第45話
・龍の剣用語集に載る新種魔物のアイデア募集中。
「これはどういうつもり?」
私は久々に本気で殴った。最後に人を殴ったのはギルが村を出る覚悟をした時だったか。しかし今回殴った相手は果たして人なのだろうか。
「いてて…イセス、君は一般的な女性より…うんと腕力がある。今のうちに剣でも覚えたら…」
私はあの真っ白な世界で大の字に倒れた彼を蔑むようにして見下ろしたが、彼はおかしそうに喉を鳴らした。
「あなた、私に何をさせたいの?」
ヒノイを連れて川に行くように指示したのは彼であり、そこには瀕死の男性がいて、助けるための大博打にも介入してきた。私は全てをコントロール下に置こうとしている彼に怒りを覚えていた。
彼は上体を起こし、そんな私を見れば、左手で真っ赤に腫れ上がった左頬をさすりながら、右手で私を指差した。
「イセス、君には何が何でも彼を救命してもらうよ。でもあれじゃ彼は確実に死ぬからね」
彼はそう言って立ち上がると、私に背を向けて、大きく両手を広げる。
「【神の目 MarkII】発動」
突然、彼の目の前に彼の背丈ほどある光の壁が形成され、私が見上げる位置まで浮き上がる。
「はっ…?」
その光の壁には倒れた私や駆け寄ろうとするヒノイ達が写っていたが、まるで一枚の絵のように誰もが止まっていた。
「かっこいいだろう?MarkIIは時間も止められるのだよ」
「…どういうこと?」
「ふむ、やはりタロスの民の反応はこんなものか。よろしい、説明してあげよう」
彼は光の壁の下で私の方に振り返り、自慢げに胸を張った。
「僕はね、時間を止めることができるんだよ。なんたって、神のようなものだからね」
…理解が追いつかない。
「つまり…」
「そうさ、ここに映っているのは実際の君。それで僕は時間を止めて、自分の世界に君を招き入れた…それなりにすごい存在ってわけだ」
なるほど、やはり彼は人間ではなかったのか。となると…
「そうか。あなた悪魔か何かね」
「へ?」
私が半歩下がって強く睨みつけると、彼はこれは予想外と驚いた顔を見せる。
「待て待て…なぜそうなった…」
彼が半歩近づけば、私も半歩下がる。
「私が敬虔な神徒教徒でないことにつけ込んだ悪魔でしょう?川から流れてきた人も異端者ね」
そうでなければ、私のような田舎娘にこんな人外が取り付くはずもない。
「…参ったな」
すぐに否定するかと思われたが、彼は悩む素振りを見せる。
「あながち間違ってはいない気もするわけで…」
彼は考え続け、うんうんと唸り…しばらくして、取ってつけたような笑顔が戻った。
「全てを話すには時間が足りないんだ。時間も無限に止められるわけではないからね。だから君には端的に話そう」
悪魔なのかは肯定も否定もせず、彼は笑顔のまま続ける。
「僕にはある計画があった。計画自体は君や世界に一切関わりのない内容でね、君が拾った彼が計画には必要だった。だから彼にはリットラン大聖堂まで来て欲しかったのだけど…邪魔が入った。誰の差し金かは察しがついてるだけマシかな。で、偶然にも彼が行き着く先に僕の声が聞こえる君がいた」
彼はここで苦々しく笑う。
「つまり君には本当なら何も頼まないつもりだった。ずっと僕の話し相手でいて欲しかった。うん、本当に」
嘘は言ってなさそうだ…いや、嘘を見抜けるほど私も達観してるわけではない。ただ、物心ついた頃からずっと話し相手をしてきたからか、何となくそう思えるのだ。
「でも状況が状況だから、頼まざるを得ない。頼むイセス、今彼を失うわけにはいかないんだ」
どう判断したものか迷う私に対して、ついに彼は両手を組んで跪いた。
「頼む」
この野郎、私が村の年寄り達に頼まれることが多いせいで頼まれごとに弱くなってるのを知ってやがる。
