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第4話

 転生からの転移、まぁ俺にとっては転生で、ベアリアさんにとっては転移ということになりそうだが、森の中をとにかく真っ直ぐに歩き始めた俺達は10分くらい歩いたところで、あるものを発見する。

「「ぼっちウルフ…」」

 ぼっちウルフ、正式名称「ロンリ狼」。痩せ細った一匹狼のような魔物。【龍の剣】では初心者が3番目くらいに倒すことになる、いわゆる雑魚魔物だ。

 俺とベアリアさんは顔を見合わせて首を傾げた。


「知ってる魔物がいるのに…」

「なんで私達はアイテムなどが使えないのでしょうか?」


 やっぱり【龍の剣】の世界だというのか?


「とりあえず、狩っとく?」

 わからないが、魔物がいる以上、やられる前にはやっておかねばなるまい。

「なら私が」

 俺の提案に挙手で応じたベアリアさんは骨弓を構えて、遠くにいてこちらに気づいていないぼっちウルフに狙いをつける。

「ぼっちウルフ程度ならこの弓で一撃ですから」

 狙いがつくと、ベアリアさんの骨弓には光の矢が出現する。実物の弓矢は有限であるのに対し、光の矢は無限に射ることができる。剣と魔法の世界ならではの武器だ。まぁ、無限に射れないと、不便に思いゲームで使ってくれる人がいなくなると運営が考えたのかもしれない。銃も魔法銃として弾が無限に撃てる仕様になってるし。


「いきます」


 ベアリアさんが放った光の矢は放物線を描いてぼっちウルフの横顔に刺さった。見事なヘッドショットによって、ぼっちウルフは悲鳴をあげることなく、その場に倒れた。

「ナイスショット」

「ありがとうございます」


 周囲を警戒しながらぼっちウルフに近づくと、それはすでに息絶えていた。そこで俺はベアリアさんにお願いする。

「ごめんだけど、剥ぎ取りお願いできる?」

「了解です」


 ゲームでは倒した魔物を剥ぎ取ることで素材を手に入れていたが、コマンド入力だけで解決したその作業も手動でしなければならず、俺ではできないとわかっていた。ゲームの住人であるベアリアさんなら可能だろう。


 しかし問題が再び立ちはだかる。


「剥ぎ取りナイフがありません」

「おっふ…」


 俺もベアリアさんもアイテムがない。そこには剥ぎ取りに使うアイテムも含まれている。


「じゃあ…俺の剣、使う?」

「いいのですか?」

「構わない。せっかく狩ったのに、もったいないじゃないか」

「それもそうですね。お借りします」


 俺は仕方なく唯一の刃物として自分の剣をベアリアさんに渡す。後学のために見学することも忘れちゃいない。ちなみに動画でSNSにアップするときは「閲覧注意」と添える必要がありそうな光景だが、こんなところに来て…今更何をビビる。


「毎回疑問だったのですが、冒険者の皆様はどうして素材を全て回収しなかったのでしょうか」

「…ん?」

「牙や爪、毛皮…剥ぎ取ろうと思えば全て剥ぎ取れるはずなのに。いつももったいないと思ってました」

「そう…なのか。俺、剥ぎ取り苦手でさ」

「だったら私がこれから剥ぎ取りを担当しますね」

「お…おう」


 この辺でそろそろ認識を改める必要があるな。

 今いるここはゲームじゃないし、ベアリアさんも意思を持って生きている本物の人間だ。

「ぼっちウルフの肉は食べられませんからね」

 素材として使えるものを一通り剥ぎ取ったベアリアさんが俺に剣を返してくる。俺はそれをホルダーに挿したが…お互いにあることに気がついた。


「「どうやって収納すれば…」」


 多くのアクションゲームでは戦いながらも道具を使うことができる。回復薬だったり爆弾だったり…でも、戦っているキャラクターが巨大なバッグとかを背負ってはいない。これはまさに「魔法のバッグ」のような類のもので、架空世界のご都合主義に則った代物だ。

