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第44話

・龍の剣用語集に載る新種魔物のアイデア募集中。

「おー、イセス、ヒノイ…」

「ごめんベンおじさん後で!」


 籠も雫草も放置して、私達はトットラ村に戻った。

「ヒノイ!こっち!」

「はぁ…はぁ…おう…」

「あ、ベンおじさん!ババ様達の手を借りたいの!」

「ななな…!?わかった!」


 彼はこれを見越したのか?

 私は自分の家に飛び込むなり、父の医者の真似事用に作られた診察台までヒノイを誘導する。

「そこに寝かせて!」

「おう…さぁ」

 ヒノイは肩で激しく息をしながら、それを診察台の上に寝かす。

「あと、綺麗な水と布をお願い」

「よ…よし…任された…」

 そうして私は父の書斎だった部屋に1人となった。

 いや、正確にはもう1人いるのだが。


「よし…」


 ヒノイが拾ったのは…右腕を喰いちぎられた男性だった。年齢は40代ほど。服装などを見るに冒険者だろうか。となれば、川に流されている最中に、上流に生息するファゴウェルか何かに右腕を喰われたのだろう。

「呼吸はある。運がいいのね」

 体が冷たい。血が止まらない。それでもこの男性は生きている。一体どういう生命力をしているのか。

「止血。それからフェアリーファイア!」

 肩から綺麗になくなったその傷口をありったけの布で塞ぎ、暖炉に火をつける。


「どうする…どうする…」


 私が作れる傷薬は下級回復薬だけだ。肩口を塞ぐどころか、太い血管の修復すらできない代物だ。せめて中級回復薬。本音を言えば上級回復薬を…いや、部位再生は神級回復薬…

「んなのあるわけ…」

 私は近くに置いてあった下級回復薬の小瓶の栓を抜き、肩口にぶっかける。その時、不意に暖炉へ目がいく。


「確か…傷口を焼きコテで止血する方法があったよね…」


 燃え盛る火、真っ赤に光る鉄コテ、痛みに叫び狂う家畜…忘れることはない幼い頃の記憶だ。

「あれを人間にやれと言うの…」

 止血はできる。残るのは大火傷への対処。しかし、それくらいなら火傷治しと下級回復薬の併用で…

「できる。けど…」

 私は目下で横になっている男性を見る。

 耐えられるのか?人間が、重傷者が…そんな荒療治に。


「イセス…水と布…っておい!」

「え?あっ…」


 気づけば、暖炉の火かき棒を熱している自分がいた。

「イセス、何してる…?」

「傷口を焼けば、下級回復薬と火傷治しで処置できるから…」

 私がそういえば、ヒノイは抱えていた水桶を診察台の下に置き、私と診察台の間に割って入る。

「んなことしたら死んじまうぞ!この状況で息があるだけでも奇跡みたいなもんなんだ!」

「じゃあどうしろって言うのよ!下級回復薬の大量使用はそれこそ危険だし、他に手立てだって…!」

 そこへ咳払いが1つ、響いた。


「イセス、待ちな」


 声がした方、書斎の入り口を見ると、息を荒げたベンおじさんと、彼に車椅子で運ばれてきた老婆がいた。

「「ババ様…」」

 本名アルナト、村長の奥方にして、私どころか母が生まれる時から助産師として村を支えてきた人物だ。私達が本で学習することを彼女はその長い人生で経験していて、村が困った時にはまず意見を仰ぐ。もちろん私もその1人だ。

「虫の息の人間の前で争うんじゃないよ」

「「でもババ様…」」

 ババ様は私達を片手で制し、ベンおじさんに小瓶を渡す。

「イセス、これを」

 私はベンおじさんを通じて小瓶を受け取り、その瓶に書かれている字を見て驚く。


「上級回復薬だよ」


 それもそうだが…

「この字って…!」

「お前のお母さんがな、私に村で何かあった時のためにと用意してくれたものだよ」

 やはり母の字だ。ということは…

「それで治療できるのだろう?」

 ああ、やっぱりババ様も知らないんだ。


「できないよババ様…」


 これは使えない。絶対に。

「おいイセス!出し惜しみしてる場合か!」

 後ろからヒノイが小瓶を奪いに来るが、私はその手を跳ね除け、小瓶の蓋を開ける。

「見て」

 私は3人に見えるように左腕を出し、小瓶の中身を一滴、左腕に落とした。すると…

「なんとまぁ…」

「おいおい、嘘だろ…」

 一滴ついた箇所に激痛が走ると同時に、一瞬にして肌がただれた。私はすぐに綺麗な水で洗い流し、驚いた顔をする3人を見返す。

「上級回復薬の保存は長くて3年といったところなんです。母がいつ渡したかは知りませんが、もう6年も前に母はいなくなってます。期限が切れた上級回復薬は効果が薄れるどころか、劇薬に変わるんです。多分、母はそのことを説明してるか、3年後に交換するつもりだったのでしょう」

 だから母の字だと分かった瞬間、私の僅かな期待も消えていた。両親が作った薬は全て処分したつもりだったが…一度、村人全員の家を確認しに行った方がいいかもしれない。


「ババ様はローキュア使えますよね」

 ババ様は下級回復薬相当の回復魔法が使える。下級回復薬を大量に使えない以上、魔法による補助が欲しかったのだ。

「え、ええ…」

「ベンおじさんとヒノイは患者の体を押さえて」

「お、おい本気か…」

「何もしなかったら死ぬのよ。やれることをやるしかないわ」

「ヒノイ、やるぞ」

「ベンさんまで!」

 私が火かき棒を手にすると、ババ様は魔法の発動準備に入り、ベンおじさんは男性の傷口周りを押さえる。

「ああくそっ!」

 ここまで来ればヒノイも私の指示に従わざるを得ない。だから私も腹を決める。

「いきま…」


『それじゃあ彼を救えないな』


 自然と私の手から火かき棒が落ち、床材が焦げる。

「イセス?」

『まぁここまで面倒見たわけだし、僕も最後まで付き合おうかな』

 突然頭にあの声が響くと、頭がかち割れそうなほど痛み出す。私は頭を押さえて、その場に崩れた。

「イセス!イセス!おい!」

 ヒノイの駆け寄ってくる足音が聞こえるが、私はそれに答えることができず、視界が真っ暗になった。

〜〜龍の剣用語集〜〜

【ファゴウェル】

人間の腰くらいの高さがある巨大ナマズ。基本的には川底や巣である横穴で動かずじっとし、目の前を流れてきたその全てを反射的に喰らう。そのため、流木や小石なども口に入れるが、噛む力は強く、人間の拳大程度の石は平気で噛み砕く。しかし、人間の味は好みではないらしく、足や腕の1本を持っていかれるだけで、無事なケースが多い。


(提供…ROM-t様)

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