】の世界は回っている。その俺ですら聞いたことがない村の名前だった。
「さてと…」
「どうしますか?」
俺は木の陰から村の様子を探る。
まず、人の気配がしない。
次に、ほとんどの建物が火事によって倒壊しており、一部の柱などが黒くなって残されているだけ。
最後に…入り口近くに3人倒れている。ピクリともしないし、うちうつ伏せに倒れていた1人の背中には見覚えがある斧が刺さっていた。
「オークのハンドアックス…」
それを使うのはオークだけだ。豚の顔をした人型の魔物。【龍の剣】内では何度となく人間の村を襲撃する場面がある。設定では食料を持ち去ることを目的としており、人間も喰うらしい。おまけ程度に存在するストーリーの中でも度々人間と対立することがあったような…
「とりあえず…行くか」
俺は可能な限り足音を消して入り口に忍び寄る。すると、3人の死体から発せられている血の匂いが鼻を抜けていく。さすがに同族の死体には胃から何かが込み上げてくるが、それを飲み込んで、村の中をこっそり伺う。
「人影なし。オークも確認されず。まともに残ってる建物はなしか」
リアルで燃え果てた廃墟というやつを初めて見た。
「ここまで来るのに、そこそこ時間はかかったけど、木造住宅が燃え尽きるのって、そんなに早いものか?」
「実は早朝に朝霧が発生していまして、この煙に気づくのが少し遅れています」
「霧に紛れての襲撃ねぇ…」
ふと死体に刺さったオークのハンドアックスに視線を移す。
「握り斧、ないよりはマシか」
俺は死体から斧を引き抜くと、軽く振って感覚を確かめ…血が出てきた死体には目もくれずに村へと足を踏み込む。
「敵」
「見当たりません」
村の中は奥に唯一燃えていない三角屋根の家があったが、それ以外に原型をとどめている建物はない。当然だが、生存者も…
「肉が焼ける匂いと鉄の匂い…地獄だな」
そこら中に転がる真っ黒なそれはおそらく人間の死体。本気で意識すると吐いてしまいそうだ。
「生存者がいても、オークに連れ去られた可能性の方が高いか。となると、あそこを調べる他ないわな」
三角屋根の家まで直線距離にして100mをゆっくりと進む。途中、武装した死体やオークの死体なども転がっていたが…妙なことに気がついた。
「女子供の死体がない…」
転がっている死体の全てが争った形跡があるため、力なき者を守っていたのだろうか。
などと思っていたのだが、現実はかなり残酷だった。
「オークも女性や子供の肉を好んでいますから」
後ろをついてくるベアリアの発言を聞いた瞬間は何が言いたいのかわからなかった。しかし、オークも、と言われれば心当たりがないわけじゃない。
確か、雌牛の肉の方が柔らかくて美味しいと聞いたことがある。だから雄牛も去勢して雌の肉に近づけたりもするらしい。まぁ単純に考えれば雄より雌の方が美味しそうではある。つまるところは…人間の雌、女性が好まれるのは当然か。
「いや、子供は?」
「オークはある程度家畜を育てる概念を持っています」
「…なるほど。ちなみにある程度というのは?」
「外から連れてきた子供を育てて食べるだけです。その子供同士を交配させるところまでは至っていないと聞きます」
「だから随時子供も連れ去るのか。じゃああれは?女性にオークの子を孕ませるとかいうやつ」
「え?人間とオークが異種交配可能という話は聞いたことがありませんが…」
「だよなぁ。猪と猿で子供作れるかよ…」
そんなことを話しながら三角屋根の家の前に辿り着くと、今まで嗅いだことがない…すごく不衛生的な獣臭が漂っていた。家の周りの地面を見ると、初めて見たがおよそ人間ではないオークの足跡が至る所に残されていた。
「安否確認、と…」
「クマノヴィッツ様」
俺が家の扉を叩こうとした瞬間、ベアリアが俺を制止するので、ピタリと止まる。すると、どこからか…豚の鳴き声が聞こえてきた。
「…この家の裏です」
ベアリアは骨弓を強く握って進言してくれる。
「ハァ…静かに行くぞ」
めちゃくちゃ逃げたくなってきた。
俺は握り斧と盾を構えて、家の向かって右側から回り込む。音が鳴る草や砂利といった類のものがないことも幸いして、かなり静かに家の裏を覗き込めた。
「ブヒッ」
「ブッブッ」
「ブヒッ」
オークが3匹、家の裏口を突破しようと集まっていた。3匹の子豚は1匹の狼から身を守る話だったが、どうやらこの世界の豚は逆に人家を襲う側だったらしい。尤も、狼のように息を吹きかけて家を吹き飛ばすような荒技は持っていないらしい。
「3匹か、倒せるか?」
オークのレベルがわからないだけに、いきなり飛び出すことはできない。ゲームオーバーしたらリトライなんて生易しい設定が存在するとは思えないからだ。
「オークはどれだけレベルが高くとも、基本的には鈍重です。危険を感じた段階で撤退しましょう」
「鈍重だから近接戦は嫌なんだよ。まぁ…頼りにしてる」
「了解しました」
俺のレベルは43。【龍の剣】で登場する一般的なオークの最大レベルは45。そしてオーク将軍などといった上位種になるとそれ以上。油断したらあっという間だ。
「行くぞ。カウント、3…2…1…」
俺は勢いよく飛び出した。
「武技、武器投げぇぇええ!」
1匹のオークの頭を目掛けてオークのハンドアックスをぶん投げる。
「ブヒッ?」
「ピギィィィッ!」
「ブォフッ!」
オークのハンドアックスは縦方向に高速で回転をし、狙ったオークの頭に直撃すると…その豚頭をかち割った。そもそもゲームのようなHPが数値として存在しない以上は、即死させられる物理力の行使さえできればいけるのかもしれない。逆も然りというわけだが。
「ベアリア、短期決戦!」
「はい!」
ベアリアが放った光の矢が別のオークの額に刺さる。
「ブッ…」
そいつも何もできずに仰向けに倒れた。
「連続射撃!」
しかし3匹目はベアリアの矢を持っていた盾で防ぐ。
「ブヒブー」
あ、こいつオーク将軍だわ。




