第42話
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評価等してくれた方々、本当にありがとうございます。
ただまぁ…お手柔らかに。心弱いので…
私の先祖は代々、神徒教の教会に所属する高尚な身分の人間だったと聞く。そして曽祖父が教会の権威達との間に問題を抱え、今私が暮らすトットラ村に落ち延びたのだそうだ。だから祖母は自分の父を陥れた教会に反感を持っていて、私や両親の信仰心の薄さはそこに由来する。多分、それでバチが当たったのだろう。
「イセス、良い朝だね」
「ベンおじさん、おはようございます!」
両親は薬師をしていたが、2人で薬草採取に森へ行った後、消息を絶ってしまった。魔物に喰われたか、賊に拐われたか。父は筋肉質で病気の人々を軽々と担いで運搬ができる人だったから運が良ければ、奴隷としてどこかで生きているのかもしれない。母は村一番の美貌の持ち主だったから…生きているとしたら、きっと…
「あ、そうだベンおじさん」
「ん?」
「ヒノイ見ませんでしたか?」
「ヒノイならいつものところで朝稽古してるよ」
とはいえ、もう6年も前の話で、私は見習い薬師から村唯一の薬師に成長していた。これもベンおじさんを始めとするトットラ村の皆のおかげである。村としても、多少でも医学薬学の知識を持つ者を失うわけにはいかなかったのだろう。
何せ、総人口87人のこの村には年寄りが多く、若者は私とヒノイ、それから8歳になるミルモがいるだけだ。ミルモの両親も40代で、30代は1人もいない。私やヒノイの同世代にギルというお調子者がいたが、彼はラスマへ出稼ぎに行っている。
つまり、年頃の異性はヒノイしかいないわけで…
「ヒノイ」
別に、特別意識しているつもりはない…はず。
「ん?おー、イセス。どした?」
ヒノイはベンおじさんの家の裏庭でいつも剣を振るっている。理由は汗をすぐに流せる井戸があるからだ。
私が裏庭を覗くと、彼はちょうど水浴びをしていて、上半身が露わになっていた。
「えっ…」
なんかエロい。筋骨隆々な身体が水に濡れているだけなのに、いやむしろそれが原因か。
「ろぉ…じゃなくて」
何呆然としているんだ私は。
「ん?なんだなんだ?」
ヒノイは身体を手拭いで拭きながら、ベンおじさんの家の角で様子を伺っていた私の方にノシノシと歩いてくる。
「あの…さ…」
「おう」
ヒノイは家の側面に回り、私を壁に追い込むと…それはもう快活といった顔で笑った。私より頭1つ以上大きな彼の胸板を目の前にすると、圧倒的な迫力だった。
「雫草を採りに行くんだけど…」
「俺が行こうか?」
ヒノイは村の数少ない若者として、大工だったり猟師だったり、色々と頼りになる不可欠な存在になっていた。さらには魔物から村を守るために剣を独学で学び、昨日はドラドラトカゲを討伐して帰ってきた。誠実で、力強くて、働き者だ。
「私、群生地知ってるから」
私がそう言うと、ヒノイは荒っぽく短い髪を拭くも、すぐにその手を止め、頭に乗った手拭いの隙間から私を見下ろした。
「そんなに量いるのか?」
…やっぱり聞いてくれるか。
私は日常的に1人で薬草採取に行っている。それなのになぜヒノイを誘うのか。
ーー川に行く時はヒノイを連れて行くといいーー
夢で会う彼が珍しく私に提案してきたから、という建前が私の中ではあるが、それを説明するのはいかがなものか。
ーーだって君は彼のことが好きなのだろう?ーー
こっちが本音、とは認めたくはないし。
「量もあるけど…」
「おう」
「雫草って、川沿いに生えるから、その、雨で増水してたら滑るし危ないかなぁって」
「なるほどな。つっても昨日雨なんか降ったか?」
…そう言われればそうだ。昨日は晴れてた。彼はなぜ川が増水しているなどと…
「あー、そのー、ほら?森にはドラドラトカゲがいるって話も聞いたし」
私があれやこれやと建前を重ねると、ヒノイは手拭いを首にかけて、そのゴツゴツとした大きな手を私の頭の上に乗せる。
「…わかった。俺がイセスを守る」
ヒノイの声色に少しだけ真剣味が増す。
「もう行くのか?待ってろ、すぐ支度整えっから」
「え?ああうん…待ってる」
しまった。あれはセンシティブな内容だったか。
私の両親は森で消息を絶った。一般的には魔物に喰われたという見方が多く、あれでは私がドラドラトカゲを酷く恐れているようではないか。
「距離は遠いのか?」
「往復で30分よ」
「じゃ、ベンおじさんに外出することも伝えてくる」
尤も、ヒノイの私に対する気遣いはありがたい。彼のそういうところが村において欠かせない存在になっているところだ。しかし…だからこそ、こんな寒村に縛っていいとも思えない。
ヒノイならギルのように外へ行った方が、もっと多くの人の力になるだろうに。
「うしっ、行くかイセス」
ああでも、その点は村に育てられた私も同じか。この知識は村のために使わなければ。
「よろしく、ヒノイ」
「おうさ!」
〜〜龍の剣用語集〜〜
【雫草】
下級回復薬の調合に必要な薬草。井戸の水では育たず、多くは川の近くに生えているものを採取しなければならない。そのため新人冒険者のクエストに選ばれやすい。調合の仕方は複雑であり、相応の知識を伴うが、雫草の花の蜜には僅かながら下級回復薬と同じ効果が認められるという。
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