第6話
どれくらい歩いただろうか。気づくと日が沈んでいて、俺達は野営をすることにした。俺は当初「動けるうちに動いた方がいい」と主張したが、ベアリアが「この先どうなるかわからない以上、休憩は必要」と反対してきた。正直、自分の判断に自信がなかったので、ベアリアの意見に便乗できて助かった。
そこで俺は乾燥した木の枝を大量に集め、ファイアボールで火を点けた。その一方で、ベアリアはツノ兎を1匹仕留め、俺の折れた剣を使って毛皮を剥ぎ、内臓を取り出して、兎肉をその火で焼いた。
そして焼きすぎてパッサパサかつ超固くなった兎肉をどうにかこうにか2人で食べきり、俺達は焚き火を囲んで暖をとった。
「休憩するためなのに…なぜ顎を酷使したんだろうな…」
固い兎肉を食べるのに疲れた俺が頰をさすっていると、向かいに座るベアリアは申し訳なさそうな顔をして見つめてくる。
「すみません。料理は苦手で」
ゲームでは料理なんかしなかったし、そもそも食事を必要としていなかった。そのゲームのNPCなのだ。ベアリアがやった段階で当然の結果と覚悟はできていた。それに…
「俺がやったらただ焦がすだけだったし、気にすることはないさ」
…ということで、ベアリアには笑っておく。
すると、ベアリアは不意にきょとんとした顔をする。
「ベアリア?」
俺は咄嗟に振り向き、背後に広がる闇を凝視するが、そこには何もなかった。別に何かを見つけたわけではなさそうだったので、改めてベアリアを見ると、今度は見惚れてしまうような優しい笑顔になっていた。
「すみません。ただ…新鮮な感じがして」
「新鮮?」
ベアリアは遠慮がちに口を開く。
「クマノヴィッツ様とお話しする機会はありませんでしたから。なんと言いますか…嬉しいんです」
「お、おお…それもそうか」
ゲーム内で従者との会話はこちらが入力するコマンドに対して「承知しました」とか「了解」みたいな定型文を交わすだけだった。そもそも俺も…ベアリアの声を初めて聞いたわけで、言われると新鮮なのかもしれない。
「ちなみに従者って冒険者に呼ばれるまではどうしてるの?」
一応、元ゲームの住人として、ベアリアは自分自身をどう捉えているのか聞いておこう。俺がログイン勢だったことには気づいているのかも気になる。
しかし俺の質問にベアリアは満面の笑みを浮かべた。
「私の場合はクマノヴィッツ様に呼ばれるまで、ずっと寝ています。従者だけが勝手に動くことは許されません。私の役目はクマノヴィッツ様のお役に立つ、ただそれだけなので」
「【龍の剣】というゲームは知ってるか?」
「龍の剣は冒険者の皆様がお探しになっているかの偉大な龍殺しが持っていた剣のことですよね?」
「じゃあ、ベアリアはどうやって生まれた?」
「気づけば幸運にもクマノヴィッツ様の従者をしていました。子供の頃の記憶などは…申し訳ありません。持ち合わせていません」
「人間…なんだよな?」
「はい。種族は人間ですが…」
「最後に、俺をどう思う?」
「え?あっ…その…他者とは比べられないほどの最高な主です。理由も言わなくてはなりませんか?」
「いや、ありがとう」
突然の質問攻めだったろうに、ベアリアは得意げに全てを答えた。お陰でわかったことがいくつかある。
どうやらベアリアは自分がゲームの住人であるという事実を知らず、俺がノートパソコンを通じて操作していたクマノヴィッツを主として従っているようだ。そしてそのことについて…一切の疑問も持っていない。
まるで自分が従者の申し子だとでも言いたげだ。
そして俺はクマノヴィッツとしての行動が求められるわけだ。まぁ…クマノヴィッツに特別な特徴はないと思うけど。なりきりプレイとかもしてないし。
「さてと、じゃあ見張りとか決めるとしますか」
「私が…」
従者の申し子なら何を言うかも察せる。
「却下」
「え?」
「ベアリアは今や唯一の戦闘要員。休んでもらわなきゃ困る。ということで、最初は俺がやる。疲れ次第交代しよう。時計がないからシフトも組めないしな」
「クマノヴィッツ様を差し置いて休憩など」
「命令。休んだ分は働いてもらうんだ。わかったら、寝ろ」
だんだんベアリアの扱い方もわかってきた。
「わかりました。ですが疲れたらすぐ起こしてくださいね」
俺は盾を片手に立ち上がる。初めての野営で、しかも開けた場所といっても、奇襲されたらひとたまりもない森の中…ここから相当神経をすり減らすことになりそうだ。
尤も、記憶が確かならぼっちウルフは夜寝るし、ぼっちウルフの生息域は基本的に安全圏。油断は禁物だが、しっかりと起きて周囲を警戒すれば、奇襲されてもどうにかなりそうな気もする。
「おやすみ、ベアリア」
ゲフフ、ベアリアめ。襲ってくるのが魔物だけだと思っているな。こんな上物が目の前にあるというのに、このクマノヴィッツ様が獣にならないはずが………冗談でーす。
「しょうもないこと考えてないと寝そうだしな…」




