第46話
・龍の剣用語集に載る新種魔物のアイデア募集中。
「ねぇー、まだ起きないのー?」
誰かが俺の身体を揺すっている。
「まだ起きないねぇ、10日も過ぎてるのに。ってミルモ、怪我人を揺すらないの。外でヒノイと遊んできなさい」
「はーい」
子供と女の声が聞こえる。とりあえず起きるか。
「…っつ…」
俺はゆっくりと上体を起こしたが、上半身の不安定さに驚いた。身体がなぜ左に傾く…
「わがまま娘のミルモもたまには役に立つのね」
それを確認する前に女と目が合う。女は俺が寝ていたベッドの横で椅子に座り、分厚い本を膝の上に置いて読書をしていたらしい。年は俺より随分と若そうだが、その顔は妙にやつれていた。
「初めまして、状況を理解できてますか?」
「いや…」
俺は反射的に首を横に振ったが、右を向いた時…違和感の正体に気づく。
「腕が…」
右腕がない。そのことに俺は言葉を失い、恐る恐る女を見ると、女は溜息をついた。
「川から流されてきたんです。腕はその時に喰われたのではないかと」
本当ならもっと大げさに驚くべきだろうが、なるほどそういった力が出ない。
「そうか…」
つまり、俺は目の前の彼女に助けられたのか。
「すまない。助かった」
俺はすぐに頭を下げるが、彼女はすぐに首を横に振った。
「見つけたのはヒノイ、力をくれたのはタロニッツよ。私は手と場所を貸しただけ」
ああ、奴が………奴が?
「あ、そうそう」
彼女はそう言うと本を閉じて立ち上がり、仁王立ちで俺を見下ろす。
「あなた、タロニッツとどういう関係なの?私にあんな力を授けて…彼は何者?」
急な質問攻め。質問したいのはこちらだ。
俺は右手を出そうとしたが、ないことに気付いてすぐに左手を彼女に向ける。
「待ってくれ。そいつぁ…誰のことだ」
それにタロニッツが誰なのか、俺にはわからなかった。
しかし彼女は強く睨みつけてくるばかりで、それを許してはくれない。
「シラを切るつもり?あなたもタロニッツに会ってるはずよ」
参ったな…
「すまないが、誰のことを言っている?」
俺がまた首を振ると、俺達の間に静寂が訪れる。
「「…」」
タロニッツ…どこかであったか?いやそんな人物に心当たりは…
しばらくして、俺と彼女は同じ疑念を抱いた。
「あなた、もしかして…」
「参ったな…俺は…誰だ?」
言葉は理解できる。字も読める。しかし腕を失ったことやそれ以前のことが思い出せない。
「嘘ぉ…」
彼女は力が抜けたように椅子に沈んだ。
「すまないな。えっと…」
こういう時に必要なものはなんだろうか。
多分だが、情報のような気がする。残っている価値判断から言えば…
「お嬢さん、名前を聞いても?」
「私の?トットラ村の薬師、イセスよ。ここは私の死んだ父の寝室」
彼女…イセスは椅子の背もたれに背を預け、天井を仰ぎながら、聞いてもいないことまで話してくれるが…その口調は随分と投げやりだった。
「その…ヒノイとやらに見つけてもらった経緯について」
「夢の中でタロニッツがヒノイを連れて川に行けって言ったのよ。そこで右腕のない血みどろのあなたを拾ったの」
「夢の中で…?」
「ええ…ああ、どうしよう…」
…どうやら俺よりイセスの方が動揺しているようだ。タロニッツという存在が鍵のようだが…
「イセス、君は薬師と言ったか」
俺は自分の消えた右肩を見ると、包帯が分厚く巻かれていたものの、血が滲み出ていないことや傷口からの痛みがないことに気がつく。
「上級回復薬を調合できる薬師に出会えたことが幸運だったようだ」
尤も、本来あるはずの右手を動かそうとすると、右腕があったであろう部分に何か痛みを覚える。何もないはずなのに痛いとは妙な感覚だ。
などと自分の右側を観察していたが、突然イセスは天井に向かって一際大きな溜息をついた。
「私は下級回復薬しか作れないし、トットラ村は上級回復薬を調合するために必要な素材がそもそも手に入らない田舎よ」
「ではどうやって…」
当然の疑問を投げる。すると、イセスは目だけを動かして俺を見ると、両手で分厚い本を掲げる。
「薬学大全…の5巻?」
掲げられた時の風に乗せられ、年季の入った匂いが鼻を抜ける。よく見なくとも、表紙はボロボロだし、中の紙も黄ばんでいた。
「ふぅ…ふんっ!」
不意にイセスは息を止めて、両手に力を込める。微量な魔力の流れを感じるので、おそらくは魔法か何かを使っているのだ。
「おいおい…参ったな」
どんな魔法なのかはすぐにわかったが…それはあまりにも不思議な魔法だった。
「だはっ!」
イセスは多分使い慣れていないであろう魔法を使い終え、息を吐き出す勢いで顔を起こした。
「私はこれを腐った上級回復薬に使ったの」
イセスが掲げていた本は魔法によって…新品に戻っていた。ボロボロだったはずの表紙も綺麗になり、紙も白くなっていたのだ。古いものを新しくする魔法など聞いたことがない。そんな魔法があるのなら、武器の刃こぼれを気にしなくてもいいということになる。非常に便利な魔法だ。
「一体どんな…」
「私が聞きたいわよ…!」
イセスは今度は頭を下げて、床にイラつきをぶつける。
イセスはタロニッツが力をくれたと言った。その力がこれだというのなら…タロニッツとは何者であるのか。
そもそも、察するにタロニッツは俺を助けるために彼女へ力を与えたわけだろう?なぜそんなでたらめな存在が俺を助ける必要がある?
「…すまない」
「いいえ、私もあなたに怒ってるわけじゃないの。ごめんなさい…」
そう言ってイセスは立ち上がり、俺に力のない笑みを見せる。
「よかった。人助けは本当に助けてからじゃないと喜べないから」
これは俺が彼女を巻き込んでしまったのではあるまいか。
「ああ…助かった。腕はないがね」
少しからかうように返せば、イセスもほんの少しだけおかしそうに笑った。
「それは自業自得よ。記憶取り戻して、過去の自分に言うのね」
やはりまずは…そこから始めねば。
「ああ、そうするよ」
いやぁ、気づけば1万pv。
本当にありがとうございます。
今後とも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




