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第49話

・龍の剣用語集に載る新種魔物のアイデア募集中。

 先生はあれからというもの、私に色々教えてくれた。それは調合の知識だけではなく、薬草の種類や摘み方をはじめ、私達が知らなかった食べられる森の恵み、森の魔物の痕跡など、多岐にわたる。ついには村長やヒノイなんかも先生から教わり始めていた。その結果…


「先生!…って、あれ?」


 先生が目覚めてさらに10日が過ぎると、先生は私の家から度々姿を消した。新しい森の恵みの恩恵を寒村に授けたことで村長からの信頼を獲得し、先生は堂々と村を歩けるようになったからである。しかし私はもっと多くを学びたいし…彼にはやらなければならないことがある。


「だぁぁあああああ!」


 先生を探して家の中を歩き回っていると、外からヒノイの雄叫びが聞こえてきた。私はすぐに身嗜みを整えて、手拭いを2枚片手に家を出る。そして声がした方…ベンおじさんの家の裏庭に向かった。

「はぁ…はぁ…」

「なぁヒノイ君、今日はこれくらいにしないか?」

「まだまだぁ!」

「うおっ!?」

 そこではヒノイと先生が木剣で戦っていた。というよりかは…ヒノイが一方的に先生に襲いかかっているように見える。

「あ、イセスねーね!」

「おや、本当だねぇ」

 私がベンおじさんの家の横を抜けると、ベンおじさんがよく昼寝をしているウッドデッキにベンおじさんが座っていて、その膝の上にミルモもいた。私は溜息混じりに観戦中の2人へ近づいた。


「先生とヒノイはいつから?」

「あのね!1時間くらいずっと戦ってるよ!でもね!ヒノイにーにが全然勝てないの!」


 ミルモは興奮気味だった。娯楽に飢えているトットラ村において、先生達の戦いっぷりは相当に見応えがあるらしい。いや…実際、普通に迫力がある。

「うおおおおおお!」

 村の守護者としてのヒノイの強さは素人目ですごいと思っていた。事実、ヒノイは1人で一般人じゃ到底勝てない魔物の数々を仕留めていたのだから。

 しかしそんなヒノイの両手で振るう木剣は木剣を片手で構える先生に軽々と受け止められてしまう。長身で筋肉質、2人の体格差はほぼないように見えるが、先生はまるで巨岩のように重く固いようだ。

「体幹の差?」

 ヒノイがひ弱というわけではない。木剣を打ち合う度に、その凄まじい衝撃が観戦席まで届いている。なるほど、これは見てても飽きない。


 タロニッツは「ヒノイより弱い」と言っていたが、これは聞いた話と違う。豊富な知識と片腕を失ってなおこの戦闘力…本当に何者なのか。


「って1時間…」


 気になることは多々あるが、朝食を食べてすぐに姿を消したと思えば、ヒノイに付き合わされているのか。本当なら今頃私の座学に付き合っている時間だというのに。

 先生は断ることを知らないのではないかというぐらい、頼まれごとはなんでも引き受けてしまう。助けられた恩返しというよりは、元々善性の高い人物なのだろう。

 しかし予定を反故にされて黙ってはいられない。


「先生!」


 私は先生がヒノイを身体ごと弾き飛ばしたタイミングで声をかける。すると先生は私を見るなり、すぐに顔を引きつらせた。

「げっ…」

 どうやら予定自体は覚えていたらしい。

「げっ、じゃないですよ」

「いや待ってくれイセス。俺はその…ほら?…ヒノイ君!」

 先生は助け舟を求めてヒノイの方を見るが、ヒノイは木剣を落として地面に座り込んだ。近くに来て気づいたが、苦笑する先生の顔にはあまり疲労感は見られないのに、ヒノイは汗まみれな上に激しく肩で息をしていて、とても助け舟が出せる状態ではなかった。

 それでもヒノイは顔を上げると、私に力のない笑顔を見せた。


「ははっ…ごめんイセス…先生も剣が使えるって…聞いてさ…ちょっと…はははっ…」


 無意識に溜息が出た。

「だからってそんなになるまでやらなくても」

 ヒノイは優しく頼もしいが、自分でその信頼を保とうとしている節がある。要は少しプライドが高く、かなり負けず嫌いなのだ。

 私は手拭いを1枚、バテバテのヒノイの顔に投げつけて、もう1枚を先生に渡そうと、先生の顔を見上げる。すると、先生の視線は私の頭を越えた向こう側を向いていた。私も気になってその視線の先を追いかけて振り返ると…


「いやぁお見事ですな」


 そこはベンおじさん達がいたウッドデッキで、いつのまにかベンおじさんの隣に老紳士が1人立っていた。私が離れたほんの一瞬の隙に現れるとは…

「村長…」

 60歳を超えると長寿と言われる中で、杖もつかずに直立する村長は70歳を超えていた。村の権力者として、年功序列的にも強い。ちなみに…私は個人的に村長が苦手だ。


「いえいえ、結構ギリギリでしたよ。ヒノイ君は筋がいい。私くらいの歳になれば、私より優れた剣士になるでしょうな」

「それはいいことを聞きました。ヒノイ、これからも精進しなさい」

「はい!」


 ヒノイは村長のことを尊敬している。真面目な彼にとって村長は仕えるべき国王のようなものなのだろう。一方で先生は…私と同じで村長のことが苦手らしく、無意識なのか、少し愛想笑いの顔が引きつっている。

「どうです先生、この後お茶でも」

「あー…っとですな…」

 不意に先生と目が合う。私はまた、今度はわざとらしく大きな溜息をつく。


「先生、この後は私の調合を見てくれるんじゃないの?また約束をすっぽかす気?」


 仕方なく村長にも聞こえるように文句を言ってみると、先生は嬉しそうに苦笑して、村長の方を見た。

「てな具合でして。またの機会に」

「そうですか」

 ここだ。私が苦手とするところは。

 村長はただ静かに笑みを見せるだけで、基本的には何を考えているのか表情から読み取ることができない。それが穏やかな海のようだったら気にすることもなかったのだが、村長のそれは…深く淀んだ闇のような気がしてならない。私は幼い頃、それが理由で村長を見る度に泣いていた時期があるほどだ。

 怖いのだ。その雰囲気が。


「行こ、先生」

「ああこらイセス…どうも失礼します。ヒノイ君も強かったよ」


 私は強引に先生の手を引いて裏庭から撤収する。村長も私が村長を苦手としていることに気づいている。失礼な態度など今更だ。それよりも…

「先生、あまり村長には近づかないで」

「イセス?」

 これ以上、トットラ村に先生が馴染むのは問題ではないか?

「先生」

 私は自分の家の前で立ち止まり、先生の手を両手で包み、戸惑いを見せる先生の顔を見上げた。


「一緒に来て欲しいところがあるの」


 ヒノイより知識も腕もあるのなら、むしろ歓迎すべきだろう。このまま先生を村に残していてはいけない気がする。

 初め村長は先生の受け入れに反対していたのに、今では頻繁に接触を図ろうとしている。記憶のない先生は断らない性格だから…何かに巻き込まれてしまう気がしてならないのだ。


 鳥籠に入るのは私とヒノイだけで十分なんだ。


「でも…腕はないか」

「ん?ないぞ?」

 先生はそう言って私に笑いかける。

「多分だが、俺にはやらにゃならんことがあるんだろう?安心しろ。村長殿に囲まれる前に村は出るさ」

 せめてもの救いは先生の察しがいいことだろうか。

見えてきた50話!長いですね…もっと長く書いてる人もいますけど、尊敬ですよ本当に。

次回から戦闘パート入ります。苦手だぁ…

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