第36話
ブクマや評価、感想等々大歓迎です。
評価等してくれた方々、本当にありがとうございます。
ただまぁ…お手柔らかに。心弱いので…
翌朝の天気は良好。俺達はおよそ3時間森に沿って西進し、オキュロ山の山道に至る。ボルダー曰く「この山道は森の迂回路として作られていますから」とのことで、森を下に捉える崖を進むこととなった。ただ道幅は広く、二車線は確保されているし、崖には腰の高さほどの柵も設置されていた。
「安全だな」
「そうですね」
崖の反対側はほぼ壁で、基本的に注意すべきは前後上下だが…遮蔽物がないため、見張りも森を抜ける場合に比べれば、楽なものだ。
しかし、山道を行くことでリットランへは1日のロスが生じるらしい。歴史的には、昔は魔物から馬車を護衛できる強者が少なく、森を抜ける道は存在していなかったらしく、安全な山道が整備されたのだとか。
ではなぜ、冒険者も控える我々が山道を行くのか…それはドラドラトカゲがいるからだが…やつがいるのなら、そもそも馬車で通過は危険すぎる。ラスマ、リットラン間の移動において経験豊富なボルダー達はなぜそんな森を抜けようなどと思ったのか。
この疑問には後方警戒のため、列の最後尾を歩く中で、ベアリアが答えてくれた。
「ドラドラトカゲはこの森にいなかった魔物なのか?」
「あれは年中各地を移動するらしいですよ」
ゲームでは主な出現場所は3ヶ所くらいだった気がする。どれもこれも定住している感じだったが…
「え、俺達の世界じゃ生息地が明確にされてなかったか?だからレベル上げスポットも出来てたし」
「いえ、私達の世界でも魔物図鑑には『群れで各地を転々とする』との記載があったと思います」
ドラドラトカゲにそんな設定があったのか。そりゃゲーム内でドラドラトカゲが自由に動き回っていたら、初心者は狩られるし、ドラドラトカゲの素材集めに世界中を転々としなければならない。
「私もドラドラトカゲの移動は見たことないのですが…ガウーリアス商会にとって、ドラドラトカゲはイレギュラーだったようです」
「なるほど…」
これもまた、そういう「仕様」になってるということか。察するに、雑魚しかいないじゃんと調子に乗ってると、偶発的にボスクラスの魔物と遭遇する可能性も否定できないわけだ。リアルだねぇまったく。
「クマノヴィッツ様」
俺が呑気に崖外に見える広大な森林地帯を眺めていると、不意にベアリアが声をかけてきた。
「ん?」
首を180度振って、左を歩くベアリアを見る。そこには御曹司ボルダーが惚れるのもわけない美女が歩いているわけだが、彼女はそれから何を尋ねるわけでもなく笑った。
「なんだ?」
とりあえず、俺も笑っておく。すると、ベアリアは右手で左手首に巻かれたブレスレットに触れながら、少しばかり瞼を閉じて何かを迷い始めた。しかし、すぐに決心したような顔をして口を開く。
「クマノヴィッツ様は好きな女性はいますか?」
…なぜ恋話?
「えぁっ?へへっ…うん?」
当然のようにキョドる俺。
狙いはなんだ。単純な世間話というわけでもあるまい。ベアリアとそういった雑談はあまりしていない。となれば、俺が贈ったブレスレットに触れていることや、聞くのを躊躇っていたことなどを考慮すると…恋のドキドキイベント発生か?
「いない…」
待て。
「と言えば、嘘になるな」
ここで「お前が好きだ」的なことを言えれば、リットランに着き次第…あんなことやこんなこと…ムフフな展開ができるのではないか?少なくとも…そんな素振りは見せてるわけだし。ソランさんやサクにも警戒してたし。
ベアリアは俺のこと好きなのでは?
「あー…」
…俺とは?クマノヴィッツは俺なのか?
ただのゲームキャラだったベアリアが意思を持ったことを考えれば、クマノヴィッツもまた…自我を確立できたのではなかろうか。クマノヴィッツは俺の操り人形であって、俺自身ではない。
クマノヴィッツをはじめとしたゲームの主人公は物語に積極的に絡み、困っている人々を助ける。そうプログラムされていたとしても、それが主人公の価値判断であろう。一方で俺はどうだ?オークの集団を恐れ、人助けを躊躇い、利己的で嘘も多い。
自己評価が過小的にならざるを得ないことを踏まえても…なるほど、格好がつかない。
「これは許容の問題か」
「え?」
「ああいや…そうだな」
さてクマノヴィッツ、お前はどんな人間なのか。
「いや、今はいない。それどころではないしな」
逃げの一手。保留ともいう。あるいは牽制か。
「急にどうした?ボルダーさんの件か?」
やはり牽制か。
ベアリアは俺の質問に驚いた顔を見せて、慌てて首を横に振ったが…俺はあえて、前を行く馬車を見ながら言葉を続ける。
「従者呼びの笛が壊れて、ベアリアを呼び出すことも返すこともできなくなった以上、お前さんを従者という地位に縛るのもどうかと思うわけだ。だからボルダーさんについて行っても、俺が止めることではない」
「クマノヴィッツ様!何を!」
「で、俺的にはそれでもベアリアについてきて欲しいと思ってる。身勝手な話だが、あとは全部ベアリアに任せる」
完全に話題をすり替えることに成こ…
「で、では!…私がクマノヴィッツ様を好きになってもよろしいのですね?」
思わずベアリアの方を見てしまう。
目が合う。俺の顔が急に熱くなる。
「ちょ、おまっ…は?」
意図していないところから強引に突破してきた。
ベアリアは呆然とする俺に対して、真っ直ぐな目をしてさらに畳み掛ける。
「サクがクマノヴィッツ様を狙っている件、私がボルダーさんに狙われている件…そして従者じゃない私をクマノヴィッツ様が必要としてくれている件。その全てに対して私が出した答えです」
ベアリアは必要以上に踏み込んでくることはない、全ては俺の手中にある。そう高を括っていた。なんたって、ベアリアは従者だったのだから。
そのたがを外したのは他でもなく、俺か。しまったな…
「ベアリア…正気か?」
これでは進むか退くかしか、選択肢がないではないか。
「はい」
山肌を撫でていく風が俺の頭を冷ましていく。
「…まぁ、あとは全部任せると言ったわけだし、その辺も自由だけれども…」
自然と溜息が漏れて、ベアリアの額を左手の人差し指で小突く。
「考えておく」
結局逃げた。俺という人間は…モテない男ムーブをしているどころか、好意の上で胡座をかいた。しかし、倫理的に俺が答えを出していいことでもあるまいよ。
なぁ、クマノヴィッツ。
俺はそれからというもの、ずっと森を見続けることしかできず…少しだけ自己嫌悪に陥ったのであった。
〜〜龍の剣用語集〜〜
【魔物図鑑】
プレイヤーが出会った魔物を記録するもので、アップデート毎に分厚くなっていく図鑑。記録した数によって報酬が与えられるシステムを採用しており、やり込み要素の1つに数えられている。
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