それを抜きにしても…どうだろうか。この得体のしれない彼を許容していいものか。
「…私が迷うのも知ってるよね?」
「もちろん、長いこと君と話してるからね」
「じゃあ私がどう判断すると思う?」
私は彼が嘘をついておらず、悪性の何かではないような気がしている。では彼は私をどれほどまでに信用しているのだろうという質問だった。
しかし彼は私が思った以上に早く、それでいて力強い目をして私を見返す。
「助けるさ」
「根拠は?」
「人が死ぬのを見過ごせない。それが極悪人であったとしても」
なるほど…ま、そうでしょうとも。そもそも迷う必要もないか。
「極悪人ではないのよね?」
「ああ、彼は臆病な面が強いからね。ヒノイよりも弱いから」
それはいいことを聞いた。
「まぁ、元々助けるつもりだったし」
結局この答えに辿り着く。得体のしれない彼の言葉があってもなくても、目の前で瀕死の人間がいれば最善を尽くすだろう。
「で、傷口を焼く以外に現状方法がないのだけど?」
そう、最善があれだった。そこに彼が介入してきたのだから、当然、何か策が…
「本当はやりたくなかったんだけど、仕方ないか」
彼はここに来て何かを諦めたかのような顔を見せると、ゆっくりと立ち上がり、私に近づいてくる。さすがの私ももう逃げない。
「君に僕の力を授ける。それで救えるはずだよ」
彼が右手を差し出した。
「左手を拝借」
言われるがまま左手を乗せる。すると、彼の左手が重なって私の左手を包み込む。
「今から与えるのは、たった1つの魔法だ」
「魔法って、私魔力量に自信ない…」
「大丈夫さ。君の能力覚醒も織り込み済みだから。きっと彼なら『そんな能力、俺にはくれなかった』と怒ることだろう。あるいはご都合主義だと批判するかな」
彼は苦笑して、静かに目を閉じると、私達の手が光り始める。
「尤も、ご都合主義ではあるよね。僕が力を出し惜しんだ結果、彼は死にかけ、君に力を授けて助けさせるんだから」
暖かく優しい…これは魔力か。左手がほどよくほぐされて、つい眠たくなる…
「イセス」
彼の声で目を開ける。自然と目が閉じていた。
「って…え?」
私は左手の気持ちよさに目をとられていたが、その彼の手が僅かに透け始めていたことに気がつき、その腕を追いかけると、彼の身体や顔は早々に透けていて、向こう側が薄っすらと見えていた。
「力を出し惜しみたくもなるわけさ」
「は?え?ちょっ…」
私が慌てて手を引こうとするも、透けているにも関わらず岩のように固くどこも微動だにしない。
「いいかいイセス。落ち着いたらでいい。彼が流れてきた川をそのまま遡るんだ。途中に石碑がある。その石碑のどこかに矢印が彫られているから、それに従っていくつもの石碑を経由して、最後には廃屋に辿り着くだろう。そこにある資料をよく読むように」
「ちょっと!何?どういうこと!」
「それから彼の傷が完治したら、すぐに彼をリットラン大聖堂まで送り出すんだ。僕もそこで待ってるからね」
「勝手に!話を!進めるなっ!」
どんだけ左手を引っ張っても、彼の力が私に流れ込んでくる。一方で彼は自分が消える前に情報を残そうと、口を止めない。
「君とはしばらく話しができなくなるね。残念だ。君もリットラン大聖堂の女神像まで来てくれれば、また話せるのに」
「リットラン大聖堂って…神徒教の総本山よね?あなたは一体…」
私はすでにぼんやりとしか見えなくなっていた彼に問う。すると彼は笑った…ように見えた。
「我が名はタロニッツ…神のような……だ」
そうして神のようなものタロニッツは私の前から姿を消した。厄介な力を授けて。
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