 しかしそれが使えない今、ベアリアさんがバラした中型犬サイズの毛皮などをどうやって持ち運ぶのか。

「ベアリアさん、ポーチに牙と爪くらいなら入れられるのでは?」

 ベアリアさんが着る狩人の服にはデザイン的に腰にポーチがついていた。本来、そのポーチが魔法のバッグの役目を果たすのだろう。

「なるほど」

 それでも小さいポーチのため、すぐに一杯となった。

 毛皮は…手で持ち運ぶには少しデカイし…

「「獣臭い」」


 これから何が出てくるかもわからない以上、手荷物は増やしたくない。

「諦めますか?」

「だな」

 決して臭いからじゃない。うん。


「じゃあベアリアさん、行きますか」

 ぼっちウルフは確か臆病だから大型魔物の縄張りには絶対に踏み込まず、死肉を漁り、森の中でも安全な場所を好む。つまり、ぼっちウルフがいたということは周囲に大型魔物はいないということだ。ベアリアさんの骨弓で一撃だったことも考えると、レベルも20以下だろう。エリアボス的な魔物にさえ会わなければ、おそらく問題はない。


「あ…クマノヴィッツ様」

 俺が歩き出すと、不意にベアリアさんが声をかけてきた。何事かと振り向けば、ベアリアさんが俺を真っ直ぐに見てくる。

「ベアリアとお呼びください。私はクマノヴィッツ様の従者なのですから」

 どうやらベアリアさんは転移してからも俺との関係をそのままにする気らしい。ただのNPCと違って、自我が芽生えているにも関わらず。いや、従者として生み出された以上、本能的に俺に従うようになっているのか。


 なら、この立場は十分に利用させてもらおう。


「わかった。でもベアリア、俺達はこの森からどうにかして出ないといけない。ゲームの…いや、昔みたいにただ後ろをついて来るだけじゃなく、しっかりと俺を支えるように」

 とはいえ、ベアリアさ…ベアリアも現状を正しく理解できているわけではない。

「必ずやお役に立ってみせます」

 うんまぁ…1人より2人の方が心強いか。


「頼りにしてる」


 改めて前を向いて歩き出す。しかし何故か後ろからついて来る気配がしない。10歩ほど歩いて不思議に思った俺は背中越しに振り返ると、どういうわけかベアリアは両頬を真っ赤にしてその場で立ち尽くしていた。

「ベアリア?」

「えっ?あっ…申し訳ありません」

 ベアリアは俺と目が合うと、少し俯いて前髪なんかで自分の顔を見られないように隠す。

「…風邪?」

 近づいてくるベアリアに問うも、ベアリアは俺の両頰を両手で触れると、遠慮がちに、それでいて結構強引に前を向かせてくる。

「違います。何といいますか…大丈夫です」

「本当に?体調不良なら早めに言ってくれないと、いざという時困るからな。俺、ベアリアを見捨てたことないだろ?」


 実はゲームでは死なないことを目標に回避と防御を高めており、攻撃力はかなり低い。その分、従者に遠距離火力役を任せていたから…基本的にベアリアがやられないように立ち回っていた。だって俺が旅人の剣でぼっちウルフと戦っても絶対一撃じゃ終わらないもの。だからベアリアが動けなくなるとヤバい。

「本当に、大丈夫です。そういうのじゃありませんから」

「どういうのだし」

「前を見て歩いてください」


 っていうか、やべぇ。高校生の時も女子と触れ合う機会が少なかった俺には両頬を触られてる段階でなんか…恥ずかしい。

「わかったわかった」


 くそ、ベアリアの熱が伝染してきやがった。めっちゃ顔が熱くな…って?

「ベアリア、お前…」

「大丈夫です」


 まさか、照れてるのか?


「そ、そうか」

 でも、理由はなんだろうか。

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